郵便投票への猛反発
「郵便投票について事実を知ろう」
今年5月、トランプ大統領が投稿した「カリフォルニアの州知事は、誰彼構わず投票用紙を送りつけている」という内容に対して、誤解を招きかねないとしてツイッター社が付けた注意書きだ。
秋の大統領選挙で、郵便投票を導入しようとしているカリフォルニア州で不正が行われていると主張する大統領。
しかし、注意書きをクリックすると、大統領の主張には根拠がないとする大手メディアの記事などに誘導される。
日頃からメディアを「フェイクニュース」だと呼ぶ大統領にブーメランが返ってきた形だが、トランプ大統領はこれに懲りず、郵便投票に猛反発する姿勢を崩さない。
抵抗する理由
ウイルスの影響で外出制限が続く中で予備選挙が行われたアメリカ。
保健衛生当局も、人との接触を避ける形での投票を推奨している。
世論調査でも、60%以上の人が郵便投票の導入を支持している。
大統領選挙を4か月後に控える中、国民からも支持される郵便投票にトランプ大統領はなぜここまで反発をするのか。
トランプ大統領が繰り返しているのは「郵便投票は不正の温床だ」という主張だ。
有権者の郵便ポストから投票用紙を盗み出し、偽装投票をすることが可能になり、大規模な不正選挙につながりかねないというのだ。
ただ、トランプ大統領が3月にテレビ番組に出演した際の発言のほうが、より本音に近いかもしれない。
「郵便投票を導入したら、共和党の候補はアメリカで二度と当選できなくなるだろう」
アメリカの大統領選挙では、一般的に投票率が上がると、民主党の候補が有利になるとされているため、郵便投票で投票がしやすくなることを警戒していると見られている。
組織的不正の温床になり得るのか?
しかし、トランプ大統領のこの姿勢に対し、アメリカの選挙の専門家は首をかしげている。
大統領の主張が、実態を必ずしも反映していないというのだ。
確かに、投票所で立会人による監視下で行われない郵便投票で不正を働くことは、技術的には可能かもしれない。
しかし郵便投票では、あらかじめ選挙管理委員会に登録してある署名と同じものを投票用紙にも記して送り返す仕組みで、投票用紙の署名は、1枚1枚鑑定される。
記入前の投票用紙を盗み出して署名を偽造したり、あるいは投かん済みの投票用紙を開封して投票先を書き換えたりする行為は、当然、犯罪だ。
専門家は、大量に投票用紙を盗み出し、罪に問われるリスクを負ってまで1枚1枚偽装をする手間を施し、組織的に大規模な不正を行うのは現実的ではないと指摘する。
また、スタンフォード大学の研究グループがことし4月に発表した論文には、郵便投票によって投票率は上がるものの、共和党・民主党のどちらかの党にとって有利に働くことはないという研究成果がまとめられている。
トランプ大統領の危険な賭け
長年、共和党の選挙戦略に携わってきた政治コンサルタントのジョン・パドナー氏は、郵便投票は、むしろ共和党に有利に働くと分析している。
「都市部に多い民主党の支持者よりも、遠くの投票所までわざわざ足を運ばなければならない共和党の支持者のほうが、郵便投票のメリットを受けることになる」
そのうえで、パドナー氏は、トランプ大統領の言動は、結果的に自身の支持者の投票の機会を減らし、自身の首を絞めることにもなりかねないと指摘している。
「投票日よりも前にみずからの陣営に投票をしてもらうというのは、選挙戦略の定石だ。トランプ大統領が『郵便投票は不正の温床』だと訴え続けることは、郵便投票は不正だと共和党の支持者にも投票を控えさせる効果があり、非常に危険なことだ」
伏線論浮上?
「テッド・クルーズはアイオワを制していない。選挙結果を盗んだのだ」
2016年の大統領選挙に先立って行われた共和党の候補者選びの初戦。
中西部アイオワ州の党員集会でクルーズ氏に敗れたトランプ氏がツイッターに投稿した内容だ。
2016年の大統領選挙でも、民主党のクリントン陣営が不正をしていると繰り返し主張していたトランプ氏。
「選挙人の数で勝っただけでなく、不正な投票者を除けば、票の総数でも勝った」
大統領選挙で勝利したあとにもツイートした。
そして、2020年。
「郵便投票の導入で、民主党が不正を働こうとしている」と声を上げるトランプ大統領。
多くの人が合理的ではないと指摘する主張を続ける背景には、秋の大統領選挙で不利になった場合に備えた伏線だともささやく人も出始めている。
大統領の本当の狙いは?
アメリカでは、郵便で投票をする人は年々増えており、アメリカ政府の選挙支援委員会(EAC)のまとめによると、おととしの中間選挙では、全投票者の25.8%にあたる3100万人余りが郵便で投票をしている。
アメリカだけではない。
ウイルスの影響で、郵便投票は、世界中でにわかに注目を集めている。
トランプ大統領の本当の狙いは、やぶの中だ。
しかし、ことし秋のアメリカ大統領選挙に向けた郵便投票の是非をめぐる論争は、ポスト・コロナ時代の選挙の在り方の先駆けとして、世界中から注目されるかもしれない。