アメリカの選択を読み解く ③米社会

異例尽くしだった2020年のアメリカ大統領選挙。
民主党のバイデン前副大統領が、史上最多の8100万票を獲得して当選を確実にした。一方のトランプ大統領も、共和党の候補者としては史上最多の7400万票を獲得。当選した前回4年前の選挙よりも、およそ1100万票を上積みした。

有権者の選択をどう読み解くのか。アメリカは今後どこへ向かうのか。各分野の専門家に分析と展望を聞いた。
第3回は、アメリカの黒人史、社会史を専門とする東京大学の土屋和代准教授だ。

東京大学 土屋和代准教授

Q.バイデン氏が当選を確実にしているが、この結果をもたらした要因をどう分析するか?

ひと言で説明するのはとても難しく、いくつかの要因があると考えられる。

1つは、黒人男性が白人の警察官に首を圧迫されて死亡した事件を受け、全米、そして全世界に広がった人種差別に対する抗議デモ、Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)運動の広まり。
これは、黒人だけの運動ではなく、人種や国籍、世代を超えて、多くの人々を大規模で長期にわたる抗議行動へと駆り立て、幅広い支持を得た。アメリカ人の3分の2が支持していたという調査結果もある。
そうした中で、トランプ政権は人種差別の解消よりも「法と秩序」の維持を強調する姿勢を貫いた。こうした対応も含め、人種主義、排外主義、性差別といった点も指摘されたトランプ政権下の「不寛容なアメリカ」に対する異議申し立てとしての側面があったと言える。この状況がさらに4年間続くことを阻止したいという思いを強くした有権者が少なくなかったのではないか。
対するバイデン氏は、多様性の尊重や融和を強調し、白人優越主義をはっきりと批判していた。

次に、トランプ政権下での新型コロナウイルス対策に対する失望や批判。
トランプ大統領は、ウイルスの危険性を軽視するかのような発言を重ねた。トランプ政権の失政がコロナ禍をより深刻なものにしたという考えから、反トランプ大統領の票を投じた人々がいたのではないか。
一方のバイデン氏は、新型コロナウイルス対策を重視する方針を示した。

そして、民主主義を揺るがす事態への危機感。
トランプ大統領は、当初から明確な根拠を示さないまま「郵便投票は不正の温床」と主張し、選挙後の結果の受け入れについても明言しなかった。さらに、アメリカ人の57%が「選挙後に任命されるべき」と考えていた連邦最高裁の判事をトランプ大統領が選挙直前に任命したことは、民意を軽んじる出来事と捉える向きもあった。こうした一連の出来事を民主主義に対する重大な挑戦と受け止め、民主主義を守るためにみずからが1票を投じなければならないと考えた人々がいたことが要因と考えられる。

さらに、有権者登録運動の広まりの影響も見られた。
接戦となった州の一部では、有権者登録数が増えたことが勝敗を左右した可能性が高い。
バイデン氏は、民主党の大統領候補として28年ぶりにジョージア州を制したが、その立て役者となったのが、2018年のジョージア州知事選挙に民主党から立候補したステイシー・エイブラムスという黒人女性。彼女は選挙では僅差で敗れたが、背景に当時州務長官だった対立候補によって主に黒人の有権者登録が抹消されてきたことがあるのではないかと主張し、有権者登録運動を推進してきた。その結果、この2年間でジョージア州では80万人の有権者登録が行われ、そのうち49%は有色人種だったとされている。特に有色人種などの有権者登録数が増えた結果、バイデン氏が接戦を制した可能性がある。
同様の草の根運動は、アリゾナ州でのバイデン氏の勝利も後押ししたとも言われている。

Q.トランプ大統領がこれだけ票を集めた理由や影響は?

1つは、トランプ大統領個人を熱狂的に支持する人々の存在。
トランプ大統領のポピュリストとしての手腕が発揮された。

そして、トランプ大統領の支持者が多岐にわたること。
例えば、格差の拡大の下、苦境を強いられてきた労働者、「マイノリティー」に転じることに恐怖を感じる白人、減税と小さな政府を支持する富裕層、キリスト教福音派などがあげられる。

さらに、コロナ対策よりも経済の再建を優先させるべきだと考えた人が多かったこと。
こうした考えを持つ人のうち、78%がトランプ大統領を支持していたという出口調査の結果もある。明日の生活に困った労働者たちが、コロナ禍でも経済再開を優先しようとする大統領の政策を支持し、とにかく仕事をしないと生きていけないと考えて支持した人も多かったのではないか。

とはいえ、トランプ大統領の得票数は前回より増えたが、バイデン氏への得票数は史上最多となっており、トランプ大統領だけが支持を伸ばしたわけではない。

Q.バイデン政権で何が変わるのか?

1つ目は、人種問題への対応。
4大優先事項の1つに「人種的な公正さ」をあげていて、BLM運動の側は「重要な一歩」と評価している。ただ、党内の左派やBLM運動の活動家らが求める警察の予算削減、地域コミュニティーへの投資については、バイデン氏は長く警察予算の削減には反対する立場をとってきたこともあり、どのような形になるかは不透明だ。

2つ目は、福祉国家的な「大きな政府」の実現。
トランプ政権は、個人の自由を尊重する「小さな政府」を推奨してきたが、バイデン政権では「大きな政府」を実現できるかどうかに注目している。
新型コロナウイルスの影響で、黒人や中南米系の住民が多数犠牲になってきたことから、「命の格差」が明るみになった。新型コロナ=人種問題でもあることが分かった。こうした中、オバマケアの拡充、社会保障の立て直し、科学の重視で状況を好転させられるかどうか注目している。

3つ目は、民主主義の尊重。
選挙は民主主義の根幹とも言えるものだが、トランプ大統領は「選挙に不正があった」と主張して複数の州で訴訟を起こし、敗北を認めていない。
バイデン政権が、アメリカの民主主義への信頼を取り戻せるかどうかが問われる。

Q.バイデン政権の課題は?

まずは、新型コロナ対策。
勝利演説の中でも最優先課題と述べていたが、感染が再拡大し状況が深刻化する中、公約通り、検査の拡充、個人用防護具の提供、パンデミックに対処するための情報提供などをできるかどうか。経済活動を優先させようとするトランプ政権とは対照的に、徹底した対策をとり、巨額の財政出動を公約に掲げているが、本当に実現できるかどうか、難しいかじ取りが迫られる。

そして、オバマケアの拡充、最低賃金引き上げ、富裕層に対する増税などでの所得再配分の推進。
バイデン氏は「大きな政府」を推進する立場と位置づけられるが、実は36年に及ぶ長い上院議員時代には、シングルの親とその家族向けの公的扶助を解体させるなど、福祉国家を切り崩してきた過去もある。さらに、コロナ禍でより一層深刻なものとなった貧困と格差に正面から取り組むことができるかどうか。

連邦議会上院の結果次第ではねじれ状態になることも想定され、政権が実現したい法案が通るかどうかは不透明なことも大きな課題。

Q:ハリス氏が初の女性副大統領となる見通しになったことについて

「女性」「黒人」「アジア系」と、いろいろと「初」がつくので注目もされるし、期待もされているが、シンボル以上のものになれるかどうかが問われている。
さらに、今回の大統領選挙で注目された有色人種の女性政治家は、ハリス氏だけではないことも興味深い。有権者登録運動を推進したエイブラムス氏もそうだが、初のムスリム女性議員となったイルハン・オマル氏や、史上最年少の女性議員の1人として当選したアレクサンドリア・オカシオコルテス氏など、人種や性別の壁を破り、多様な性の在り方を問う政治家が多く誕生する潮流の一部としてハリス氏が登場した。
「多様性」を重んじるバイデン新政権の姿勢ばかりに注目が集まるが、ハリス氏を含め、要職に起用された女性が具体的にどのような仕事をするのかを注視する必要がある。

(聞き手:国際部記者 佐藤真莉子)