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“外資系”になった漁業 半数が外国人の現場では広島局・高洲康平記者 報道局・伊賀亮人記者

「うちの若手は外国人が半分でさ」
知り合いにこう言われたらまずイメージするのは外資系企業ではないだろうか。
ところがこれは金融機関やIT企業の話ではない。 ある冬の味覚の全国一の産地、漁業の現場で起きている現象だ。

外国人が支える冬の味覚

広島県の安芸津漁港(東広島市)。
取材班が訪れたのは師走。冬の味覚、カキの水揚げが週6日で行われていた。 広島県は言わずと知れた全国一の生産量を誇るカキの産地だ。

午前6時半。「オハヨウゴザイマス」
迎えてくれたのはフィリピンと中国からの技能実習生。 生産者の美野英正さん(44)と実習生2人が漁船に乗り込む。
5分ほどでカキいかだに到着した。

実習生の2人は竹で組まれたいかだの上をするすると歩いて行く。手慣れた様子でカキがつるされたワイヤーを船のクレーンに取り付け、引き揚げる。1時間余りで約200キログラム分のカキが水揚げされていった。

安芸津漁協のカキ生産者は9軒。今ではすべてが実習生を受け入れている。
漁協のカキ生産組合長を務める美野さんの父親・洋次さん(69)は「中には生産者と実習生だけってところもおる。日本人の若い人らは、汚い、くさい、いう感じで来てくれんけえ」と話す。
安芸津のカキ生産者が実習生の受け入れを始めたのは10年ほど前。
今では実習生を常時25人以上、受け入れているという。

2人に1人が外国人

私たちは担い手不足が深刻な20代~30代に注目して広島県内の漁業従事者の内訳を分析した。すると。

広島県の漁業者数 20〜30代

国勢調査を基に作成
「日本人」の人数と、「日本人以外」を外国人とした人数

なんと約2人に1人が外国人になっているのだ。
特に目立つのが2010年から2015年にかけての変化だ。外国人の人数が4倍に急増することで若手の漁業者全体の人数も増加に転じている。5年間で一気に"依存"が進んでいることが見てとれる。

担い手不足で廃業の過去も

安芸津漁港では、水揚げが終わると、実習生の2人が殻をむいて身を取り出す「カキ打ち」の作業に。かつては近所の主婦らパートの仕事だったこの作業。今では「打ち子」も高齢化してほとんどが60歳以上になり、働く人も年々減っているという。

広島県の漁業者数 日本人

国勢調査を基に作成

実際、広島県内の漁業従事者は日本人に限ると10年間で30%減少している。外国人の実習生を受け入れていなければどうなるのか?という疑問がわく。安芸津漁協にもかつて20余りのカキ生産者がいた。それが高齢化などを背景に廃業が相次ぎ、現在は半分以下の9軒になっている。

カキが食べられなくなる?

組合長の美野さんは、外国人がいなくなると、今までどおりにカキが私たちの食卓にのぼらなくなる可能性すらあると言う―。

「日本人の若い子らにも、会社勤めができん子育て中とか、年取ってからだけでもカキやらんか?って誘うんじゃけど見向きもされん」
一方、作業場で自身もカキを打つ妻の澄江さん。「でも実習生の子らがいてくれればね、私らが年取っても続けられるけえね」

広島県内では2013年に江田島市で、カキ養殖会社の中国人技能実習生が社長と従業員の2人を殺害、7人にけがをさせ、無期懲役の判決を受けるという事件が起きた。

これについて美野さんに聞いてみた。「安芸津でも実習生が来日して1週間くらいでおらんようになったということもあったけど。でも、気にならんですよ。うちに来とる子らはやる気もあるしね」

土佐のカツオを釣るのも外国人

広島だけではない。
全国の漁業従事者もこの10年間で大きく減少している。

全国の漁業者数 日本人

国勢調査を基に作成

こうした中、漁業が盛んな各地で外国人の働き手の割合は急速に大きくなっているのだ。

漁業の外国人“依存率”20〜30代

2015年国勢調査 就業状態等基本集計を基に作成
「日本人以外」を外国人として20〜30代の漁業就業者に占める割合

「3人に1人が外国人」の高知県で実習生が働くのは伝統のカツオ1本釣りの船の上だ。受け入れのため早くも19年前に室戸市に研修センターが設置された。今では毎年50人ほどの実習生が訪れる。
センターで約3か月間、日本語や漁業の知識について学ぶと実習生たちは船上の人となる。そこで1年、2年と経験を積み、3年目になれば立派な1本釣り漁師になるという。小型の船であれば乗組員はだいたい10人。そのうち2人が外国人という漁船も多い。

多くの船で漁師不足に頭を抱える中、3年という実習期間で帰国するのがもったいないという声も聞こえてくる。

和食は外国人なしに成り立たない?

実は漁業の外国人“依存”ニッポンはさらに進んでいるという指摘もある。
遠洋漁業では外国人を漁船員として雇用し、水揚げなどの際に一時的に日本の漁港に上陸できる「マルシップ」という制度があるためだ。

特に外国人への依存度が高いと思われるのが、かつお節の原料となるカツオを主に南太平洋の漁場で収穫し、日本各地の港に水揚げする「海外まき網漁業」だ。

鹿児島大学水産学部の佐々木貴文准教授によると、巻き網漁船の乗組員の約4割がインドネシアやパプアニューギニアなどの外国人だと言う。国内で生産されるかつお節の原料となるカツオのうち、実に6割がこの漁法によってまかなわれていることを考えると外国人への依存度の高さがうかがい知れる。

「日本が誇る和食文化に欠かせない、だしを取るためのかつお節の多くが外国人がいないと手に入らないということです。さらに言えば、水揚げした後、カツオを削って加工する水産加工会社にも多くの外国人が働いている。和食とはいったい何かとさえ考えさせられる」(佐々木准教授)

マルシップ制度で働く外国人は、国勢調査や住民基本台帳に含まれないため、全体像を把握するのは困難だ。

さまざまな漁業の現場で働く外国人がいないと私たちの日々の食卓はどうなるのだろうか。


外国人が支える今の日本。今後も各地を取材し、報告していく―。

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