2022年8月18日
ジェンダー アメリカ

アメリカで中絶巡り何が起きている?連邦最高裁の判断とは?

アメリカで女性の権利として広く認められてきた、人工妊娠中絶。

ところが、2022年、性的暴行を受けて妊娠したオハイオ州の10歳の女の子が、中絶をするため、隣の州まで移動せざるを得ませんでした。

望まない妊娠をした女の子がなぜ、隣の州まで移動しなければ、中絶をすることができなかったのか?

アメリカで、何が起きているのか。取材しました。

(アメリカ総局記者 佐藤真莉子)

女の子に何があったの?

アメリカ中西部オハイオ州で、2022年5月、10歳になる女の子が性的暴行を受けました。

女の子は、その後6月に妊娠していることが発覚。すでに妊娠6週を過ぎていたとみられ、暮らしているオハイオ州から、隣のインディアナ州まで移動して、中絶しました。

そして7月に入って、27歳の男が、女の子に性的暴行を加えた疑いで逮捕されました。

法廷に立つ容疑者(画面下の中央)

なぜ、隣の州で中絶したの?

女の子が中絶をしたとされるのは、6月30日。

その直前の2022年6月24日に、アメリカの連邦最高裁判所が「中絶は憲法で認められた女性の権利だ」とする49年前の判断を覆したからです。

オハイオ州では、2019年に「胎児の心拍が確認できる妊娠6週以降、母体に命の危険がある場合を除いて中絶を禁止する」という法律が成立していましたが、裁判所によって一時的に差し止められていました。

しかし、連邦最高裁が新しい判断を出したことで、この法律が効力を持つことになったのです。

これによって、オハイオ州では、妊娠6週以降の中絶が、原則、禁止されることになりました。性的暴行や近親相かんなどによる妊娠でも、中絶はできないとされています。

このため、女の子は妊娠6週を過ぎての中絶がまだ禁止されていない隣のインディアナ州に移動して中絶することになりました。

中絶を巡る49年前の判断とは?

アメリカでは人工妊娠中絶を巡って1973年、連邦最高裁が「中絶は憲法で認められた女性の権利」だとする判断を示しました。

きっかけとなったのは、南部テキサス州の妊婦が起こした訴訟で、「母体の生命を保護するために必要な場合を除いて、人工妊娠中絶を禁止する」とした州の法律は女性の権利を侵害し、違憲だとして訴えたことでした。

裁判は、原告の妊婦を仮の名前で「ジェーン・ロー」と呼んだことから、相手の州検事の名前と合わせて「ロー対ウェイド」裁判と呼ばれています。

アメリカ連邦最高裁

最終的に連邦最高裁は「胎児が子宮の外で生きられるようになるまでなら中絶は認められる」として、中絶を原則として禁止したテキサス州の法律を違憲とし、妊娠後期に入る前までの中絶を認める判断をしました。

根拠としたのは、プライバシー権を憲法上の権利として認めた合衆国憲法の修正第14条です。

憲法では、中絶について明文化されていないものの、連邦最高裁は女性が中絶するかどうかを決めるのは、個人的な問題を自分の意思で決定するというプライバシー権に含まれると判断しました。

これが判例となり、以後およそ50年にわたって、中絶は憲法で認められた女性の権利だとされてきました。

しかし、近年、特に中絶に反対する共和党の支持者が多いとされる地域で、女性がみずからの体に関わることを自分で決められる権利よりも、宿った命こそが大切だとして、人工妊娠中絶を厳しく規制する法律が相次いで成立していました。

連邦最高裁の新しい判断でどんな影響が出るの?

連邦最高裁の多数派の判事たち(※)が示した新たな判断の一文には次のような文言があります。

「憲法は中絶する権利を与えていない。49年前の判断は覆される。中絶を規制する権限は市民の手に取り戻されることになる」

これは、中絶を規制するかどうかは、憲法上の問題ではなく、それぞれの州の判断に委ねられるということを意味しています。

このため、女の子が住んでいたオハイオ州では、連邦最高裁の新しい判断が出るのとほぼ同時に、中絶を原則禁止する法律が発効しました。

こうした動きは広がっていて、アメリカで性と生殖に関する健康と権利を研究するNPO「Guttmacher Institute」の調査によりますと、8月1日の時点で、中絶を原則禁止したのが9州。

中絶を厳しく規制する方向の州は、全米の半数以上に上るとみられています。実際に、中絶が原則禁止されたミシシッピ州では、州内で唯一、中絶を行う病院が、今回の新しい判断に合わせて閉鎖されました。

これによって、州内に住む女性は、他の州に行かないと中絶することができなくなりました。

アメリカの団体の調査では、連邦最高裁が新しい判断を出してからの1か月間で、43の病院が中絶を行うのをやめたり、病院自体を閉鎖したりしているということです。

※アメリカの連邦最高裁判所
アメリカの連邦最高裁の判断は、9人の判事の多数決で決まる。この際に大きく影響するのが、保守派とリベラル派の判事の構成比。現在の顔ぶれは、保守派6人、リベラル派3人となっている。中絶に関しては、保守派が反対、リベラル派が擁護の立場。

中絶を行えなくなるとどうなるの?

州内に中絶を行える病院がなくなった場合や、オハイオ州の女の子のように、州の法律が認める妊娠の週数を超えてしまった場合には、中絶が禁止されていない他の州に移動して中絶せざるを得ない場合があります。

ただ、アメリカの国土は広いので、中絶ができる病院まで10時間以上運転したり、飛行機に乗ったりしないといけないケースもあり、身体的、経済的な負担が今まで以上に大きくなっています。

こうした中、需要が増しているのが中絶薬です。

支援団体などによりますと、連邦最高裁の新しい判断のあと、中絶薬の需要が急増しているということです。

アメリカは、日本と違って中絶薬での中絶が認められていて、もともと、中絶件数の約半数は、中絶薬による中絶が占めていました。(Guttmacher Institute調べ)

一方で、中絶が原則禁止された州にいる女性に中絶薬を郵送することは罪に問われる可能性もあるとして、そうした州には送っていない団体もあります。

このため、住んでいる場所によっては、病院へのアクセスも、中絶薬へのアクセスも絶たれている女性もいるとみられます。

アメリカ国内の受け止めは?

アメリカの世論調査機関「ピュー・リサーチ・センター」が2022年6月に発表した調査の結果は次のとおりでした。

中絶に関して「すべての場合で合法とすべき」と「ほとんどの場合で合法とすべき」と答えた人の割合はあわせて61%。

「すべての場合で違法とすべき」「ほとんどの場合で違法とすべき」と答えた人の割合はあわせて37%でした。

この調査は、1995年から行われていて、中絶を「合法とすべき」だと考える人の割合が、「違法とすべき」だと考える人の割合を一貫して上回っているということです。

テキサス州ダラスのデモで言い争う擁護派と反対派

一方で、中絶はアメリカの世論を二分する問題で、連邦最高裁の新しい判断を受けて、各地では中絶擁護派と反対派(※)の双方がデモを行っています。

デモの現場を取材するたび、「中絶は女性の権利だ」「自分の体のことは自分で決められるべき」という中絶擁護派と、「命は受精の瞬間から命」「中絶は殺人」という中絶反対派が、激しく言い争う場面を目の当たりにします。

さらに、中絶を行う病院の前では、病院に来る車を中絶反対派が妨害したり、病院に入ろうとする女性に対して中絶を諦めさせようと説得したりしています。

中絶を諦めるよう説得する反対派

一方で、中絶反対派の中でも、今回の連邦最高裁の判断を受けて、すべての中絶を禁止にするのではなく、性的暴行などの場合には、例外として認めるべきではないかといった声も上がっています。

※アメリカにおける人工妊娠中絶
長きにわたり、国を二分してきた問題。中絶擁護派は「プロ・チョイス(選択できることが大事)」、中絶反対派は「プロ・ライフ(胎児の命こそが大事)」と呼ばれ、激しく対立している。(「プロ」とは、賛成の意味)
「プロ・チョイス」に賛同するのは民主党支持者、「プロ・ライフ」は共和党支持者が多いとされ、11月の中間選挙では争点の1つとして浮上している。

取材後記

今回の取材を通して印象に残っているのは、ミシシッピ州で中絶を行っていた病院の医師の言葉です。

シェリル・ハムリン医師

「州内で中絶できる病院がなくなり、今後、最も苦しむのは、金銭的にも物理的にも州外に移動することが難しい貧しい女性たちです。中絶はなくなりません。なくなるのは、『安全な中絶へのアクセス』だけです。本当に助けを必要とする人を助けることができないのは、医師としてもどかしいです」

この医師が話すように、中絶が禁止されると、近くに中絶できる病院がなくなり、母体の命が危険にさらされるケースも出てくる恐れもあり、安全な中絶へのアクセスが失われることを意味します。

中間選挙に向けて、今後さらに激しい議論が行われることも予想されていて、引き続き、連邦最高裁の新しい判断の影響を、取材していきたいと思います。

ニューヨークの裁判所前で行われた中絶擁護派の抗議デモ

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