それでも、誰かと…
何年もひきこもっている。
部屋の外に出るのは勇気がいる。
でも「誰かとつながりたい」という思いはある。
そうした人たちが集まる「オンライン当事者会」があると聞き、見学させてもらった。ひきこもった人たちを結びつける、ネットの力とは。(ネットワーク報道部記者 高橋大地)
“ひきこもりながら”つながる
「こんばんはー。ヒキ歴(ひきこもり歴)トータル10年の○○です」
「仕事に出てはいますが、人との交流がありません。精神的ひきこもりという感じです」
午後6時半すぎ。ネット上で開催される「オンライン当事者会」の会場に人が集まり始めました。
オンライン当事者会は、家から外に出るのが難しいひきこもりの人でも、気軽に多くの人につながってもらおうと、ことし2月から東京のIT企業が始めました。ひきこもりの当事者や経験者であれば、誰でも無料で参加が可能。メールアドレスを登録すれば、ブラウザーやアプリでアクセスできるURLが送られてきます。
10回目となるこの日は、北海道や東京、福島、岡山など全国から20名が参加しました。
自己紹介のあと、決められたテーマに沿って会話を進めます。
この日のテーマは「夏バテ」でした。
「今の季節、気が付くと体力が落ちているとかありそうですね、どんな対策をとっていますか」と司会者がふると…
「食欲がすぐに落ちるので、梅ジュースを作って飲んでいます」「首筋に保冷剤をあてながら過ごしてます」
次から次へと声が寄せられます。
中には、経験者ならではの発言も。
「ずっとひきこもっていると、夏や冬などの季節感がわからなくなります」
無理なく参加
オンライン当事者会への参加のしかたは、それぞれのひきこもりの度合いに応じてさまざまです。
ウェブカメラを使って顔を出して発言する人。音声だけで顔は出さない人。チャットのみ、つまりテキストでメッセージを送るだけの人もいます。チャットのみの場合はコメントがアップされたところで、司会が1件1件読み上げます。一切発言せず、聞いたり見たりしているだけでもOKです。
一方で、決まりごともあります。ほかの参加者への批判はしないというルールです。このため、ギスギスした雰囲気にならず、終始和やかな雰囲気で会は進みます。コミュニケーションが苦手だったり、最初から話すことに不安があるといった人でも、それぞれの状況に合わせて参加することができるのです。
会を主催するIT企業の佐藤啓さんは「実際に人が集まるリアルな会ではちょっと疲れてしまうな、と言う人にも来てもらえれば。そうした人たちがオンラインでのつながりをきっかけに、リアルな当事者会に参加するようになってもいいと思います」と話しています。
適度な“距離感”と“一体感”
参加者の声を聞いたり、次々に書き込まれるコメントの流れを見たりして感じたのが、なんとなくラジオの放送に似ているのではないかということです。
寄せられた声を、司会者が話を膨らませて、展開。話が進む間に届いたメッセージを読み上げて、さらに話題を広げる。みんなが思い思いに語りながら、1つの番組を作り上げていくようにも感じます。
参加者の一人は「会話が苦手な人でもチャットで文面を吟味しながら発信できる。そうすることで適度な距離感を保ちながら良好な関係を築いていけるのがとても心地よい」と話していました。
コミュニケーションに悩みを抱えることの多いひきこもりの人たちにとって、“適度な距離感”を保ちながら”一体感”も得られる、他にはない「居場所」になっているのです。
つながる場所がない 地方のひきこもり
オンライン当事者会には、地方に住むひきこもりの人たちも多く参加していました。
参加者の1人で、青森県でみずからもひきこもりの当事者会を主催しているという下山洋雄さんは「地方ではひきこもりに対するイメージが悪く、外に出るのには高い壁がある」と話します。
近年、東京など都市部では、ひきこもりの人たちが実際に顔を合わせて集まる形の当事者の会が数多く開催されるようになりました。しかし、地方ではまだまだ少なく、ひきこもりになっても、どのように情報を得ていいのか、どうやってつながったらいいのかわからない人も多いといいます。
「このサイトでは、全国のいろいろな場所に仲間がいて、つながっているという安心感が得られます。私自身も、全国の人と話すことで心が温かくなれました」
“大丈夫な場所”だった
ある意味、“ひきこもったまま”あらゆる人とつながることができるネットの力。この日、オンライン当事者会に参加していたもうひとり、東京都の石井英資さん(35)に話を聞くと、この当事者会とは別に「ネットでのつながり」に救われた経験を話してくれました。
「『自分は人間なんだ』と再確認できたんです。ああ、ここは『大丈夫な場所だ』と思えたんですよね」
石井さんにとって「大丈夫な場所」だったのは、ネットのゲーム動画の配信サイトでした。配信されているのは対戦型の格闘ゲームの大会です。腕自慢のプレイヤーたちが、お気に入りのキャラクターで真剣勝負をします。プレイ画面の右側にはコメント欄があり、ネットで観戦する人たちがリアルタイムでコメントを寄せ、お互いにやり取りすることができます。
プレイヤーどうしの派手な必殺技の応酬。形勢を一気に逆転させる連続技。プレイの1つ1つにコメント欄は大きな盛り上がりを見せます。自分もコメントをすることで、さまざまな人と実際につながっていると感じることができると言います。
社会からの孤立の末
石井さんは、1人暮らしの大学院生だった11年前、数週間、大学を休んだことをきっかけにひきこもっていきました。
「1か月も休むと研究で後れを取り、行きにくくなってしまって。そのまま、どつぼにはまってずるずると、という感じです」
その後、中退や再入学を繰り返し、結局、大学をやめました。当時行っていた塾講師のバイトでも、「自分の経歴に触れられないようにしたい」などと身構え、同僚ともコミュニケーションがうまくとれず、大きなストレスになっていきました。
夜遅く塾から帰宅したあとは、朝方までひたすらゲームをする。日中は寝ようとしてもすぐに目が覚めて、まともに寝られない。
「まるで廃人のようで、生きている感じがしなかった」
「自分はだめな人間だ」という思いにとらわれ、精神的に追い込まれていきました。
感謝されてうれしかった
他人とのコミュニケーションの取り方が分からなくなっていた石井さんを救ったのが、ゲーム観戦サイトでのオンラインでの会話でした。同じ興味を持つ人とだけコミュニケーションが取れること。そして、自分が「ひきこもり」だということを知られるおそれがないことも気楽でした。
「サイトに訪れて、『こんにちは』と書き込めば、『こんにちは』と返してもらえる。ほかにも、海外の人がサイトを訪れたときに、実況をしている人の解説を英語に訳して伝えたり、逆に海外の人の英語コメントを訳して伝えたりすると感謝されるのがうれしかった」
こうしたコメント欄でのやり取りの一つ一つの積み重ねが、「自分、コミュニケーションできているじゃん、結構役に立っているじゃん」という自己肯定感につながっていったといいます。
「コメントを打つと、すぐに返してくれるのがうれしかった。やはりどこかで人とつながっていたいという気持ちは常にありました」
石井さんは、その後、実際の当事者会にも足を運ぶようになりました。
ネットの先では誰かが待っている
オンライン当事者会、はじめに聞いた時は、ひきこもっている人たちが、それぞれの悩みについて深刻な話を吐露しあう、そんな会を勝手に想像していました。しかし、いい意味でそうした予想は裏切られました。参加者の人たちは、たあいのない、ごくごく普通の、和やかな会話をしていました。そして、むしろ、そうした会話やコミュニケーションこそが大切なのだと気付かされました。
「家から出ずに、ひきこもってネットばかりしている」
「ネットはひきこもりを悪化させる」
これまでインターネットはどちらかと言えば、そんな文脈で語られることも多かったように思います。もちろん、対面のコミュニケーションは大切ですし、外に出なければ経験できないことはたくさんあります。でも、そこに踏み出すのが難しいという人が、数多くいます。
「一人でいるほうが気が楽だけど、どこかで人とのつながりを求めている」
インターネットは、そんな人たちを互いに結びつけ、新しい人間関係へとつながる扉にもなっています。
- ネットワーク報道部
- 高橋 大地記者