ひきこもクライシス“100万人”のサバイバル ひきこもクライシス“100万人”のサバイバル

世界の“孤独”から見えるヒント

日本ではひきこもりの長期・高齢化が問題になっていますが、実はいま、世界中で「孤独」の問題に向き合おうという動きが広まっています。イギリスでは、孤独問題の担当大臣まで任命され、健康維持や医療費抑制などの社会保障の観点からも議論されています。孤立や孤独を深めるひきこもりの人たちの問題に日本社会はどう対応していけばいいのか。そのヒントを探るため、世界の孤独問題ついて研究、ことし『世界一孤独な日本のオジサン』という本を出版した企業コンサルタントの岡本純子さんに話を聞きました。(経済社会情報番組部ディレクター 今氏源太)

世界一孤独な日本のオジサン

企業のコンサルティングや社員のコミュニケーションスキル指導を行っている岡本純子さん。

今年2月、『世界一孤独な日本のオジサン』という本を出版しました。

多くの企業の社長や幹部と接する中で、会社に地位を築いていてもどこか寂しそうで、周囲に気の許せる相手が少ない人が多いと感じていた岡本さん。

日本の中高年の男性は、仕事か家庭にしか拠り所のない人が多く、世界的にみても孤独を深めていると言います。

「企業のトップクラスほどの方々でも、仕事を離れると途端に会話が減り、家で何もせずに過ごす方が多くいます。中高年の孤独の問題はとても深刻です」

世界が警鐘 孤独の“健康リスク”

こうした孤独(=ロンリネス)の問題は、いま、世界中で注目されています。

岡本さんは10月にイギリスで行われた「孤独に関するカンファレンス」に参加。欧米各国から行政、企業、NPO、研究者などおよそ260人が集まって最新の研究成果が報告されました。

アメリカのブリガムヤング大学のジュリアン・ホルト・ランスタッド教授が指摘したのは、日本ではまだあまり聞き慣れない孤独の健康リスクについてでした。

「孤独は喫煙や禁酒よりも健康リスクが高いのです」

複数の論文データを分析する手法を用いて孤独の健康リスクについて調べたところ、喫煙(1日15本以上)、アルコール依存に匹敵し、肥満などよりも高いという結果。

さらに社会的なつながりを持たない人は持つ人に比べて早期死亡リスクが50%上昇するという分析結果も発表されたと言います。

病気の原因を、すべて「孤独」に結びつけることはできませんが、発表の内容は、多くの人にセンセーショナルに受け止められていたと言うことです。

なぜ孤独は健康への悪影響があるのか。

ランドスタッド教授によると、人間は昔から社会的な動物(=ソーシャルアニマル)であるため孤独を本能的に避けようとする防御機構があるといいます。

のどの渇きや空腹を感じると食べ物を求めるように、孤独を感じるとその状況を逃れようと体は反応、その状態が続くとストレスホルモンが過剰に出て心身に影響をもたらしてしまうというのです。

孤独の問題は、アメリカでは、まるで伝染病のようだと様々なメディアが報じていることも報告されました。

『研究者が「孤独」という伝染病に向き合う 〜ニューヨーク・タイムズ』

『慢性的な孤独は現代の伝染病 〜フォーチュン〜』

「孤独は、目には見えないままどこへでも広がり、うつ病やアルコール乱用、さらには心臓病や血管疾患などのリスクを大幅に上げています。まさに伝染病のようです」(岡本さん)

日本のひきこもりとの共通点と差異

岡本さんによると、会議の中心になったテーマは、高年齢者の孤独の問題です。

欧米では、核家族化や過疎地の増加、さらに教会など生活に根付く宗教施設の影響力が落ちていることなどの要因で、地域で孤立するお年寄りが増えています。

そして、孤独であることを誰にも告げられず、友だちがテレビだけという暮らしを続けている人が多くいると言うのです。

そうした人たちをどう捉え、支援の対象にするのか、その際にイギリス政府と連携して支援キャンペーンを行っている団体が定めたのが「孤独の定義」です。

その定義は、『当人が一人で生きることを望んでいないにも関わらず、そうした状況に陥っている感覚』です。あくまで、本人の「主観」を大切にしています。

家族の有無や仕事をしているかどうかは関係がなく、自分の求める人間関係の質と量が満たされているかが問題になります。

この定義づけで捉えると、イギリスには900万人の孤独者がいると主催団体は推計しています。

私は、ことし8月に放送したクローズアップ現代+「ひきこもりルネサンス」という番組を担当し、日本のひきこもりの人たちが置かれている状況を取材しました。

その中では、多くの人が、『本当はひとりでいたいわけではなく誰かと話したり、つながりたい』という思いや葛藤を抱いていました。

そして、多くの人が口にしたのが他人や社会との関係をうまく結べない「生きづらさ」でした。

番組のゲストのジャーナリストの池上正樹さんは、社会とつながりたいという思いを抱きながらさまざまなハードルのために疎外されているひきこもりなどの人たちを「社会的孤立者」、その状態を「社会的監禁」という言葉で呼んでいました。

日本でも、ことし、国がはじめてひきこもりの調査対象を中高年にまで広げることを決めましたが、ここでのひきこもりの定義は、「買い物などを除いて、家族以外とは関わらず、半年以上家に閉じこもっている人」など、調査のための便宜的なものです。

「ひきこもり」は、病気などの名称ではなく、「ひきこもっている」という状態の呼称ではありますが、取材を通じて、日本でも、社会との関係性をも包含した「ひきこもり」のとらえ方が求められているように感じました。

暮らしに溶け込む無理のない支援

そうした中高年の孤独対策として岡本さんが紹介してくれたのが、オーストラリアの「メンズシェッド(男の小屋)」という日曜大工の施設です。

工具や資材は用意されていますが、ここで作るのはただ個人の工作だけでなく、地域の学校のベンチやテーブル、遊具など。

また、障害者が施設を利用するときに指導係を任されるなど、さまざまな「役割」を与えられことで、人の役に立つというやりがいを感じることができると言います。

作業の後には、参加者どうしが語らう時間も設けられます。

「男性の場合はface to face(面と向き合う)ではなくshoulder to shoulder(肩と肩を並べる)、同じ作業をしながらのコミュニケーションの方がしやすいという発想です」(岡本さん)

オーストラリアには900近いメンズシェッドがあるそうです。

このほかにもサッカー大国のイギリスでは高齢者向けの“歩く”サッカー大会や、ペットが心を癒やすというコンセプトから地域みんなで鶏を飼い育てるプロジェクトなどがあると言うことです。

どれも孤独の対策というより、暮らしそのものを楽しくする取り組みなのだなと感じました。そして、これらの多くが行政ではなくNPOや多くのボランティアが支えているということでした。

「イギリスではいずれ自分が支えられる側になるのだから、今は支える側に回って貢献しようという考え方があります。また、孤独な人の役に立つことは自らの孤独を癒やす方法にもなる、ほかの人を助ける事があなた自身を助けるという発想があり、多くの人が自分ごととして捉えていました」(岡本さん)

日本でも、こうしたコミュニティ作りは始まっています。

東京都足立区は「足立区孤立ゼロプロジェクト」として、各地域包括支援センターが中心になって中高年男性に向けた「男の料理教室」「男の将棋クラブ」「千住男男(だんだん)キレイ隊」など楽しさややりがいのあるコミュニティ作りを行っています。

こうした、取り組みは、まだまだ知らない人が多く、より多くの孤立する人が参加する最初の第一歩をどれだけ増やせるかだと岡本さんは言います。

孤独の美徳にとらわれないで

もうひとつ、岡本さんが著書でも指摘し、とりわけ、日本の孤独問題を考える上で大切だと強く語っていたのが、「孤独の美徳」との距離の取り方です。

日本の中高年男性に、なぜひとりでいたいのかと尋ねると、多くの人が、「ひとりで生きることの大切さ」を語ると言います。「他人に依存して生きることは恥である、人生最後はひとりなのだから孤独から逃げてはいけない」などと言う声も多く聞かれると言います。

「日本では孤独を楽しむ、孤独と向き合うという精神論も幅広く支持されているように感じます。武士のような孤高の美学を理想としているのでしょうか。ひとりで過ごす耐性のある人もいるでしょうが、それでも漠然とした不安が混在しているとすればそれは孤独なひとりだし、その感覚をうやむやにして美化しようとするのであればおかしいことだと思います。ひとりでいるという物理的な状況ではなく、自分の主観を通して誰かとつながりたい感情があるのなら、まずは素直に応じてみるのか良いのではないでしょうか」(岡本さん)

ひとりで生きる強さを身につけることは大切ですが、もし自分が今孤独を感じているとすれば、それは本当に自らが望んだものでしょうか。

美徳を語る前にまず社会の変化を見つめ、回りに困っている人がいないか、自分にできることはないか、思い込みを外し、つながりをもう一度築くことが必要かもしれません。

孤独の増加で社会の寛容性が奪われる!?

岡本さんへのインタビューで、最後まで印象に残ったのが、「孤独は他人への想像力を弱める」という言葉です。 他人と関わり合いを持たなければ、本当の意味での想像力、自分が社会の一員であることへの想像力は生まれないと言うのです。

「孤独のままでもいいという考えに長く陥ると、向き合う対象は自分ばかりになり、他人への想像力が弱まってしまう危険があります。自分以外の人と関わりを持つことは安心感や幸福につながるだけでなく、相手がどんな人で何を求めているのか、想像力を巡らせることが可能になることが、その大切な意義だと思います」(岡本さん)

孤独を感じる人が増え続けていったとき、他人への想像力で支えられている社会の寛容性までが奪われかねない。 孤独やひきこもりの問題を考えることは、私たちが生きていく社会全体のことを考えることなのだと気づかされました。

  • 経済社会情報番組部ディレクター
  • 今氏 源太