テクノロジーは危険?スマホ投票に暗雲

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    「投票所に行くの面倒くさいな、自宅から投票できたらどんなに楽か…」

    そう思ったことはありますか?私は毎回思っています。

    そんな願いをかなえてくれるかもしれないのが、「スマホ投票」。
    アメリカ西部ワシントン州で、120万人の有権者を対象とした、過去最大規模のスマホ投票が実施されると聞き、現地を訪れました。

    ところが、夢のツールは、全米を驚かせたまさかの“事件”によって思わぬ試練に直面していました。

    投票率は、ほぼ1%以下!!

    訪れたのはワシントン州シアトル。
    スマホ投票は、土地の保全を担う地区の代表を決める選挙で行われていました。
    大統領選挙と比べるとかなり小さな選挙ですが、れっきとした公式の選挙です。

    1920年代に、田畑の耕し過ぎが原因で大規模な自然災害に見舞われたことをきっかけに、各州に土地の健全な利用を促す公的な組織が設けられることになったそうです。

    スマホ投票を導入したのは、この組織の職員、ビー・コビントンさん。

    きっかけは投票率があまりにも低いことでした。
    この10年ほどの間、投票率はなんと、ほぼ1%以下!
    コビントンさんは、なんとか投票率をアップさせたいという一心で、スマホ投票を提案したんだそうです。

    スマホでの投票は1月下旬から2月上旬までの期間、専用のサイトからいつでもポチッと済ませることができます。

    「この手軽さなら投票率は上がる」コビントンさんは期待に胸を膨らませていました。

    注目の候補者選びでまさかの事態!!

    しかし、その最中、“事件”は起きます。

    アイオワ州で民主党が行った全米最初の党員集会で、集計トラブルが発生。
    原因は、集計用に新たに導入されたスマホアプリのシステムに不具合が出たことだとされました。

    これを受けて、コビントンさんは同僚たちと緊急の会議を開きます。
    スマホ投票でも同じような問題が起きるのではという不安が、住民たちに広がるとまずいと感じたからです。

    会議では、スマホ投票は安全性が確保されているとPRすることで意見が一致しました。
    すぐさま専用サイトに、アイオワのアプリとの違いを伝える表を掲載しました。

    例えば、アイオワのアプリは開発されたばかりだった一方、自分たちのシステムはすでに何度も実際の選挙で安全に使われていること。
    スマホ投票ではバックアップ機能として、必ず紙に印刷される仕組みがあり、システムに不具合が起きても集計はできることなど。
    懸命のアピールです。

    バックアップとして投票用紙を印刷

    「アイオワの問題を受けて、有権者が必要以上に選挙のテクノロジーを使うことを恐れてしまうのではないか、それを心配します」。(コビントンさん)

    いざ!スマホ投票

    投票期間のある土曜日、初めてスマホ投票に臨むシアトル在住の女性2人を訪ねました。

    アイオワの問題もあってやはり安全性が気になるようで、2人ともコビントンさんが掲載した表を熱心に読んでいました。
    2人は「アイオワってちょっとひどいね」など10分余りにわたって会話。

    スマホ投票は安心と納得したのか、2人はサイトにアクセスし、名前と生年月日を入力。そして意中の候補者に投票。
    実際にかかった時間は、わずか1分ちょっとでした。

    2人は、「自宅のソファーで投票できるなんて最高!また機会があればぜひスマホ投票したい」と話していました。
    「この選挙、過去にも投票したことがある?」と聞くと、2人ともしばらく沈黙したあと、「記憶にない…」とのこと。

    2人の反応を見ると、スマホ投票がなければ2人とも絶対に投票に行かなかったなと思ってしまいました。

    投票率は結局…

    スマホ投票に大きな期待を寄せたコビントンさんたちでしたが、結局、実際に1票を投じた有権者は6000人余り、投票率はわずか0.5%と、これまでとほとんど変わりませんでした。

    「残念ながら、アイオワの問題の余波が少なからずあったと確信している」。(コビントンさん)

    最新技術を使った投票や集計は便利だけれど、失敗するとその信頼性は大きく揺らいでしまう。

    うまく使えば投票率アップの切り札になりうるスマホ投票。
    日本でもぜひ導入してほしいと願う私は、今回のトラブルを教訓に、この仕組みがアメリカでどう発展していくのか、注目していきたいと思います。

    顔写真:性 名

    国際部記者

    山田 奈々

    2009年入局。長崎局、千葉局を経て2014年から経済部。
    大手電機メーカー・東芝の経営問題やG20などの国際会議の取材を経て2019年から国際部。
    アメリカ、ヨーロッパ、経済を担当。