東村アキコさん「令和は“役割ズム男女平等時代”!?」

『東京タラレバ娘』に『海月姫』、『ママはテンパリスト』。「あ、これって私だ!」と思えるような、等身大の女性像をコミカルに、そしてリアルに描いてきた漫画家の東村アキコさん。東村さんの目には、平成を生きる女性たちがどのように映り、それをどう表現してきたのか。女性と男性の平成、そして令和を、東村さんが語り尽くす。(聞き手:ネットワーク報道部 高橋大地記者)

平成は「みんなが主人公になった時代」

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――平成という時代をひとことで表すと、どのような時代でしたでしょうか。

平成は「みんなが主人公になった時代」かなって思います。2000年頃にカメラ付きの携帯電話が登場して「こういうのが出たよ~」って時に、私は携帯電話にカメラ機能が付いている必要性は無いかなって思っていたんです。「カメラはカメラ、携帯は携帯でいいのに」って。その時はまさか、みんなが“自撮り”をして、少し前だったらブログ、最近だとツイッターやインスタグラム等の各種SNSにアップして、自分の日常や好きなものをどんどん世界中に発信するような時代になるなんて、夢にも思わなかったです。

それまではブログを書いたりするのって、ごく一部の芸能人や著名人の方で、それを私たちが読んで、という形だったんですけど。今じゃ「受け取る側」だった人たちも、みんなが「発信する側」でもある。そんな風にどんどんどんどん境目がなくなってきているのを感じます。それはやっぱり携帯電話の多機能化はもちろん、SNSの発達が大きいですよね。そういう意味では私は楽しい時代だったと思うし、いい意味でみんながSNSを活用して、国を越えてグローバルにつながって。そうやってみんなが主人公になって日々を楽しんでるんじゃないかなって。そこが一番の革命だったのかなって私は思っています。

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――SNSの発達は、東村さんご自身にはどのような影響がありましたでしょうか。

昔は漫画の感想はファンレターが主でした。封筒に心のこもった応援のお手紙をいただいて。今でもそういうお便りはいただきますし、漫画家にとってファンレターは今も昔も本当にありがたいものです。それに加え、今ではSNSでも感想をいただくようになりました。「(手紙を送るほどではないけど)今月の漫画、面白かったです!」といったようなちょっとした一言がとても嬉しくて、やりがいを感じる瞬間が増えました。例えば、炎上したり叩かれたり…なんてこともありますけど、それよりも気軽に感想を伝えてくださるファンの方が増えたということのほうが、私にとっては大きいです。

プロと一般の人の境目も消える

――「みんなが主人公になる」という意味では、プロの表現者の人と一般の人が変わらなくなってくるという側面もあるのでしょうか。

「作品を発表する場がたくさんある」という意味ではプロとそうじゃない人の境目って、もう無くなったのかなと思います。私は締切に原稿をあげて、雑誌に掲載されて、それで単行本を出して、という流れの中で漫画家としての仕事をしてきました。けれども今は、ツイッターなどのSNSやWEB上に自分の描いた漫画やイラストなどをすぐ載せられる 。そして、なんなら雑誌に掲載されるよりもたくさんの人に見て(読んで)もらえる時代になりました。
昔はとても険しく狭き門だった漫画家への道というのが、アプローチの仕方が自由になり、何通りもの道が開けるようになりました。描きたいものを描いて、それをたくさんの人に見て(読んで)もらえるのって、すごく素晴らしいことなんじゃないかなって思っています。

――危機感はありませんか。

危機感は特にないですね。私も日々の出来事をツイッターに載せて、みんなに届けたいな、やってみたいなって思ったりしています。ただ忙しくて(笑)

「私みたいな子が漫画に出てる!」半径5mの世界を描く

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――一般の人が描く漫画にも、日常のことを描くものが多いですが、東村さんも日常の出来事を取り込んできた作品がたくさんありますよね。何か近いものを感じるようなことはありますか。

人は誰しも、他人の日常を「知りたい」「のぞき見したい」という願望を持っているんじゃないかなと思っています。私もエッセイ漫画もたくさん描いていますし、書店に行くとエッセイ漫画、いろいろ買っちゃうんです。長く、大変な準備が必要な壮大な物語ももちろん数々読んできましたし、それらがとっても面白いのも間違いない。それと同じくらい、最近は、他人の日常や知らない世界をのぞいてみたい、ということもまた流行しているように感じます。

――社会全体としてそうなっているということですか。

社会全体としてもそうかもしれませんが、やはり肌身で感じるのは漫画で、ですよね。「今日、何を食べたのか」「カフェに行く時にどこに行くのか」とか。東京の人はどんな生活をしていて、例えば私は宮崎出身ですけど、宮崎だと毎日どんなものを食べているのかな、とか。そんな、半径5mくらいの物語を好む人が増えたと思います。私も仕事をしながらそう感じますね。

――ご自身が作品を描くときも、その点について意識していらっしゃいますか。

私が意識しているのは、「あっ!私みたいな女の子が出てる!」と読んだ人が思ってくれること。『東京タラレバ娘』(※1)とか『ママはテンパリスト』(※2)がそうですね。「私みたいな全然恋愛がうまくいっていない女の子が出ている!」「私みたいに育児に苦労しているママが出ている!」っていう。「みんながここにいる」っていう感覚になってほしいなって思いながら描いています。そういう意味でもやっぱり、「みんなが何かしらの主人公である」っていうのが、私の、漫画を描いているテーマでもあるのかなって思っています。

――昔ながらのお姫様物語、シンデレラストーリーのような作品とは変わってきていると。

昔は普通の女の子が主人公で、相手は王子様や学園のスターで。手の届かない雲の上の人が、なぜか自分を選んでくれるというのが少女漫画の王道でした。でも今はそれだけじゃなくて、身近にいる素敵な男の子と恋をするんだけど、それがなんかうまくいかない……という、悩みや出来事も自分の周りにありそうなことを描くのが、今っぽさだなとも思っているんです。

なので私は、アシスタントさんやお友達といった周囲の人からいろんな話を、それこそ恋愛の愚痴やのろけ話なんかを聞いて、作品に取り込むようにしています。ここ20年くらい、それがひとつの平成のスタイルなのかなと思っています。

(※1)『東京タラレバ娘』…「あの時、ああしていたら、こうしていれば」とタラレバ話ばかりしているアラサー独身女性3人を描いた漫画。ドラマ化もされ話題になった。(※2)『ママはテンパリスト』…東村さん自身の子育てのドタバタを描いた育児エッセイ漫画。

『東京タラレバ娘』は女子向けホラー漫画?

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――『東京タラレバ娘』の時も「2020年の東京オリンピックまでは結婚したい」と話されていたお友達が周りにいらしたという話でしたね。

いっぱいいましたよ、いっぱい!!「私その時(オリンピックの時)どうなっているのかな」って。東京オリンピックが決まった時って、7年後くらいがオリンピックで。7年って遠いような近いような微妙な数字だったんですよ。で、私の周りの当時アラサーの女性たちが「あれ?私、7年後どうしているんだろう」って。で、「あ、これいいな」と漫画にしました。

――平成という時代を生きる女性たちをリアルに描いていて、多くの女性が「まさしく自分だ!」と思って共感しました。

あの漫画はわりと脅しめいたことを結構言っているんですね。前半では「結婚できなかったらどうするの?」とか「昔、お付き合いしていた彼と続いていたら今頃幸せになれたのに」みたいなことが多くて。そこが注目されて「ひどい漫画だ」と思われた方もいると思うんですけど、最後まで読んでいただければ、優しいこともたくさん言っていて。「別に今のままでもいいと思うよ」って。「自分がいいならいいじゃん!」というように、みんなの現状を肯定するような前向きなラストになっていると思うので、ぜひそれを読んでいただきたいなと思います。

「現代のホラー漫画だ!女子向けホラー漫画だ!」と言われたりもしたんですけど。皆さんに怖い思いをさせて落ち込ませたりなんてしたくないですから!私はみんなの味方ですからっ!そこのところをよろしくお願いします!

「孤独じゃない」オタク女子が趣味でつながる時代

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――『東京タラレバ娘』では、恋も仕事もなかなかうまくいかなくて…といった女性たちが登場しましたが、『海月姫』(※3)であれば、趣味に生きてきたオタクの女の子たちと、リアルでありながら多様な女性たちが描かれてきましたよね。

今の女の子って大変だろうなと思います。私が若い頃、女子は2種類しかいなかった。ギャルが流行した時代だったから、「ギャルか、そうじゃないか」の二択だったんですよね。でも、今はいろんなジャンルに細分化されていて。自分をどこかのカテゴリに当てはめないと、という悩みも生まれていそうで、それはそれですごく大変だろうなと思うんですよね。

その一方で、居場所ができた子も多いんじゃないかなと。ネットの発達で、自分が好きなものの仲間が見つかりやすい時代になりました。だから、昔よりは孤独じゃないと思うんです。そういう意味で、「好きなものがあるなら、そのコミュニティで思いっきり楽しく過ごせばいいんじゃない」というメッセージを『海月姫』には込めました。

(※3)『海月姫』…「人生に男を必要としない」とおしゃれな人たちを敵視するオタク女性たちを描いた物語。映画化やドラマ化もされた。

結婚はしたいけどできない?サクサク結婚?世代で変わる結婚観

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――作品では「結婚して暮らすという形が必ずしもゴールではない」というメッセージも込められたりしていますよね。

結婚に関しては昔から日本って「いい歳なんだから結婚しなさいよ」とか、プレッシャーがすごくあって。今も言われるお家はあると思うけど、周りを見ていると、それをいちいち気にして落ち込んだりする子はあんまりいなくて、強い女性が多い。そもそも私も結婚を推奨して『東京タラレバ娘』を描いたわけではないんです。私も今は独身ですし、自分の好きなように生きたほうがいいと思っています。ただ、やっぱり「結婚したい!」という子もいっぱいいて、「結婚したいけど、いい人がいない!」ってみんな言ってるんですよ。それでなぜか焦っている。それが見ていてあまりにも面白かったので漫画にしちゃったっていう。だって、焦っているけど、男の人に対する条件がすごく厳しいなって。その矛盾が面白かったんです。そういう時代なのかって。なので、その辺は笑って読んでもら えればいいかなって思っています。

――「妥協して結婚したくない」と考え、一歩を踏み出せない女性の姿もリアルに描かれています。

でも、またここから変わると思います、女の子たちの考え方。20代前半の子と話していると、全然感覚が違うなって。さらに割り切った感じになっている気がするし、それもいつか漫画に描きたいなと思っています。

――「割り切った感じ」とはどういう感じでしょうか。

わりとサクサク結婚したりとかね、最近の若い子って。「なんか気があうし~、一緒に暮らしていてイヤじゃないから、結婚します!」みたいな。次世代は王子様を求めている度合いが、急速になくなっているような気がします。

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――恋愛について高望みをしなくなっているということですか。

今の若い子は海外旅行に行きたがらなかったり、車も欲しがらない、休みの日も家でDVDやドラマの録画を見て過ごしたり…と、背伸びをせずに等身大で生きる世代だという話を聞きます。恋愛でも、そんな「無理しない感じ」をすごく感じています。それってとても面白いと思っているんです。なので、この世代について研究して、その結果を教えてほしいです(笑)。自分では研究できないし、若い知り合いも多くないので(笑)。

――個人だけでなく、世代によって考え方もだいぶ変わってくるということですね。

私が漫画家だからそう思うだけかもしれませんが、恋愛や結婚って読んできた漫画の影響もすごくあると思うんです。私が子どもの頃って周りも自分も漫画から「恋愛ってこういうものなんだ」という価値観を学んでいた気がします。

私も中高生の頃に読んでいた漫画の影響がすごく強いです。中学生の頃はバブル期の少女漫画を読んでいたので「東京って彼氏がオープンカーで迎えにくるんだ」って間違ったイメージを持っていました(笑)。一方で今の若い子って、女の子も少年漫画や青年漫画を読むし、男の子も少女漫画を読んだりするじゃないですか。なので、私の世代とは違う価値観で当たり前だなと。そうやって時代によって生み出されたエンターテインメントが次世代の子たちの価値観を作っていくんだろうなと感じています。

女の子も赤提灯でホッピー 「男女平等」の時代

――『東京タラレバ娘』は東京が舞台ですが、女性たちが、皆があこがれるようなおしゃれな街を歩いたりする一方で、居酒屋でドンチャン騒ぎをしていたりといった描写もありますね。

私が中高生の頃に読んでいた少女漫画に出てくる女の人は、居酒屋にはあまり行かなかった。ホッピーとかも飲んでないですし、なんならお酒をそんなに飲んでなかった気がします。でも、最近は実際にOLさんも女の子だけで赤提灯に行くでしょう。そんな今の時代のリアルみたいなところは常に漫画に入れたいなと思っています。

――カッコ付きの「女子」という考え方が崩れてきた時代だったということでしょうか。

もう男女平等ですもんね。女の人も男の人も、みんな同じように赤提灯に行ってホッピーを飲んで、みんな同じおつまみを食べる。「いい時代だな~」って思います。お父さんたちもなんとも思わないですしね、最近。赤提灯で女の人だけで飲んでいてもね。

男性にとってはツライ時代?

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――一方で、男性の側を見てみると、どんな時代だったと思えますでしょうか。

男性は大変なんじゃないかなと思いますね。もちろんセクハラはいけないことですが、そうではない発言まで「セクハラなんじゃないか?」と気にしてしまうことも増えたんじゃないでしょうか。私が男性だったら少し疲れるかなって。気を遣うことが倍になっている感じがします。

あと、男性は女性よりは少し不器用なところもあるから。私はそこが男性の素敵なところだと思いますけど。だから、SNSとかめまぐるしく変わる流行に乗るのは大変だったんじゃないかなと思いますけど。若い子はそんなこともなさそうですけど。同世代とかはそのあたりも負担だったのかな?って。

――女性にとっても、時代の移り変わりが早いと感じることはありますか。

そうですね、SNS系は本当に流れが速い。私は、「ちょっと向いてないな」と思うこともあります。そんなにうまく使いこなせてない(笑)。ただ、ほかの流行にはついていけている自信があります!流行っているスイーツや、おしゃれなお店に若い子に連れて行ってもらうのも好きです。

あと最近、若い子と同じというか、流行のファッションをうまく取り入れているかわいいおばあちゃんっていらっしゃるじゃないですか。あれってすごくカッコいいなと思っているんです。私も将来はああいうおばあちゃんになりたいですね。海外に行くと粋でおしゃれなおばあちゃんやおじいちゃんっていっぱいいて。東京も負けず劣らず増えてきているなと思います。いいことですよね。

女性も男性も老いも若きもファッションを楽しんで

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――東村さんの作品の中では、ファッションという点では、おしゃれをするという人も、しなくてもいいと思う人も出てきますね。そうやって自分の意志で選べることが大切な時代になっているんでしょうか。

例えば女の子で男の子っぽい格好している子も女装している男の子も、みんな普通に受け入れていて素敵だと思います。「男の娘(むすめ)」と書いて「男の娘(こ)」とかも、昔だったら「えー!すごいね!」って特別な人みたいだったけど、今は「ああ、あの子、男の娘なんだ、かわいいね」という感じになってきている。

なんていうのかな、ニューヨークみたいな。ニューヨーク行ったことないんですけど(笑)。とても先進的な国になってきていると思うし、海外からもジャパン・カルチャーは注目されているので、これからもみんな、やりたいことを自由にやればいいと思うんですよね。好きな格好をして会社に行ったり。その辺も結構自由になってきましたよね、昔よりね。ユートピア思想かもしれませんが、ファッションを含むカルチャーはそんな風に進化していってほしいと思いますね。

――男性でもスーツじゃなきゃ、こうしなきゃダメというのは無くなってきていますね。

メリハリですよね。キメるところはびしっとキメてね。普段は好きな格好をできるといいなと思います。あ、あとは赤ちゃんや子どもを連れて出社できる環境!それが日本にはまあ、なくって。子育てしながら働いた者としては、その辺が整って、ママがより働きやすい時代になってほしいなと思います。

保育園には入れない!テンパるママたち

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――東村さん自身も職場でお子さんを育てられてきたんですよね。

はい。子どもを抱えて仕事して。私の場合はアシスタントさんにだっこしてもらったり、あやしたりしてもらいながら乗り切れましたけど、会社にお勤めされているママはどんなにか大変だろうかと思いましたよ。朝、保育園に送って、会社行って、お熱が出たら迎えに行って、また戻ってとかね。会社に託児所がある会社もいっぱいありますけど、さらに増えればいいと思います。

――子育てと仕事を両立したり、専業主婦だったり、バリバリ働いてキャリアを追い求めたり。女性のあり方も多様になりました。

多様になりましたが、それぞれみんな大変ですよね。働くママも大変ですが、専業主婦も大変だなあって。私は働くママでしたが、保育園にお任せしている間は自分の時間があるので、そこは助かっていました。だけど、お家で子育てなさっている専業主婦のママは、家事も子育ても休みなくずっとやらないといけないので、それはそれでとても大変。例えば私は仕事中、コーヒーを飲んだりできますが、お家で子育てしていると、コーヒーを飲む時間すらない時もある。子どもから目が離せませんからね。

やっぱり保育園が足りません。私の時も本当に保育園が足りなくて大変でした。毎週締切があっても保育園落ちた時は「忙しさは関係ないんだな」と、とても悩みました。保育園に入れるために引っ越しもしましたしね。今は少しは状況は良くなっているのでしょうか?もっと改善してほしいですね。

――保育園に入れない、というのも平成の時代に入って大きく注目されるようになった問題ですね。

女性が社会進出をして働くようになったのに、その受け皿となるべき社会のいろんなルールが追い付いていないですよね。だから保育園も圧倒的に足りていない。社会の進むスピードと行政の対応のスピードがズレているんだなと、自分が保育園落ちた時に感じました。私はシングルマザーで当時の仕事は激務、締切を毎週抱えていて。もちろん自分が好きでやっている仕事ですが、一生懸命働いているのに保育園全滅した時は本当にきつかったですね。周りに聞くとみんな保育園に入れていなくて。その時は本当に「どげんかせんといかん!」というか、「どうしたらいいんだろう」と思いました。『ママはテンパリスト』にその気持ちは込めました。心の底からどうにかしてほしい。でないと少子化になる。だって今のままじゃ、働いてるママは産みたくても産めないですからね、本当に。

あっという間に浸透した電子書籍の衝撃

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――話は変わりますが、東村さんにとって、平成で起きた中で一番印象に残った出来事はなんだったでしょうか。

漫画家ですからね。やはり電子書籍の登場と、それに伴う変化でしょうか。ずっと紙でいくと思っていたので、電子書籍への移行は夢にも思いませんでした。最近は若い子だけでなく、年配の方もスマホで、電子で読んでいるみたいです。ガラケーの時代に「電子でも漫画を売ります。携帯でこうやって読みます」と小さい画面で1コマ1コマ読む方法を見せられた時は「誰がこんな小さい画面で読むの?」と言っていたんですけど、今は私もしっかり電子書籍で読んでいます。慣れもありますよね。人って柔軟に移行するんだなって思いました。

しかし、そうなってくると電子でも読みやすい漫画を作っていくことも考えていかないとな、と思っています。例えば紙の雑誌はだいたいがB5サイズで、スマホやタブレットよりも大きい。なので、紙に合わせて絵を描くと、電子の画面で読む時に、込み入っていて読みにくい。だから紙の雑誌や単行本では間が持つくらい描き込んでいるけれども、スマホなんかで読んだ時にもちょうどいいっていうラインを探らないといけない。それはすごく大変ですが、やらないといけないよなと思って努力しているところですね。

次代は縦スクロール漫画が主流に?

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――具体的にどのような工夫をされているのでしょうか。

例えばスマホで読む時も、紙の媒体にあわせて右から左に読むことが多いです。だけど最近では縦に読む漫画というのもあって。海外では増えてきているんです。別に海外に合わせないといけないということはありませんが、海外の人にも読んでもらうなら縦のほうがいいかなと思って挑戦しています。日本と海外では漫画を読む方向が逆じゃないですか。でも、縦だとその混乱も無いですし。

それで「縦スクロール」で読んでもらう漫画『偽装不倫』(※4)を一昨年(2017年)から自分の中のチャレンジとして始めてみました。いろいろと勝手も違うし、大変なことも多かったですが「読みやすい」という声もたくさんいただいています。私は「これからは縦スクロールが主流になっていくのでは」と思っています。まあ、また別な端末が出てきたりすると思うので先のことはわかりませんが。

本をめくるように読める端末も出てくるかもしれないですし、映画『マイノリティ・リポート』のように目の前に浮かんだ画面を動かすように読める端末も出てくるかもしれないですし…どちらにせよ、どんな端末にも対応できる人間にはなろうと思っているんですけど。

――『偽装不倫』は電子書籍では縦スクロールで、本では普通の配置になっていますが、どうやって作り分けているのでしょうか。

原稿自体はこれまでと変わらず、コマを割りながら1ページ単位で描いています。その原稿をコマや吹き出し単位でバラして、縦読みの漫画に再構成しているんです。1ページの原稿から縦読み用にデータを作るのは大変ですが、単行本にするときは通常通りです。

ただ、難しい話になりますが、縦スクロールで読む漫画はページをめくって読む漫画と、時間の流れの概念が変わってくるんですよね。要するに、縦スクロールだと「間」が時間の経過になる。めくって読む本だと「隙間」というのは時間というよりも感情の移り変わり、変化なんです。そこが全然違う。読む側ももちろん、描く側も脳みその使い方を変えていかないとなと思いながらやっているんです。

(※4)『偽装不倫』…結婚していると偽って恋愛する30代女性を描いた物語。LINEマンガで、縦スクロール漫画として連載。

漫画界には激動の時代 求められる順応

――文法が変わってしまうんですね。

そうなんです、変な感じですね。慣れればうまく切り替えられるようになりましたけど。大変でもいろいろ試行錯誤はやっていかないとね。出版界、特に漫画界は激動の時代でした。漫画家も編集者もみんなで「うわ~」って突然船から投げ出されて、流れてきた木につかまって懸命に泳ぐという…とんでもない時代でもあります。

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――『漫画村』などの騒動もありましたね。

海賊版などもあり、もうしっちゃかめっちゃかでしたね。私が漫画家になってから、気が休まる暇がない20年でした。雑誌もどんどん無くなって。でも新しい読み方である電子書籍もありますし、読まなくなったと言われたりしますが、今の若い子も漫画はまだ読んでくれていると感じています。私はまだまだ大丈夫だと信じています。

――一般の書籍よりも漫画のほうが電子書籍で読む文化は進んだ感じがありますね。

そうですね。どんどん変わっていきますね。愚痴っていてもしょうがない。時代の流れも、媒体の変化も、止められない。こっちから止めようと思っても、止められるものではないので順応していくしかないんですよね。機械音痴ですけど、なるべくすがりついて…順応していきたいと思います。

(※5)漫画村…人気漫画をインターネット上に無断で掲載していた海賊版サイト。その後、サイトは閉鎖されたが同様のサイトは今も多数存在している。

つるし上げがひどい時代 でもすぐ忘れられる?

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――『偽装不倫』の話が出たので、聞いておきたいのですが、ここ数年、「不倫」が話題になることが多かったですけれど。

大前提として、してはいけないことはいけないし、悪いことは悪いことなんですけど、でも最近はちょっと悪いことしたら、日本中から叩かれるという、全媒体でつるし上げられるという恐ろしい時代になりましたよね。もっと言うと、みんながスマホを持って、いつでもどこでも写真や動画を撮れるという「一億総記者時代」、「一億総パパラッチ時代」になっています。私も有名人の方を見かけたら、つい写真を撮りたくなりますよ!? もちろん堪えますけど。そんな風に世の中もう画面だらけなわけで。芸能人の方は気の休まる暇はないんだろうなと思います。それもやはり、平成に入ってからですよね。

でも、何かで日本中からつるし上げられたと思ったら、みんな結構すぐ忘れちゃったりしますけどね。次のつるし上げ大ニュースが出てきたら忘れちゃう。ニュースが消費されるのもすごく早いなと思います。

――実際、しばらく経った時に「そこまで大したことなかったかも」と思っている人は多いと思います。それだけ回転も早くなっているんですね。

消費のスピードが早いですよね。みんな飽きますし。昔のワイドショーは「ミッチー・サッチー騒動」なんて1年くらいやっていましたよね(笑)。「また今日もやってる~」「え、また今日もやってる~」って。今はどんどん変わっていきますよね、人々の関心も。

女の子たちが強すぎる時代?

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――平成に入って最初の流行語は「セクシャル・ハラスメント」でしたが、その後も近年のMeToo運動など、「性」に関する問題が話題になった時代でもあると思います。そのあたりのお考えはどうでしょうか。

もちろん男女平等だし、セクハラも良くないし、MeToo問題ではいろんなことを考えました。女性の立場や権利が守られることはとても大事です。そのうえで、ですが、令和の時代は、もう少し緩んでもいいんじゃないかなと思います。男性に対して少し攻撃的になりすぎているところもあるんじゃないかなって。強くあらねばと思うばかりに、女性が強くなりすぎている気がします。自分も含めて、ですが。

平成最初の流行語が「セクハラ」だったとのことですが、それからも分かるように平成の時代は女性たちが男性と戦ってきて、それもあって、ここ20年で世の中もだいぶ変わりました。男性も発言や行動には気をつけるようになってきている。それらは本当に素晴らしいことです。そのうえで今後は女性も男性に対して気をつけることも必要だなと思います。そんな風にお互いを認め合い尊重しあう世の中になるといいなと思っています。

令和は“役割ズム男女平等時代”

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――そのうえで、次の時代は、どうなっていってほしいでしょうか。

令和の時代はこういう時代になってほしいという思いをこめて。役割分担を柔軟にしていこうという意味で「役割ズム(ヤクワリズム)」という言葉をたった今考えましたので、「役割ズム(ヤクワリズム)男女平等」時代でいかがでしょうか。

――具体的にはどんなことでしょうか。

例えば「職場でお茶を入れるのは女性」ということが、大昔はありましたが、そういうことじゃなくて。男性、女性関係なく、お茶をいれたりするのが得意だったり好きな人、手が空いている人がすればいい。コーヒーだったら、コーヒーを一番おいしく淹れられる人が淹れたらいい。男女平等だからといって、体格が大幅に違うのに女性が男性と同じように重いものを持てるかというと違うので、そこは男性やできる人がやる。そのかわりこまごまとしたことが得意であれば、そこを積極的に引き受ければいい…というように得意不得意をお互い認め合って分担して気持ちよく生活できたらいいなと。「男女平等だから」と女性に男性と同じことを文字どおり平等に”やらせる”というのは窮屈だなと思っていて。そういう意味ではみんなが等しく「得意なことを得意な人がやる」という、それが今後のさらなる女性の社会進出のために、必要になってくるのではないかなって思いますね。

平成は、女性の社会進出が進んだ時代でした。でも時代の前半は、まだまだ女性に厳しかった。出世は難しかったり、大きなプロジェクトに関わらせてもらえなかったり、女性だからという理由で悔しい思いをしたという話をよく聞いたり、実際に目の当たりにしたり。でも、それもだんだん無くなってきていて、私の周りでも女性が活き活きと働いていて、頼もしいなと思っています。そんな女性たちはもちろん、男性もみんなが働きやすい社会であるように、柔軟に、のびのびと男女平等な世の中を目指していってほしいなと思います。

令和はのほほん? 人のことは気にせずのんびりいこう

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――女性と男性の対立もありますが、女性同士の対立も多様性を認める中で無くなっていけばいいですね。

もちろんです。表面上は仲良くしているのに裏で…なんていうことはもうやめましょう。令和の時代はみんなナチュラルに仲良くしましょう。SNSの発達はたくさんの恩恵ももたらしてくれましたが、その分疲れる部分が多かったのも事実。SNSとの距離感は適度にとって、人と人とのコミュニケ―ションを第一にゆるやかにのんびりと生きていければいいんじゃないかと思います。

――それぞれがそれぞれのやりたいことを認めていくということでしょうか。

そうですね。恋愛も結婚も仕事も趣味も。いろんな価値観があふれている時代だからこそ「人のことは気にしない」「自分が楽しいと思ったことをやる」ということは大事だし、ほかの人のそういう部分も認めていけたらいいと思います。お互い自分のやりたいようにやったらいいと思います。人に迷惑をかけないように。

あとはそうですね、もう怒らない(笑)。イライラしない。メールに返信が無いからって「返信無いんだけど!」みたいなのはもうやめましょう。令和はのんびりいきましょう。そのほうが自分のためにもいいはずです。だってのんびりした字じゃないですか、令和って。元号発表された時、のほほんとした字だなと思いましたよ、私。

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――漢字の形がですか。

漢字の形がなんか、のほほんってした感じ。平成ってなんか「どーん!」みたいな漢字だったけど。令和はたおやかな、どっちかっていうと女性らしい感じのイメージの元号だと思ったので。のんびり、みんな仲良くいける気がしています!

【プロフィール】
東村アキコ(ひがしむら・あきこ)
漫画家。1975年、宮崎県生まれ。金沢美術工芸大を卒業後、1999年にデビュー。自伝的作品『かくかくしかじか』で、文化庁メディア芸術祭賞マンガ部門の大賞やマンガ大賞を受賞。『東京タラレバ娘』『海月姫』『ママはテンパリスト』など、現代を生きる女性たちのリアルな姿を描き、女性を中心に絶大な人気を誇る。現在、『雪花の虎』『薔薇とチューリップ』『偽装不倫』『ハイパーミディ中島ハルコ』『東京タラレバ娘 シーズン2』など、連載多数。