共和党のドン
ノーキスト氏と初めて会ったのは2018年の秋。
来日すると聞いて、都内の講演会を訪ねたときだった。
トランプ大統領がどのようなことを考えながら政策を進めようとしているのか知りたいと、取材を進める中で、ノーキスト氏の存在を知った。
ノーキスト氏は、12歳でニクソン氏の大統領選挙の手伝いをするほどの根っからの共和党支持者。
ハーバード大学を卒業後、1978年から首都・ワシントンで、全米納税者連盟の幹部や商工会議所でエコノミストなどとして活躍し、キャリアを築いていった。
そして、レーガン政権の下、税制改革のプロジェクトに携わった。
その仕事ぶりが認められ、レーガン元大統領の指示で、1985年に全米税制改革協議会を設立。
協議会が目指すのは、徹底した減税と小さな政府。
ワシントンでは、税制に精通している存在としても知られ、トランプ大統領も、ノーキスト氏のことを「Tax guy(=税の男)」と呼ぶほどだ。
さらに、ノーキスト氏は、あまたある保守系の団体をまとめ上げていき、強力なネットワークを構築していった。
このネットワークは、毎週水曜日に“秘密の会合”を開いている。
ふだんはオフレコの会に特別、参加することができた。
ホワイトハウスや議会関係者が最新の情勢について報告していて、興味深い。
地方からも参加して、毎週100人は集まるというから驚きだ。
コンウェイ大統領補佐官も出席したことがあるという。
巨大ネットワークを構築
共和党に対して、最も影響力を持つと言われるノーキスト氏。
その理由は、「納税者保護誓約書」にある。
これは、連邦議員などに、任期中、あらゆる増税に反対することを約束させるもので、ノーキスト氏は、議員らに誓約書への署名を呼びかけ続けている。
過去30年分の誓約書は、協議会の事務所が入るビルの地下、鍵のかかった倉庫の中に保管されている。
厳重に保管している理由は、「燃やされないため」と冗談っぽく話す。
それほど大切にしているのだろう。
これまでに、議会下院のマコネル院内総務やマケイン元上院議員も誓約書に署名した。
そして、トランプ氏も署名していた。
ただ、よく見ると、ただし書きが書かれている。
「わが偉大な国を利用しようとする中国やそのほかの国への関税以外は、増税に反対する」
みずから例外を付け加えているのだ。
この誓約書は、2012年の大統領選挙で立候補が取り沙汰されたときに署名したもの。
そのころから、トランプ氏は、中国との貿易を意識していたのだろうか。
ちなみに、2016年の大統領選挙に立候補した際も、誓約書は有効だと、本人に確認したという。
形だけではない誓約書
実は、「納税者保護誓約書」に署名しなければ、強力なネットワーク「水曜会」の支持を得ることはできない。
そのため、ほぼすべての共和党議員が署名している。
そして、これは、形式的なものではない。
ブッシュ元大統領(父)も、就任前には、誓約書に署名した。
にもかかわらず、任期中に増税し、公約をほごした。
そのため、再選を目指した1992年の大統領選挙で、ノーキスト氏ら保守派からの支持を得られず、落選。1期で任期を終えた。
「放っておいてくれ」
しかし、どうやってここまで強力なネットワークを作り上げることができたのだろうか。
銃規制反対を訴える団体もあれば、妊娠中絶問題を扱う団体もある。
宗教保守派もいる。
異なる利益を求めて活動している複数の団体を、1つにまとめるのは難しくないのだろうか?
ノーキスト氏 「自分が望むことが、例えば10個あったとして、相手もすべて同じものを望むなんてことはほぼありえない。しかし、だからといって、あなたとは協力できないと言っては、何にもならない。1つでも共通する目標があって、ほかの9つが自分にとって気に障るものでなければ、手を組むほうがいい。共和党を理解するためには、これを知っておくといい。それは、みんな『leave me alone =(国は)放っておいてくれ』という精神を持っているということ。その1点で、みんなが1つにまとまることができる。これは民主党にはない強さだ。民主党には共通理念が欠けているからだ。」
どの団体も、国に干渉されず、自由でいたいというのは共通しているというのだ。
共和党支持者は、国の規制によって自由が奪われることを何よりも嫌がるみたいだ。
だからこそ、「徹底した減税と小さな政府」を目指している。
そして、国の介入を極力小さくするためには、一致団結し、選挙にも臨めるようだ。
新型コロナウイルスで、選挙はどうなる
そんな、ノーキスト氏らにとって負けられない戦いが、11月の大統領選挙。
ノーキスト氏は、ことし2月のときには「順調に進んでいる」と、トランプ大統領の再選に大きな自信を見せていた。
しかし、今、アメリカは前代未聞の事態に直面している。
私が取材を終え、日本に帰国した2月末。
新型コロナウイルスの中国での感染拡大や、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での集団感染が大きく報じられていたが、アメリカには警戒心は全くなかった。
しかし、今や、アメリカでの感染者数は日に日に増加していて、世界で最も多くなった。
心配になって、ノーキスト氏に連絡をとった。
彼自身は変わらず元気そうだったが、トランプ大統領の再選に影響するか聞いてみた。
すると、ノーキスト氏は、「今は誰も分からない」と、率直に答えた。
再選を後押しするか、それとも逆風となるのか、予想できないという。
そして、次のように見ていることを教えてくれた。
▼トランプ氏の新型コロナウイルスへの対応を評価する声があり、支持率も上昇している。共和党支持者だけでなく民主党支持者や無党派からも支持を集めている。ただ、民主党の知事らは対応の遅さなどを批判していて、秋にかけて報道機関も含めてさらに批判が強まるかもしれない。
▼夏までに収束すれば、市場も回復し、雇用もすぐ戻るだろう。そうなれば、トランプ氏には追い風となる。
▼これまでに多くの集会を開き、支持者の名簿を作ることができていることは大きな強みだ。
そして、非常事態下においても、ノーキスト氏は、再選に向けた戦略を着々と展開している。
その選挙戦略とはどういうものだろうか。(続く)