不器用でもいいじゃない 元エリート会社員の“ひきこもり”支援

「“正社員になって月に20~30万稼がないといけない”という考え方ではなく、もう少し気持ちを楽に持っていこう」と語るのは、ひきこもり相談員の“アベタツ”こと阿部達明さん(56)です。 社会から孤立しひきこもる人、子どもがひきこもり思い悩んでいるという親たちから厚い信頼を寄せられているアベタツさん。その支援の特徴は、相談者の家計や資産を分析し、ひきこもる人が、今後生きていくために必要なお金を計算することです。すると、“数万円稼げば生きていける”ということが多くの人のケースでわかってきます。アベタツさんは、その試算結果を元にしながら一緒に仕事を探し、ひきこもる人たちを社会復帰へと導いていくのです。いま、ひきこもる人たちは100万人にものぼるとも言われています。この春、“頑張り過ぎないでいい現実”を伝え続け、ひきこもる人たちと向き合うアベタツさんの日々を2か月にわたり見つめました。

絶えることのない親からの切実な相談 長期化・高年齢化するひきこもり

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池袋駅から徒歩10分、喧噪から少し離れた所にアベタツさんの相談室はあります。

生活に困ったり、孤立を余儀なくされたりする人を支援する社会福祉法人がおととし開設し、非常勤職員のアベタツさんが運営を任されています。

相談に来る人の多くは、長くひきこもる子どもを持つ親たちです。

取材に伺った日に訪れていた68歳の女性。

10年にわたり自宅にひきこもっている35歳の長男と2人で暮らしています。

「あと1年で仕事を定年になっちゃうから困っている。自分が亡くなったあと、生活費がないので子どもが生きていけない」、女性が訴えたのは子どもの将来への不安でした。

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アベタツさんは、初回の相談では2時間以上をかけ、じっくりと話を聞いていきます。

相談は2年間でおよそ100件。半年以上をかけて、一緒に社会復帰を目指します。

「働いて自立してほしい」という親の焦りを家計診断で解消

アベタツさんは、家庭の状況を知るため、直接家にも出向きます。

5月上旬、初めて訪ねたのは69歳のヨウコさん(仮名)です。

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32歳の娘は部屋からほとんど出ず、10年間、ひきこもっていると言います。

家族の収入は年金のみ、頼みにしていた貯金も底をつきかけていました。

ヨウコさんは「早く娘が働いて自立しないと生活が行き詰まる」と焦りを抱えている様子でした。

そこで、アベタツさんは家計のチェックシートを取り出し、お金の収支を分析することにしました。

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すると、家族の収入は年金などで月に12万円余り、支出は14万8千円。月2万5000円余りの赤字をなんとかすれば、当分、いまの生活は維持できるとわかりました。

すると、ヨウコさんは「ほっとしました。ちょっと働けば大丈夫ですね」と少し笑顔も取り戻していました。

2週間後、アベタツさんが訪ねると、ヨウコさんは赤字分を自ら働いて稼ぎたいと話を切り出しました。

すると、アベタツさんは、娘さんにそれを伝えてみてはどうかと提案します。

一緒に娘の部屋のドアの前に立ち「お母さんが75歳まで働けば赤字分を補うことができて、今のままでも2人でやっていける」と伝えました。

帰り際、アベタツさんは「娘さんを思う母親の気持ちを伝えることで、心を動かすことができるかもしれない。これからも母親と一緒に応援していると伝え続けていきたい」と話しました。

アベタツさんと出会って1か月、ヨウコさんは気持ちに少し変化が出てきたと言います。

見せてくれたのは娘さんが中学校の修学旅行の時に買ってきたお土産の湯飲み。

それを大事そうに抱えながら、ヨウコさんは「働く、働かないということにとらわれず、娘には生まれてきて良かったと思ってほしい」と話しました。

エリートからの転落 自身の経験から気づいた“新たな生き方”

アベタツさんは、かつて、大手銀行や国の外郭団体を渡り歩くエリート金融マンでした。

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しかし、40歳を過ぎたころ、業績アップへのプレッシャーなどから、うつ病となり、その後、職場での居場所を失いました。

「トンネルで先に光明が全く見えない感じで、もがいていた」と話すアベタツさん。

収入がなくなり余裕も失われる日々。働けない自分を責め続け、家にひきこもるようになりました。転機となったのが母親の死でした。残してくれた遺産で、生活を立て直すことができたのです。

アベタツさんは「母親が亡くなって俺のこと助けてくれたと感じた。そこで焦りをリセットできた」と話してくれました。

お金の不安がなくなり、生活や心の余裕を取り戻したアベタツさんは、自らの経験を伝えたいと、ひきこもり支援の仕事につくことになったのです

“親亡きあと”の将来の不安を家計分析で解消

アベタツさんが1年半前から支援を続けている家族がいます。

4年にわたりひきこもっているタツヤさん(32)(仮名)と母親のユキコさん(70)(仮名)です。

タツヤさんは有名私立大学の工学部を卒業し、自動車部品メーカーに就職しましたが、上司から叱責を繰り返され、徐々に自信を失っていきました。

「できない、できないと思い込んで布団の中とかで悶々と自分を責め続けていた」というタツヤさん。

アベタツさんの支えで少しずつ外に出られるようになりました。

70歳の母親にいつまでも頼れないと、去年、経理関係の資格も取りました。

しかし、まだ次の一歩が踏み出せずにいました。

そこで、アベタツさんは、タツヤさんの背中を押すために、母のユキコさんの収入が無くなった場合、いくら稼げばいいのかをシミュレーションしてみました。

親子には合わせて1000万円の貯金があり、現在住むマンションも持ち家なので家賃はかかりませんでした。

すると、預貯金を活用すれば、1年あたりに必要なのは、あと39万円。月にすると3万2500円ということがわかりました。

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2日後、アベタツさんは、タツヤさんに計算した金額を伝えます。

すると、「これぐらいなら、なんとかなりそうだと感じた」とタツヤさんは安堵の表情を浮かべました。

さらに、アベタツさんは「正社員というしがらみが無くなるから、そのぶん、仕事の中身とかやりがいとか、向いている仕事を選ぶことができる」と伝えました。二人は、まずは無理せず、短時間でも働ける仕事を探すことにしました。

後日、二人は一緒にハローワークへ向かいました。

そして、タツヤさんの資格を生かせる経理の仕事で、短時間から働ける求人はどのくらいあるのかを問い合わせてみました。

すると、その数は100件近くあり、タツヤさんはいくつかの会社に連絡し面接を受けることを決めました。

帰り際、タツヤさんが気持ちの変化を語ってくれました。

「僕は昔はプライドが高くて、できればエリートになりたいという時期もあった。でも、今は自分がのびのび過ごせる生き方を重視するようになった」

アベタツさんの関わりで、確かに前向きになっていくタツヤさんがいました。

「生活が成り立たない、でも助けてもらいたくない」現実と理想の葛藤

5月半ば、アベタツさんの元に半年ぶりに連絡してきた人がいました。

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14年近く断続的にひきこもり続けているマコトさん(50)(仮名)です。

去年、アベタツさんが仕事を紹介する段階までたどりついたものの、社会復帰への不安がぶりかえし、連絡が途絶えていました。

今回、アベタツさんを頼ってきたのは、マコトさんの持病のヘルニアが悪化したからです。手のしびれが続き、医師からは手術が必要だと言われているといいます。しかし、その費用が工面できずにいました。

マコトさんは、かつて福祉の仕事を目指していました。しかし、父が脳梗塞で倒れたことをきっかけに人生の歯車が狂い始めます。

通っていた大学院を辞め、9年間、父を介護。その間に、社会とのつながりが絶たれ、孤立。徐々に仕事につく自信も失われ、ひきこもるようになったのです。

アベタツさんは、マコトさんの家計の状況を聞き取り、今後の方針を考えました。

すると、貯金はなく、毎月7万6000円の赤字。このままでは借金が膨らむばかりでした。アベタツさんは、ここは一旦、生活保護を受ける必要があると感じました。

2週間後、アベタツさんはマコトさんを連れて、生活保護の窓口へ向かいました。申請の相談をはじめて2時間が経ち、アベタツさんが憮然とした表情で出てきました。書類を提出しようとした時、マコトさんが申請をやめると言い出したのです。

かつて人を助ける福祉の仕事に就きたいと考えていたマコトさんは、自分が助けられる側になることには抵抗感があると話していました。

アベタツさんは説得を続けましたが、マコトさんは結局、生活保護を受けず、友人からお金を借りて手術すると決めました。アベタツさんは、今後も連絡を取り続け、本人の意思を踏まえたうえで、仕事を探していくことにしています。

「すべての不器用な人が生きやすい社会へ」アベタツさんの思い

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取材終盤のある夜、アベタツさんが語ってくれました。

「俺もそうだったんだけど、ひきこもっている人は確かに要領はよくないと思う。でも、自分の状況について“仕事をしなくて、24時間、楽して自分のためだけに使えるからいいな”と思っている人は一人もいないと思うよ。みんな要領悪いし、不器用だから。そういう人が明るく生きられるようになって、笑顔になれる状況が少しずつ増えていったら、きっと幸せな社会に一歩ずつ近づいてく」

“普通”というレールに苦しめられる社会からの脱却

ひきこもる人たちは、内閣府の推計で39歳までで54万人。40歳以上も含めると100万人近いのではないかとも言われ、長期化、高年齢化が大きな課題になっています。

取材を通して感じたのは、いまもなお社会には「よい学校を出て、よい会社へ就職し、適齢期に結婚して、子どもを立派に育てる」といった“価値判断の基準”が根深く残っており、多くの人がそれに苦しめられている現実でした。

そんな中で、アベタツさんが伝える「無理しなくていい、頑張り過ぎなくてもいい」というメッセージは、働き方の見直しが求められる現代社会にとって、非常に大切な価値なのではないかと感じました。取材を通して、そうした価値観が広がり、少しでも“生きやすい社会”になればと思いました。

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