相方は、ひきこもり ~新型コロナでも つながりを~

みずからを“ひきこもり芸人”と呼ぶ漫才コンビ、「キラーコンテンツ」。コンビのひとり長谷川さんは、かつて20年以上のひきこもりを経験、最近は新型コロナウイルスの感染拡大による外出制限で仕事がなくなり、ひきこもりの傾向がぶり返していると言います。そんな長谷川さんを常に支えながら、二人三脚でお笑いの道を進んできた相方の和出さん。多くの人が自宅に“ひきこもり”ながら社会生活を営まざるをえない状況になっている中、お二人に話を聞きました。(ネットワーク報道部記者 高橋大地)

ひきこもり漫才コンビ

左 長谷川さん:右 和出さん

「どうもよろしくお願いしますー。ひきこもり芸人『キラーコンテンツ』です」

「当事者の長谷川です」

「支援者の和出です。早速ですけど長谷川さん、ひきこもっている時はどんなことしていたんですかね」

「本ばっかり読んでました。歴史が大好きで。中でも戦国時代なんか考えただけでもう…」

みずからを、「当事者、支援者」と呼んで、ひきこもりに関するネタを披露する漫才コンビ「キラーコンテンツ」の長谷川崇さん(36)と和出仁さん(44)。

東京・浅草にある「東洋館」を舞台に活躍、「漫才新人大賞」の決勝にも進出した実力派です。

「当事者」の長谷川さんは、中学生のころからつい数年前まで、断続的にひきこもりの状態でした。

その長谷川さんをコンビ結成以来、「友人として」ずっと支え続けてきたのが、相方の和出さん。

ちょっと変わった相方と一緒に続けてきたお笑いという舞台、これまで、紆余曲折の連続だったと語ります。

和出さん
「長谷川さんと初めて会ったときが16歳。人とのコミュニケーションの取り方がわからない、というところからのスタートだったんです。トラブルもたくさんあって、最初は本当に大変でした」

人とうまくつきあえずひきこもる毎日

長谷川さんがひきこもったきっかけは、小・中学校での人間関係でした。

小学生のころからいじめを受けていましたが、幼いころに母親を亡くし、父親は仕事で不在がちで相談できる人がおらず、中学生になると学校に行かなくなりました。

長谷川さん
「学校に行かないから、だんだん同級生との距離の取り方がわからなくなってしまうんです。たまに学校に行っても、ささいなことでキレてしまったり、うまく関係を作っていくことができない。そしてさらに行くのが嫌になってしまって…」

家でごろごろしているか、ゲームセンターにいるか。もしくは、ひとりで野球を見に行くか…。長谷川さんは阪神タイガースの大ファンで、東京の自宅から横浜スタジアムのレフトスタンドを訪れると、大人たちがジュースをおごってくれて、かわいがってもらえるのがうれしかったといいます。

長谷川さん
「居場所がなかった学校とは違って、そうした場所にいる大人たちは自分を受け入れてくれたんですよね。そういう関係って表面的なつながりだけで正直、深くつきあうわけではないんですが、それだからこそ楽しめたんだと思うんです」

その後、高校にはどうにか入りましたが、知り合いも周りにいなくなり、1か月ほど通ったところでやめました。

ひきこもりからお笑いの世界へ

将来への漠然とした不安を抱える中、いつも聞いていたのが深夜のラジオ番組でした。当時、番組のパーソナリティーを務めていたお笑い芸人の言葉の一つ一つが、ひきこもりだった自分にとってすごく共感できるものだったといいます。

お笑い芸人に憧れを持った長谷川さん。16歳の時、自分もお笑い芸人を目指してみようという気になります。

長谷川さん
「ダメならやめたらいい、元にもどればいいやと思って、父親にお笑い養成学校に入りたいと言ったんです。そうしたらあっさりとOK。考えてみれば、それまで自分で何かやりたいと言ったことがなかったんです。父親は『家でダラダラしているよりいい、やりたいなら頑張ってみれば』という感じでした」

アルバイトや学校ではなくて、いきなりお笑い芸人を目指すというのは少しハードルが高いような気もしますが…。

長谷川さん
「バイトを申し込もうと思って電話を手に取っても、なかなかかけられないまま一日過ぎちゃうみたいなことが続きまして…。でも、お笑いの場合は、野球を見に行くのと同じで、好きなことができるという目標があるから、面接にも行くことができたんです。中学校は気が向いたときにしか行かなかったので、『レアキャラ』だったんですけど、たまに顔を出すと、『おおっ長谷川だ!』って教室がざわついていたくらいだったんです。それがちょっと笑いになるというか、その雰囲気がちょっと心地よくもあった。もしかしたら、そうした感覚もお笑いを目指すことにつながっていたのかもしれません」

吉本興業のお笑い学校「NSC」に入った長谷川さんですが、すぐに何かが変わるわけではありませんでした。

むしろ、高校よりも時間が自由になったことでひきこもる時間が長くなっていきました。

そうした中、家へ帰る方向が一緒で自然と親しくなったのが和出さんでした。意気投合した2人は、2000年10月、「キラーコンテンツ」を結成します。

ひきこもってネタ合わせに来ない相方

和出さんは、漫才師としての長谷川さんの魅力、才能について次のように話します。

和出さん
「長谷川がネタをやる時に驚いたんです。他人の目をまったく気にせずに、すぐに一発ギャグもできて、スゴイと思った。他の人との距離感をつむのが得意ではないからなのか、周囲の空気を読んだりせずにやるのが、いいなと思いましたね」

ところが、コンビを組んだあとも、長谷川さんの予想外の行動に振り回される日々が続きます。

長谷川さんは、打ち合わせやネタ合わせの時間を決めても、家にひきこもったまま、なかなか来てくれないのです。

和出さん
「『ネタ合わせをしたいから、外に出てきてもらえないかな』といっても『出たくない』の一点張り。何だったら出てきてくれるのかな、長谷川さんが好きなことは何かな、いやなことは何かなと毎日考えていました」

そこで、和出さんがとった行動が「一緒に体験すること」でした。

「そういえば特撮が好きと前に話していたな。じゃあ今度、ゴジラの映画をやるから見に行こうって誘ってみよう、そして帰りにネタ合わせしよう」

「長谷川さんは、阪神が好きだよな。東京ドームの巨人対阪神戦のチケットとったら絶対に行ってくれるだろうな」

和出さんは長谷川さんの家を訪ね、直接語りかけたり、一緒に出かけようと誘ったりを繰り返しました。

長谷川さんが何を考えているのか、どんな気持ちなのかを常に意識しながら、積極的な働きかけを続けました。

和出さん
「家の電話線も抜いているんですよ。だから電話もできない。普通はひきこもっている人の家に訪ねにくいかも知れませんが、友人だから、コンビだから、訪ねていける。ピンポンする理由があるんです。理由をつけて会いにいく、そういうことの積み重ねでした」

漫才仕立てで人間関係を伝える

周囲の人とトラブルになることもしばしばありました。

漫才の師匠や芸人仲間と飲みに行くことがあっても、長谷川さんは、ひとり携帯電話をいじっていて、誰とも話しません。

和出さんは、ほかの芸人仲間から「コミュニケーションができないし、なんとかしたほうがいいぞ。相方、変えたほうがいいんじゃないか」などと言われることもありました。

それまで出会った人の中で、ここまで極端な人はなかった。でも漫才という仕事でその極端さをなんとか生かしたい。

そう思った和出さんが考えついたのが、周囲の人との接し方を漫才のやりとりにして、学んでもらうことでした。

例えば、和出さんが会社の上司役、長谷川さんが部下役を演じるという想定であれば、

上司「飲み会中に、なんで携帯電話をいじっているんだ」

部下「いや、家訓なんで」

上司「変わってるな。わが社でも取り入れてみるかって、そんなわけないだろっ」

などと、長谷川さんの対応にツッコミを入れつつ、楽しみながらやるのがポイントです。

ほかにも、先輩に対してはどんな話し方をしたらいいか、好きな女性にはどうふるまったらいいか、社会との接点が少なかった長谷川さんにコミュニケーションのイロハを伝えていきました。

そんな和出さんの“支え”を長谷川さんはどのように思っていたのか。

長谷川さん
「社会との接点を作ってくれて、毎日のように接してもらえたことは本当に大きかったです。一緒にいて楽しいですし、初めて“友達”ができたんですから。だから今は、ひきもりの当事者ではなく、経験者かな…。90%くらいはそうだと言えるようになりました」

『家族に近い他人』として

画像提供:横浜市東寺尾地域ケアプラザ

こうした経験を生かし、長谷川さんはと和出さんは、ひきこもりの当事者や、その家族などに向けて「ひきこもりの現状や対応」を知ってもらうイベントを2年前に始めました。

はじめに漫才を披露して雰囲気を和ませた後に、長谷川さんの生い立ちやひきこもっていた当時の気持ち、それを支えてきた和出さんの思いなどを紹介しています。

これまでに20回ほど開催。多いときには200人が参加しました。和出さんは、毎回、『家族に近い他人』という言葉を使って、ふたりのこれまでの関係を紹介しています。

参加者からは、いつも「参考になった」とか「勇気づけられた」など、大きな反響が返ってくると言います。

和出さん
「家族だと関係が近すぎてなかなかひきこもっていることを受け入れられなかったり、まだまだ周囲に相談しにくい雰囲気があると思うんです。でも、友人くらいの距離感だと、支えるほうも、支えられるほうも重くない。普通に社会で暮らしている人から見れば、ひきこもりの人たちは、関わりたくない存在かもしれません。でも、支えられる範囲でそばにいる。それだけで、ひきこもっている人には大きなことだと思うんです。『家族に近い他人』というのはそういう意味です」

コロナ危機・相方はまたひきこもりに…

コンビ結成20年。二人三脚で進めてきた「キラーコンテンツ」ですが、やはり、新型コロナウイルスの感染拡大は、ふたりの活動にも大きな影響を与えています。

日頃活動している東洋館の公演はすべて中止。国立演芸場で予定されていた公演やイベントへの出演なども軒並みキャンセルになり、おもな収入源がたたれてしまいました。

立ち稽古などで、実際に会うのも週1回ほどに制限せざるを得ず、お互いが自宅に閉じこもっていることが多い状態です。

2人が会ったときには動画を撮影して、ツイッターやTikTokで公開していますが、やはりお客さんが目の前にいて一緒に作り上げていくのが漫才。

和出さんは「どうしても感覚は狂ってしまうし、コンビ結成以来、最大の危機ともいえると思います」と話します。

一方の、長谷川さんに聞いてみたところ。

長谷川さん
「バイト以外は基本的に家にいるようになったので、今、ものすごい楽しいです。ずっとゲームもしていられるし、好きな歴史の本を読んでいることもできる。昼夜逆転になってきていますが、時間があるのはすばらしいです」

そう話し、今の状況をむしろ楽しんでいる様子でした。

和出さんはそんな長谷川さんをとても心配していました。公演がすべてなくなり、社会との接点が薄れることで、長谷川さんのひきこもりの傾向がまた悪い方に向かうのではないかというのです。

和出さん
「舞台があれば、楽屋にも行くし、師匠や仲間たちと話してコミュニケーションをとることもできるようになっていたんです。そうしたつながりがなくなってしまう。公演もないし、どこにもいかなくてもいいやと思って放り投げてしまい、また、ひきこもりに戻ってしまうかもしれない。元に戻ってほしくないから、細くてもいいからつながっていたいです」

和出さんは、これまでメールで済ませていたような用件でも電話をして、極力コミュニケーションをとるように心がけているといいます。

世界がひきこもる今

今、新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中で多くの人が、自宅などに“ひきこもら”ざるをえない状況に置かれています。

長期間、こうした状態が続くと、人々の社会的な関係や人間関係にも大きな影響が及んできます。

もともとひきこもっている人たちの中には、さらに社会との接点が失われ、孤立した状況が深まっている人もいます。

感染拡大が広がる中、この記事についても、途中からは自宅から電話をかけて取材、執筆するようになり、私自身、社会とのつながりが薄れていると実感しています。

そうした中で、2人への取材を通して感じたのは、2人の培ってきた「距離感」や「友だち」という関係性の大切さです。

漫才コンビの相方という言葉は、「友人以上、家族未満」の特別な関係かもしれません。

和出さん
「最初は長谷川さんを支えるという形でやってきたけれど、今はむしろ支えられているところもあります。漫才1つとっても、最初は自分だけが作ってやっていたのを、2人で作り上げるようになってきた。2人で1つになっているという感覚ですね」

人と会うことや、人とつながること、何かを一緒に行うことが、人にとっていかに大事なのか。世界中が「みんなでひきこもり」を体験しているいまだからこそ、お二人の話が、身にしみて響いてきました。

ネットワーク報道部
高橋大地

最新記事