セレブが政治を語る意味

華やかな世界にいる俳優や歌手が政治を語ることについて、どう思うか。
日本では、最近になってネット上を中心に発言が見られるようになったが、芸能人が政治的な発言をすることはまだ少ない。むしろ、その発言を受け入れない風潮もある。

では、アメリカではどうだろうか。
アメリカでは有名人が社会問題に関わり、政治的な発言をすることは“普通”だ。
「セレブリティーが政治を語る意味」は何か、考えてみた。

目次

    黒人差別にセレブも抗議の声

    ことし5月。中西部ミネソタ州で、黒人男性が白人警察官に押さえつけられ、その後、死亡した。
    そのときの動画がSNS上にアップされ、拡散されると批判も広がった。

    そして起きた抗議デモ。
    黒人差別をなくそうと訴える運動はSNS上でも展開され、多くのセレブリティーもそれぞれ訴えた。

    歌手のビヨンセさんは、インスタグラムに動画を投稿。

    「これ以上、無意味な殺人はあってはならない。有色人種を人間以下として見ることも、これ以上あってはならない。もう目をそらすことはできない」

    こう述べて、警察官らの処罰を求める請願への署名を呼びかけた。

    若者に絶大な人気を誇る、歌手のビリー・アイリッシュさんも。

    「今、黒人が何百年受けてきた迫害に目を向けるべきだ。“BLACK LIVES MATTER”(=黒人の命も大切だ)」

    そして、6月2日には、さまざまなアーティストのSNSに黒一色の画面が投稿された。
    アメリカの音楽業界では、この日、仕事を休んで人種差別の問題に向き合おうという運動「Black Out Tuesday」が広がり、賛同するアーティストはSNSに黒一色の画面を投稿して、抗議の意思を示した。

    さらに、トランプ大統領を批判する内容も…
    フォロワーが8600万人以上いるテイラー・スウィフトさんは、ツイッターにこう投稿した。

    「任期中、白人至上主義や差別意識に火をつけ、暴力で脅しているのに、道徳的に優れているふりをするなんて。11月に当選はさせない」

    矛先は、トランプ大統領にも向けられた。

    セレブの発言で支持を決める?

    このように、アメリカでは政治的メッセージを表すことは、珍しいことではない。
    セレブリティーと政治の関係を20年以上研究しているオハイオ州にあるボーリング・グリーン州立大学のデビッド・ジャクソン教授は、有名人の支持表明は、有権者にとって、候補者の政党や支持団体などと並んで投票先を決める基準の1つとなっていて、効果があることが分かっていると指摘する。

    ジャクソン教授 「私たちは日々の生活が忙しく、選挙について調べる時間もエネルギーもない。だから、自分がどう選択すべきかを考えるため、“ショートカット”を求める。それが、テレビでなじみのあるセレブリティーの発言になることがある。特に複雑な社会問題については、なおさらだ」

    また、セレブリティーは、政治や社会問題への注目を集め、特に若い世代を刺激する力があるため、政治的な発言をすることはよいことだと話す。

    一方、候補者の側にとっても、著名人の支持表明にはメリットがある。
    より多くの献金を集めることができるほか、自身の支持層とは別の層に働きかけることも期待できるからだという。

    選挙の流れを大きく変えた例として、よく取り上げられるのは、オバマ前大統領が初当選した2008年の大統領選挙。
    「オバマ旋風」が巻き起こった理由の1つが、トークショーの司会者だったオプラ・ウィンフリー氏の支持表明とも言われている。

    オバマ前大統領夫妻とオプラ・ウィンフリー氏(右)

    日本ではあまりなじみはないが、ウィンフリー氏は「20世紀で最も影響力のある100人」にも選ばれたことのある名トークショーホストで、彼女の名前を冠したトークショーは、絶大な人気を誇った。
    そんな彼女は、オバマ氏の立候補表明から3か月後、2007年5月に支持を表明した。彼女の表明によって、オバマ氏への注目は高まり、献金も増えたという。

    ウィンフリー氏の支持表明を受けて、当時、アメリカの世論調査機関「ピュー・リサーチセンター」が行った調査では、60%が「支持表明はオバマ氏の当選を後押しすると思う」と答えている。
    また、彼女の支持表明は、100万票以上の価値があったとする研究もある。

    トランプ大統領誕生で、変化も

    セレブリティーの支持表明は投票行動に影響を与えるという研究報告がある一方で、この逆の調査結果もある。

    政治専門誌「ザ・ヒル」が調査会社と合同で行った調査では、著名人が特定の候補への支持を表明しても影響はないと答えている人が多かった。
    この調査は、2019年6月に1001人を対象に行われ、65%は、有名人の支持表明は、自身の投票に影響はないと答えている。
    そして、24%は、支持表明によって、その候補を応援したくなくなるとも答えている。

    「支持表明は有権者が投票先を決める基準の1つになる」と話していたジャクソン教授によると、自分が苦手な有名人が支持を表明した場合、その候補者に対してもネガティブな印象を受け、敬遠する場合もあるという。
    有名人の支持表明は、もろ刃の剣となる可能性があるということだが、それでも、自分が好きな有名人の態度で投票を変えることも多く、セレブリティーの影響力は、やはり大きいようだ。

    ジャクソン教授 「セレブリティーが影響を与えないという人もいる。特に前回の大統領選挙で、多くの著名人からの支持を受けながらクリントン氏が落選したことがあり、メディアは、『支持表明は失敗に終わった』として、手厳しい論説を展開した。けれど、よく考えてほしい。トランプ大統領自身がセレブリティーなのだ」

    また、ジャクソン教授は、共和党支持者のほうが、著名人が政治を語ることに対して否定的な意見を持つ傾向があるという。
    それでも、調査では90%近くの人が、著名人の支持表明は「影響はない」「応援したくなくなる」と答えたにもかかわらず、セレブリティーとして見られていたトランプ氏が大統領になったことは、皮肉だとも話していた。

    結局、考えるのは私たち

    では、今回の大統領選挙はどうだろうか。

    トランプ大統領を痛烈に非難するセレブリティーは少なくない。
    一方、民主党のバイデン氏は、セレブリティーを味方につけようと考えているようだ。陣営は、セレブリティーとタッグを組んだ企画をSNS上で展開することを発表している。
    ツイッターなどでフォロワー数の多いセレブリティーの人気にあやかりたい思惑が見えてくる。

    ただ、ジャクソン教授は、セレブリティーは事実とは異なる情報を広める可能性もあり、注意が必要だと警鐘を鳴らした。

    ジャクソン教授 「自分が好きなセレブリティーだからその考え方に賛同するのではなく、あくまでもきっかけととらえ、その先は自分で調べる必要がある」

    若い世代であっても、どの世代であっても、日常的な会話で政治について話すことが当たり前であってほしいと願っている。
    そのきっかけとして、セレブリティーの存在があってもいいのではないだろうか。

    岡野 杏有子

    国際部記者

    岡野 杏有子

    2010年入局。
    前橋局、岡山局を経て、大阪局。
    2018年から国際部。
    前回の中間選挙では、オバマケアをめぐる動きを取材。
    社会保障関連の分野に関心がある。