ひきこもクライシス“100万人”のサバイバル ひきこもクライシス“100万人”のサバイバル

長期・高齢化するひきこもり その実態と解決のヒントとは

こんなに続くと思わなかった―。今、「ひきこもり」の長期・高齢化が深刻化しています。国の推計によると、ひきこもりの人は54万人。しかし、これは39歳以下の人数に限っての数字であり、40歳以上の人を含めると100万人におよぶという見方もあります。なぜ、ひきこもりがここまで長期・高齢化したのでしょうか?ひきこもりから脱するためのヒントとは?当事者を取材し、その実態を見つめました。

長期化したひきこもり

かつては、若者の問題として注目された「ひきこもり」。しかし今年、内閣府は初めて40歳から60歳の実態調査に乗り出すことを発表しました。背景にあるのは、ひきこもりの長期・高齢化の問題です。40代、50代になったひきこもりの人が、高齢化した家族と共に追い詰められ、社会的に孤立している深刻な事態が全国で相次いで報告されているのです。

ひきこもりの定義は、
・自室からほとんどでない
・自室からは出るが、家からは出ない。
・ふだんは家にいるが、近所のコンビニなどには出かける
・ふだんは家にいるが、自分の趣味にかんする用事のときだけ外出する
という状態が、6ヶ月以上続いていることとされています。(内閣府より)

この定義にあてはまるひきこもりは、全国で54万人。しかし、この数に含まれるのは39歳までの人たちだけです。40歳以上も含めると、100万人以上と推計する専門家もいます。

田中さん(仮名)46歳も、ひきこもりが長期化しているひとりです。

ひきこもり歴は14~15年。以前は家から一歩も出られませんでしたが、最近は1週間に1度ほどなら家から出られるようになりました。ひきこもりのきっかけは、15年前会社を辞めたことでした。

「普通の人だったらできるようなことが、ちょっとできなかったり、ちょっと違っちゃったりとか、まあ会社の方から辞めるように言われて、辞めることになりました。いつの間にか、あまり外へ出ることはなく、ひきこもるような状態になってしまったと。」(田中さん)

しかし、こんなに長くひきこもるとは思っていなかったといいます。なぜ、長期化したのでしょうか。

「失敗に対する恐れが大きいんだと思います。前に働いてた所を辞めてから長いこと、外に出て働く経験を、ほとんどしていませんから、これだけブランクのある私でも、やっていくことができるのかという不安と、スキルとか技能の面で、かなり劣っている部分。なにぶん相談できる機関がなかったし、結局、誰にも話すことができないまま、時が過ぎたという感じですかね…」(田中さん)

ひきこもりが長期化すればするほど、抜け出すことが難しくなり、焦りが募るという田中さん。今心配なのは、親も高齢化していることです。

「やっぱり親が亡くなったあとは心配ですね。だからそれを考えると、すごい不安になっちゃうっていうのがあります。今のままだったら絶対、経済的にやっていけないと思いますので、そこが非常に不安というか、怖いと言いますか。」(田中さん)

出口を求めて 当事者同士の語り合いの場

田中さんのように、ひきこもりが長期化している中高年が不定期に集まる当事者の会があります。 「ひ老会(ひきこもりと老いを考える会)」。中高年のひきこもりが、老いについての不安や悩みを共有します。

7月に開かれた会には、田中さん以外に38歳から56歳までの12人が参加していました。親の死後について、経済的な不安についてなど、3時間、悩みを打ち明け合いました。

「いろいろ意義のある話を聞けたかなとは思います。今までひきこもってたのもありますし、あんまり外出するのはちょっと疲れちゃうのもありますし、できるところから始めようじゃないですけれども…。自分なりには良い方向に向いているのかなとは思ってるんです。」(田中さん)

解決のためには家族間の対話が重要

当事者だけではなく、その家族も、長期化するひきこもりの解決策を求めています。そんな家族が集まる会があります。

「OSD」親が死んだらどうしよう よりそいネットワークです。

参加者の1人、ひきこもりの息子がいる70代の母親はこう話します。
「一番心配してる、親が死んだらどうするって、息子のことが気がかりで参加しました。息子は、本当は心配してるんだけど、触れてもらいたくない、聞かれたくないという心境じゃないかなと思います。」

この日、会合では、ひきこもりの治療・支援に取り組む精神科医の斎藤環さんが家族の関わり方について語りかけました。

「ひきこもりに関しての支援の8割は、なんとか家族間で対話を成功させること。ほとんどこれに尽きていますね。そもそも不登校、ひきこもりがこじれるのはこの対話の欠如。双方向性のある対話がないから、もともと大した病気じゃないのに、どんどんこじれていくことが多いわけです。私が対話をして下さいと言うと、もうさんざんやったけどだめです、とおっしゃる方がいますが、よくよく聞いてみると、対話していないんですよ。その方がしていることは、おしつけ、議論、説得、正論なんですよ。それは対話と呼ばず独り言と呼びます。なぜ独り言と呼ぶかというと聞いてもらえないからです。」(斎藤さん)

家族間の対話の重要性を説く斎藤さん。それはどのような思いからなのでしょうか。

「原因すべてが家族のせいとは思いませんけれども、長期化に関してはやっぱり家族関係が主だという風に言わざるを得ないと思います。ひきこもっている人にとって家族というのは環境そのものなんです。だからその家族との関係がいいか悪いかで、全然経過が変わってくるわけです。」(斎藤さん)

では、家族はどう関わるべきなのでしょうか。

「まずひきこもり状態を非難・批判しないことです。批判から入ったらもうおしまいですから、とりあえずそこら辺は不問にして脇に置いておいて、お互いの思いを共有したいということを大事にして、話し合いを進めてほしいと思います。」(斎藤さん)

家族と向き合う当事者

親の参加者が多い中、OSD会に1人で参加するひきこもり当事者がいました。

ひろきさん(仮名)38歳、ひきこもり歴13~14年です。部屋からたまに出ることができるようになってまだ半年だというひろきさんに話を聞きました。

「ちょっと大学の先生とトラブルがあったので。今でいうアカハラなのか、ちょっと分からないんですけど…。ちょっと疲れたから休もうぐらいの感じで、とりあえず社会活動を遮断したら、そのままズルズルみたいな。ひきこもってると…欲望が枯渇していく。もう何もいらない、みたいになる」(ひろきさん)

ひろきさんの父親は、去年亡くなりました。経済的な不安、仕事への不安もあります。

「遺族年金と母の年金に頼る状態になってて、十分な使えるお金がないとか、焦りがありますね。年齢で雇用状況って厳しくなって来ますから、そっちの方が差し迫ってますよね。」(ひろきさん)

なんとかこの状態から脱却したいと考えたひろきさんは、半年前から精神科医による治療を親子で受け始めました。治療の一環として行われるのは、月に2度、精神科医の立ち会いのもと、親子で対話をするということです。

「そもそも自分の内側から出てくる考えで、ドツボにはまっていたところがあるから。専門家とか識者の意見に従って、自分の状態をよくしていこうということ。」(ひろきさん)

しかし、対話は簡単ではありません。
ひろきさんの手元の本には、このように書かれています。

<医師による親へのすすめ>
○安心感を与える
○本人に家計を開示し将来設計を立てる
○月々定額の小遣いを渡す

ひろきさんは母(68)に「この方針に従ってほしい」と伝えましたがとりあわれませんでした。
「基本的な考え方が違うように感じる。だから、私としては将来の話もしたいなと思っているんですが。」(ひろきさん)

ひろきさんから家計の話を持ち出しても、母親との話し合いは平行線のままです。

母親「毎月生きていくのは私の年金のみだから、それがよく分かってないかな」
ひろきさん「家計の明細を見せてくれないから…」
母親「金銭的な管理とか、そういうのはまだできる年代、私が。そういう感覚をこの年代から取ってしまったら、私は明日にでも認知症になってしまいますよ」

お互いの思いをぶつけ合ううちに、母親の役割について話がおよびます。

母親「あなたが回復に向かうためには、一体家で私の役割はどうあるべきと。」
ひろきさん「安心感を与える。で、共感すると。」
母親「共感とか安心感なんか、悪いけど、私の得意分野じゃない。」
ひろきさん「私が感じてない以上は、それは失敗してるっていうことですよ。」

工夫と理解を重ねて感じられる変化の兆し

難しいひきこもりの人と家族の対話。しかし、対話を重ねた結果、変化の兆しを感じている人がいます。

ひきこもりの妹がいる野中さん70歳。40年以上ひきこもっている妹は、家から一歩も出ないといいます。その様子から、家族は、妹が統合失調症ではないかと感じていました。

「多分、統合失調症だなって自覚が芽生えてたのは、1980年代ぐらいのことでしょうかね。お医者さんにつながってるわけではなかったので、正式名称は知らないけれども。」(野中さん)

しかし家族は医療機関や支援機関に相談することはありませんでした。

「一生懸命、仕事した父なので、家系的に、そういう障害の子が生まれるよっていうことを、周りに思われるのが嫌だったっていうのもあるでしょうし、隠してたとしか言いようがないですけれど、あえて言わないっていうのはあったんでしょう。」(野中さん)

転機は、5年前に母が亡くなり、野中さんが隔週で妹の元へ通い始めたことでした。

孤立させないため、訪問診療を受けてもらおうと考えましたが、妹を説得することが課題でした。そこで、野中さんはある工夫をしました。

「妹は部屋の中にいろんな所に張り紙をして、言葉を書いておくのがあったので、それを眺めてるうちに、そうか、大事なことをメモ書きみたいな形にして伝えれば、伝わるかな?っていうのがヒント。今までもいきなりの訪問だと興奮しちゃうっていうのを見てきたりもしてますし、前もって奇襲と思わせないようにするためには、何度も何度も言っておく。」(野中さん)

「これは病院の先生が見えるっていうことで、妹さんに説得しといてくださいっていうお話があったので、書いたような感じですね。」(野中さん)

その結果、妹は医師により統合失調症と診断され、ヘルパーによる生活介助や地域による見守りなどの支援につながりました。

「私自身は自己開示することが一番の早道って思ってるので、ご近所さんにも、詳しく妹の説明をさせていただいて、だから皆さんのまなざしがあたたかいんです。おせっかいはしないけれど、排除されてないっていう空気感っていうんですかね。」(野中さん)

野中さんの妹を見る目も変わってきました。

「とにかくいろんな容器を、彼女は綺麗に洗うんですよ。本当に洗うんですよ、ココアでもなんでも。もう『こんなことしなくて良いわよ、洗剤の無駄!水の無駄!』という感じだったんですけど。ある人に言われたんだけど、『丁寧に生きようとしてるのね』って言われて、そういうことかってすごく腑に落ちて。より丁寧に、地球に丁寧に生きているんだなって思えた。今まで自分が正しいと思ってたけど、もしかして私の方が間違ってるのかもしれないっていう視点の転換ですかね、思い切って。その目でもって妹を見るようになったらば、妹の気持ちを理解してあげることができたって感じました。」(野中さん)

40歳以上のひきこもりについての内閣府の調査は、今年秋をめどに行われる予定です。ひきこもりが長期化している本人も、家族も孤立させないための支援が求められます。

  • ハートネットTV
    ディレクター
  • 三輪祥子記者