分断選挙①トランプ劇場の閉幕

異例尽くしのアメリカ大統領選挙は、民主党のバイデン前副大統領が当選を確実にした。
南北戦争以来とも言われる深刻な分断の中で迎えた今回の選挙は、バイデン氏が8000万票、トランプ氏が7400万票とそれぞれの党で史上最多の票を獲得し、2つに割れる国民の実相を象徴する結果となった。

トランプ大統領は、結果が確定すればホワイトハウスを去る意向を表明したが、そうなったとしてもアメリカ第一主義に代表される、いわゆる「トランピズム」が消えてなくなるわけではない。
バイデン氏は融和と団結を呼びかけるが、その道は険しい。

目次

    前代未聞の分断選挙

    2020年の大統領選挙は、間違いなく歴史に刻まれる選挙だった。
    それは記録の面で裏付けられている。

    最も異例なのが、選挙結果を認めないトランプ大統領の姿勢だ。
    バイデン氏の当選確実が伝えられたあとも「選挙に不正があった」としてみずからの勝利を主張し法廷闘争を続けている。

    1896年の大統領選挙で敗れた民主党のブライアン候補が、共和党のマッキンリー候補に祝意を伝える電報を送って以来、敗者が勝者を祝って敗北を受け入れるのが伝統だった。
    トランプ大統領が結果確定後も敗北を受け入れなければ、124年の伝統を破る初の大統領となる。

    ブルーウエーブは消えた?

    選挙で勝利を宣言した、民主党のバイデン氏。民主党内では安どの声の一方、衝撃も広がっている。

    トランプ大統領の得票数が、7400万以上に上ったことだ。

    党内では選挙前、接戦になればトランプ大統領やその支持者が敗北を認めない可能性があるとして、誰もが納得する「圧勝」によって政権交代を迫る理想のシナリオを描いていた。夏から秋にかけて新型コロナウイルスの感染拡大と人種差別問題で大統領への怒りや反発が強まる中、このシナリオは実現可能に見えた。

    反トランプ大統領のうねりが、民主党を支持する波「ブルー・ウエーブ(青い波)」となって押し寄せ、大統領選挙だけでなく議会上下両院の選挙も勝利する「トリプル・ブルー」の楽観的な見方が広がった。

    民主党関係者は、その予兆として2つの事象を指摘していた。

    1つは、郵便投票の記録的な多さ。
    郵便投票の利用者は民主党支持者に多く、大量の票はトランプ大統領への反発の表れと受け止められた。

    もう1つは、好調な資金集めだった。
    最終盤でトランプ陣営は資金繰りに苦しみ、一部で選挙広告を打ち切る事態に追い込まれていた。だが民主党では、バイデン陣営、そして上下両院の候補者のもとに巨額の資金が寄せられていた。
    議会下院の幹部は「長い間、選挙に関わっているが、こんな集金は経験したことがない。反トランプのうねりの強さを感じる」と語っていた。

    だが結果は、「圧勝」より「辛勝」に近い内容だった。
    確かに大統領選挙は勝利したが、上院は現時点で共和党が50議席を獲得し、多数派奪還は不透明だ。下院は多数派を何とか維持したものの、前回2年前の中間選挙から議席を大幅に減らした。

    民主党 ペロシ下院議長

    民主党の議会下院トップのペロシ議長は、選挙後の記者会見でトランプ人気の根強さを認めざるをえなかった。

    「中間選挙では投票用紙にトランプ大統領の名前はなかったが、今回はあった。すべてで勝利したわけではないが、戦いには勝利した」

    トランプVS反トランプ

    「ブルー・ウエーブは間違いなく来た。だが、レッド・ウエーブ(共和党を支持する波)も、またやって来た」
    民主党の関係者は、党のシンボルカラーである青と共和党の赤になぞらえて、それぞれの勢いをこう表現した。

    バイデン陣営は「トランプVS反トランプ」の構図を全面に打ち出し、大統領に不満を抱く幅広い層の結集を目指した。
    そして、それは成功した。
    熱狂的な支持者が少なく、カリスマ性が高いとは言えないバイデン氏に、史上最多の8000万票が集まったのはその証左だ。大統領の言動や品格を受け入れられない共和党穏健派や、“分断疲れ”の無党派層の受け皿にもなったと言える。

    これに対抗して、トランプ陣営は選挙の構図を「トランプVS民主党バイデン」に押し戻す戦略を掲げた。
    共和党関係者はこれがある程度、効果をあげたと分析する。特に、バイデン氏と社会主義を結び付ける宣伝は、トランプ大統領が押さえた激戦州フロリダで、社会主義政権から逃れてきた中南米出身者に響いたと見られている。
    共和党関係者は「離反した共和党員や無党派層が、最後は『やはりリベラル色が強い民主党の政策は容認できない』と戻ってきたはずだ」と総括する。

    また、トランプ大統領の経済手腕への期待もあった。
    出口調査によると、新型コロナウイルスで打撃を受けた経済の再生を重視する有権者の76%が、トランプ大統領に投票した。「コロナか経済か」の議論の中で「経済を優先」し「マスク着用は個人の自由」を貫く大統領に同調した人も決して少なくなかったと言える。

    民主党の亀裂

    勝利宣言を行うバイデン氏(11月7日)

    「私は分断ではなく、結束を目指す大統領になると誓う。(共和党を支持する)赤い州、(民主党を支持する)青い州ではなく、一つのアメリカ合衆国だ」

    バイデン氏は勝利宣言でそう訴え、融和と団結を呼びかけた。
    それはすなわち、分断を乗り越えることが最大の課題であることを示している。
    民主党中道派で共和党とも連携できる超党派の政治家として評価されてきたバイデン氏だが、党内では左派が発言力を強めており、これを無視すれば求心力を失いかねない。かといって左派に寄りすぎれば、共和党の穏健派や無党派層が離れかねない。
    細い綱の上を渡るようなバランスが求められるが、これは決して容易ではない。

    打倒トランプという目的を果たした党内では、早くも中道派と左派の亀裂が表面化している。
    中道派は、議会選挙での苦戦の理由は、左派が掲げる社会主義的なメッセージへの警戒感だと主張。

    民主党 サンダース上院議員

    一方の左派の代表格サンダース上院議員は、左派を支持する大勢の若者がバイデン氏に投票し、勝利をもたらしたと反論している。
    また左派は、閣僚人事でも代表格のウォーレン上院議員やサンダース上院議員の起用を要求したという。

    民主党 オカシオコルテス下院議員

    さらに左派の若手のホープ、オカシオコルテス下院議員らは、気候変動政策「グリーン・ニューディール」の実現を強く迫っている。

    選挙期間中は影を潜めていた党内の亀裂が鮮明になる中、バイデン氏は政権発足後、「青い党」ではなく「アメリカ合衆国の大統領」になれるのか、直ちに試練を迎えることになる。

    トランプ党

    そのバイデン氏が向き合う共和党。この4年間ですっかり「トランプ党」と化した。
    トランプ大統領の強烈な個性と反エスタブリッシュメント(既得権益層)の姿勢、そしてアメリカ第一主義や反移民政策に代表される「トランピズム」が共和党支持者たちの心をつかんだ。

    共和党内では今、選挙の不正を訴える大統領に異議を唱える議員や知事は少ない。一部では「証拠もなく不正を主張すれば、民主主義の否定につながりかねない」との懸念の声はあるが、大半は沈黙している。批判したときのトランプ大統領とその支持者からの反発を恐れているのだ。

    実際にこれに直面したのが、オハイオ州の共和党知事、デワイン氏だ。

    オハイオ州 デワイン知事

    デワイン知事は敗北を認めないトランプ大統領を批判し、バイデン氏を「次期大統領」と呼んだ。
    すると、トランプ大統領は即座にツイッターで攻撃。

    「すばらしい州オハイオで、次の知事選挙に立候補するのは誰かな?熱い戦いになるだろう!」

    対立候補を立てる考えを示した。
    大統領の支持者たちもデワイン知事への抗議運動に乗り出し、党内でのトランプ批判が命取りになりかねないことを見せつけた。

    この影響力をトランプ大統領と家族は自覚している。
    大統領の長男ジュニア氏は、選挙は不正だという主張にはっきりと同調しない共和党有力者の沈黙に毒づいた。

    「2024年(次の選挙)を目指す共和党の有望な人たちが(トランプ大統領のために)行動を起こさないのは、かなり驚くべきだ」

    ワシントンではすでに2024年の大統領選挙の共和党候補者として、ルビオ上院議員など複数の議員やポンペイオ国務長官、ヘイリー前国連大使の名前が取り沙汰されている。そうした有力者に向けて「今、トランプ大統領への忠誠心を鮮明にしなければ、次の選挙でトランプ一族はあなたを支持しない」と脅しをかけたメッセージと受け止められている。

    一方で、2024年の選挙にはトランプ大統領本人が再び立候補するという見方も広がっている。大統領は、選挙後直ちに「セーブ・アメリカ」という政治団体を立ち上げ、支持者に法廷闘争のための資金の提供を求めているが、次の選挙に向けた資金集めという指摘も出ている。

    マルバニー氏

    大統領の首席補佐官代行だったマルバニー氏は「大統領は負けるのが嫌いだ。2024年の大統領選挙の立候補者に絶対に名を連ねるだろう」と語った。

    結果が確定すれば、トランプ大統領は1月20日にホワイトハウスを去ることになるだろう。だが、その影響力とトランピズムは直ちに消えることはない。
    “トランプ劇場の閉幕”は、同時に第2幕の幕開けなのかもしれない。

    ワシントン支局長

    油井 秀樹

    1994年に入局。2003年のイラク戦争では、アメリカ陸軍に従軍し現地から戦況を伝えた。
    ワシントン支局、中国総局、イスラマバード支局などを経て、2016年から再びワシントン支局で勤務。
    2018年6月から支局長に。