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東京から野菜が消える?「首都圏の台所」では水戸局・本間祥生記者 報道局・飯田暁子記者

「外国人技能実習生がいなくなると、東京から野菜が消える—」。
そう話すのは茨城県の農家の男性。
茨城県は北海道に次ぐ全国2位の農業産出額を誇り 「首都圏の台所」とも呼ばれている。
実際、都内のスーパーなどの野菜売り場では 茨城県産の野菜を見ない日はないほど。
その茨城県では外国人がいないと 農業が成り立たない事態になっているというのだ。
「首都圏の台所」で高まる外国人"依存"。 その実態に迫った。

その野菜 栽培しているのは誰?

利根川を渡ると、一面、田んぼや畑の景色。そこは農業大国茨城県―。
チンゲンサイ、水菜、ピーマンなどは日本一の産出額を誇り 農業産出額は2008年から9年連続で全国2位だ。

ある農家を訪ねると、5、6人の若者たちが収穫したばかりの小松菜を選別していた。
1人に声をかけてみると「ニホンゴ、ワカラナイ」 他の人たちも控えめにほほえむだけ。

みな、中国やベトナムなどから来た技能実習生だった。この小松菜は実習生が栽培、収穫、選別したもの。それが東京のスーパーに並ぶという。 作業を見守っていた農家の男性はこう打ち明ける。
「このあたりの農家の平均年齢は70歳ぐらい。ほとんどの農家に実習生がいる。実習生がいなければ農業は続けられない」

老いる農家 若い力は外国人頼み

農家の高齢化と担い手不足は、「首都圏の台所」茨城県でも深刻だ。

茨城県の農業従事者

農林水産省 農林業センサス 年齢別基幹的農業従事者数を基に作成

農業に従事している人が減り続ける一方で、65歳以上の高齢者の割合は増え続け、今では3人に2人が高齢者。
この超高齢化を補っているのが、外国人だというのだ。

茨城県で農業に従事する外国人

国勢調査を基に作成
「日本人以外」を外国人とした人数

茨城県で農業に従事している外国人は2005年には1999人だった。 東日本大震災の直後に多くの実習生が帰国したものの、2015年には10年前と比べて倍近くの3736人になっているのだ。

茨城県の農業 外国人"依存率"

2015年国勢調査を基に作成 「日本人」の人数と、「日本人以外」を外国人とした人数

年代別に見てみると、外国人への"依存"はより明らかだ。農業に従事している外国人の割合は、30代では約6人に1人、20代では約2人に1人に達している。

「実習生がいなくなると、東京から野菜が消える―」
冒頭の農家の男性の言葉はあながち大げさではなく聞こえる。 農家の高齢化が止まらない中、「首都圏の台所」の看板は外国人がいなければ維持できなくなるほどに"依存"が高まっていた。

"依存"は日本一のメロン産地に異変も

外国人への"依存"が進む中、ある異変が起きているところも―。
メロンの産出額日本一を誇る茨城県鉾田市では、近年、畑の風景が一変した。 特産のメロンの栽培をやめ、小松菜などの葉物野菜に切り替える農家が続出しているのだ。

約600戸あったメロン農家はこの10年間で半減。 一方、小松菜を栽培する農家は5年でほぼ3倍に増えた。産地に異変をもたらしたのが「技能実習生」だという。

「こんなに大勢の外国人を使うとは思わなかった…」 こう話すのは鉾田市で農業を営む50代の男性。この男性が初めて実習生を受け入れたのは14年前。 長年「家族経営」でメロンを育ててきたが、両親が高齢となったのがきっかけだった。 若い実習生が入ったことで作業は楽になり、両親がいなくても農業が続けていけると安心した。しかしメロンは収穫が年に1回で農閑期が多い。 農閑期にも毎月実習生に賃金を支払うのは新たな負担となった。

メロンを取るか、実習生を取るか―。
「親は実習生をやめて家族でメロンを続けようと泣いて反対したが、 親がもっと年を取れば農業が続けられなくなるのは目に見えていた」
悩みに悩んだ末に、男性は長年続けてきたメロン栽培をやめた。 代わりに始めた葉物野菜は、年間を通じて栽培でき、 実習生に毎月賃金を払うにはうってつけだった。
今では実習生を6人にまで増やし、耕地面積も2.5倍。 気づけば「家族経営の農家」から「農業経営者」になっていた。 売り上げも2倍になったという。

地域が誇るメロンの栽培をやめたことに、今は悔いはない―。
一方で、男性はこう不安も漏らす。
「もはや夫婦2人では今の規模の耕地は維持できない。 もし実習生がいなくなれば、今度は農業をやめるしかないだろう―」

大規模化を支えるのも外国人

「稼ぐ大規模農家ほど、外国人“依存”ニッポンも進む傾向にある―」
そう語るのはJA茨城県中央会・県域営農支援センターの糸賀秀徳副センター長。

茨城県の農業 外国人の人数と耕地面積

農林業センサス、国勢調査を基に作成
国勢調査は「日本人以外」を外国人とした

それを裏付けるように、データでも農業に従事する外国人の人数と1農家あたりの耕地面積はともに右肩上がりだ。
規模を拡大し、農作物の販売金額が1億円を超える"稼ぐ農家"も続出している。
減少傾向だった産出額も2002年以降増加に転じ、2008年以降は全国2位。
その躍進を支えるのが実習生というのだ。

糸賀副センター長は「実習生を受け入れることで収穫量が増え、人手があるので耕地面積を増やし、さらに実習生を増やすという循環でどんどん売り上げを伸ばす農家が増えている。もはや実習生がいなければ茨城の農業は成り立たない」と話す。

実習生がいるからこそ維持することができたという「首都圏の台所」の看板。しかしその先行きには不安もある。
日本側の窓口として鉾田市の農家に実習生を送っている監理団体の幹部で、みずからも農業を営む男性はこう話す。
「中国もベトナムも国内の賃金が上がる中で、いつまでも技能実習生として日本に来てくれる人材がいるだろうか。都会や他の産業との実習生の奪い合いは厳しくなってきている。実習生が確保できなくなったら茨城の野菜農家の多くは農業をやめるだろう。そうなると東京から野菜が消える…」

外国人が支える農業 今後は?

高齢化や人手不足の解決を外国人に頼み、規模拡大を続ける農業の姿。
東京大学大学院農学生命科学研究科の安藤光義教授によれば、茨城だけでなく九州や四国などでも、農業の規模拡大に伴って技能実習生が増えつつあるという。
「農業の担い手不足が深刻な中でも野菜を今と変わらない値段で作ろうとすれば、『人件費の安い海外で安く作って輸入するか、作り手に来てもらうか』だ。しかし新鮮さや安心安全が求められる生鮮野菜は輸入に向かない。 外国から技能実習生が来てくれなければ、野菜の収穫量は大きく減り、価格も大幅に上がるだろう」

彼・彼女たちがいなくなったら、この野菜もあの野菜も手に入らなくなるかもしれない―。

スーパーの青果コーナーを歩きながら目に浮かんだのは、はさみを手に黙々と小松菜を収穫していた実習生たちの姿だった。


外国人が支える今の日本。今後も各地を取材し、報告していく―。

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