2023年7月7日
世界の子ども レバノン 中東

パパ、ママと暮らしたい…子どもを孤児院に預けざるをえない国

「ママと離れたくない。行きたくない、イヤだよ!」

施設の前で母親の体に必死にしがみつく女の子。
保育園や幼稚園の前では見慣れた光景です。

しかし、彼女がこれから預けられるのは、「孤児院」。
パパとママと暮らしたいだけなのに…なぜ、ダメなの?

(カイロ支局 スレイマン・アーデル)

追い詰められる家族

「これまでは夫の収入で家族全員が安心して暮らせていました。でも、いまは生きていくことも難しいです」

薄暗い部屋で、ため息をつきながらそう話すのはハナディ・ムシェクさん(33)。

ハナディ・ムシェクさん

電気は止められ、懐中電灯の明かりしかない室内で、一家が直面している苦しい生活について説明してくれました。

ハナディさんの家族は夫と、上から14歳のアヤさん、8歳のジュナさん、6歳のラヤンさんの3人の娘たちです。これまでは裕福とはいえないまでも、タクシー運転手をする夫の収入で、家族5人不自由なく暮らしてきました。

ハナディさんの娘たち

しかし、ここ数年の国の経済状況の悪化で物価が上昇し、夫の収入は事実上、半減したといいます。

出費を減らそうと、家賃が安いキッチンと一間の部屋に引っ越しましたが、電気代は支払えず、食費を捻出することもままなりません。

この日の夕食はたった1品、スープだけでした。

追い詰められたハナディさん夫婦は、3人の娘を平日の間、「孤児院」に預ける決断をしました。

母親 ハナディさん
「子どもと離れるのはとてもつらいです。でもこの経済状況になっては、もう子どもを育てることはできません。朝近所の子が登校したり、親と一緒に歩いていたりする姿をみると、子どもたちに会いたくて、涙が止まらなくなります」

建国以来“最悪”の経済危機

ハナディさんが暮らすのは、中東レバノンの首都ベイルート。

地中海に面し、フランスの委任統治時代の建物が多く建ち並び、その美しさからかつては「中東のパリ」とも称されていました。

いまも町並みからその美しさを感じられますが、そこに暮らす人々の生活は悪化の一途をたどっています。

レバノンの首都ベイルート

「19世紀半ば以降、世界で最も深刻な危機の、おそらくトップ3に入る可能性が高い」

世界銀行は、レバノンの経済危機をこう指摘します。

物価の高騰も止まりません。主食のパンの値段は去年の同じ時期と比べて4倍に、鶏肉は4.5倍、スパイスをきかせた伝統料理「バタタハッラ」の材料のジャガイモは2.5倍にまで値上がりしています。

3年前にはデフォルト=債務不履行に陥り、事実上、国家財政は破綻。2023年3月のインフレ率は260%を超えています。

育てられない…引き離される家族

こうしたなか、ハナディさんのように子どもを育てられなくなる家庭が急増しています。

家族がいるのに、家族と離れて暮らす子どもたち。「社会的孤児」そう呼ばれています。

専門家などによると、いまレバノンではこうした子どもは1万人を超えるともいわれています。

その受け皿となっているのが孤児院です。

ハナディさんが3人の娘を預けたベイルート市内にある民間の孤児院。100年以上の歴史があり、0歳から18歳までの1000人の子どもが暮らしています。

孤児院

これまでは、戦争や内戦などで親を失った子どもたちを受け入れてきました。

しかし、いま急増しているのが社会的孤児です。この1年だけで600人以上の子どもたちを受け入れたといいます。親がいる子どもをこれだけの規模で預かったのは、過去にないことです。

気がかかりは6歳の末っ子

去年10月から3人の娘たちを孤児院に預けているハナディさん。この間、子どもたちの日々の食事の心配をしなくてよくなりました。

しかし、週末に会えるとはいえ、離ればなれの生活。子どもたちのことが心配で、気が気ではないといいます。

特に気がかりなのが、末っ子の6歳のラヤンさんの様子です。

末っ子のラヤンさん

活発で明るい性格でしたが、施設に預けられるようになってからは、感情の起伏が激しくなりました。突然、怒ったり、泣きやまくなったり…。

そのため、ハナディさんは週末にラヤンさんが自宅に帰ると、できるだけ一緒にいる時間を作るようにしています。一緒にお風呂に入って、寝る前にベッドの中で話す時間をなによりも大切にしています。いまはこの時間を心の支えに平日を過ごしているといいます。

母親 ハナディさん
「娘たちと過ごせる時間を本当に大切にするようにしています。これまでは、家事の途中などで娘たちに遊びをせがまれたり、けんかをしたりすると、少し煩わしいと感じることもがありましたが、いまではそれら一つ一つが心地よく感じられるんです」

しかし、週末が終われば、再びくる別れの時間。孤児院に連れて行くと、施設の前でラヤンさんはなかなかハナディさんから離れようとはしません。

末っ子 ラヤンさん
「お母さんと離れたくない。行きたくない、イヤだよ」

母親 ハナディさん
「うん、わかってる。ママもさみしい」

ハナディさんは優しく語りかけ、時間をかけてラヤンさんを落ち着かせていました。

施設の前では、ラヤンさんと同じように離れるのを嫌がる子どもたちの姿が多くありました。そんな子どもに優しく語りかけて説得し、姿が見えなくなると涙する親たちも。ともに暮らしたいと願う親子の時間さえ奪っている現実が、そこにありました。

運営厳しい施設、それでも…

この孤児院では、子どもたちを受け入れる前に、しっかり親と面談をするといいます。いまの経済状況を詳しく聞き取ったうえで、親との絆を保つため週末には子どもを自宅に帰すことや、生活が改善したら施設を出ることなどを受け入れの条件にしています。

孤児院

しかし、悪化する経済状況から希望者は増えるばかり。

施設側の運営自体厳しさを増しています。施設は寄付と政府からの助成金で運営されていますが、経済危機によって寄付金は集まりにくくなったうえ、政府の助成金は7割も減りました。ことしは運営に必要な予算の3割程度しか確保できていないといいます。

孤児院の代表 バッシャール・カウタリさん

カウタリさん
「国や企業からの支援は減り続けていて、正直運営は厳しいです。しかし逆にいえば、私たちでも厳しい経済状況ということは、それ以上に生活が厳しい家族がいるということです。だからこそ、可能な限り施設のドアを開け続けて、子どもたちを受け入れ続けたいです。なぜなら子どもたちがこの国の未来ですから」

経済状況改善は見通し立たず

多くの国民を生活苦に追い詰めるレバノンの厳しい経済状況。しかし、改善する兆しはいまだ見えていません。

レバノンでは、長年にわたって政治の腐敗や累積債務などが問題となってきました。さらに、人口比でみて世界で最も多くのシリア難民を受け入れていて、その対応も国内経済を圧迫してきました。

追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスの感染拡大、ベイルート港の大規模爆発、さらにはウクライナ危機に端を発した物価の高騰でした。政争による政治的混乱も続いています。

ベイルート港の爆発現場(2020年)

孤児院の支援などを担当するレバノンの社会問題省も、いまの国家財政では必要な予算を確保できないとしています。実際、孤児院などに充てていた年間予算は、5年前に比べ実質的に20分の1に減りました。いまはほとんどの予算を国連や外国からの支援に依存している状況だといいます。

レバノン ハッジャル社会問題相

ハッジャル社会問題相
「国の担当者として、いまの状況を恥じている。私たち社会問題省は子どもは家族の中で、愛情を注がれながら育つことがベストだと考えています。そのため、国連などと連携して、一日も早く子どもたちが家に戻れるように支援を行っていますが、正直、財政的に難しい状況が続いています」

末っ子が描く未来の絵

ハナディさんの末っ子、ラヤンさんが孤児院の授業で描いた一枚の絵があります。

描かれていたのは、楽しそうに笑う家族。新しい家。そして、周りには色とりどりの風船や蝶。

末っ子 ラヤンさん
「これはパパとママと私が暮らす新しい家だよ」

パパとママと離れずに、ずっと一緒にいたい-

6歳のラヤンさんが心から願う夢でした。

いま、NGOなどによる食料支援や親の経済状況を改善させるための就労支援などが始まっています。

いつになったら、「ずっと親と暮らしたい」という子どもたちのあたりまえの願いが届くのか。

その先行きは見えないままです。

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