“一人勝ち”のドイツ 死角はないのか?

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順調な景気回復が続き、失業率は東西ドイツ統一後で最低に。経常黒字は世界最大で財政収支も黒字。経済のパフォーマンスの良さが際立ち、“一人勝ち”とも言われるドイツで、9月24日に連邦議会選挙が行われます。経済的にも政治的にもその影響力の強さが注目されるドイツですが、死角はないのでしょうか。4年ぶりとなる連邦議会選挙で有権者の判断に関心が集まる中、ドイツが抱えている課題は何か、ヨーロッパ経済に詳しい第一生命経済研究所の田中理主席エコノミストに聞きました。

田中理
田中 理氏

第一生命経済研究所 主席エコノミスト

欧米経済が専門

ドイツに問題はないのでしょうか。

ドイツが抱える問題は大きく分けて4つあると思います。「難民問題」「所得格差の拡大」「人口減少」そして「低金利による運用難と住宅バブルの懸念」です。

難民問題がいちばんの問題

2015年にドイツがシリアからの難民の受け入れを表明したことで、この年、およそ80万人の難民希望者がドイツに押し寄せました。しかし、ドイツが難民危機への対応についてトルコと合意してからは、新たな難民の流入は収まっています。一方、すでにドイツに入った多くの難民たちが社会にどう適合していくのか、社会にあつれきを生むことはないのかが、長期にわたる問題になるでしょう。

ドイツにとって重要な問題は何かと尋ねた最近の世論調査では、回答者のうち40%を超える人が難民問題をいちばんの課題に挙げました。かつては失業問題でしたが、今は、圧倒的に難民問題なんです。

ドイツにとって重要な問題は?(最大2項目を回答)
出所:Forschungsgruppe資料より第一生命経済研究所が作成

ドイツでも散発的にテロやテロ未遂が発生していて、一部にはテロと難民が結びつけられることもあります。今後もテロ事件が起きたときにドイツ社会が難民の受け入れにどのような答えを出すのか、大きな問題になっていくでしょう。

また、生活困窮者の側からすると、政府は自分たちの生活をよくせずに難民の支援にばかり手厚くお金を使っていると、快く思わない人もいて、将来的に反体制派の政党やポピュリズム政党の躍進につながるおそれもあります。

所得格差 募る貧困層の不満

ドイツは2000年代前半に行った労働市場改革の成果もあって、“欧州の病人”と言われる状況から脱しましたが、その陰で所得格差が拡大し、貧困層が増えていると言われています。
失業率は東西ドイツ統一後、最低の水準にありますが、実際に創出された雇用の多くは低賃金労働です。特に「ミニ・ジョブ」と呼ばれる労働形態が増えています。月収450ユーロ未満(日本円で6万円程度)で働き、納税や社会保障の負担は免除されます。
この労働形態には当初、労働時間に上限が設けられていましたが、その後撤廃され、企業の間で活用が広がりました。ただ、「ミニ・ジョブ」で働く人たちの賃金はなかなか上がらず、平均所得を大きく下回る貧困層が増え、こうした人たちの間で不満が募っています。

技術立国を脅かす人口減少

ドイツは先進国の中で日本と同じくらい出生率が低い国です。2000年代前半から人口は減少し始めていて、現在およそ8200万の人口は、数年後には8000万を割り、2050年には7000万割れになるという推計も出ています。人口のピラミッドを見ると日本と似ていて、現役世代が高齢世帯を支えることが必要になってきます。
また、ドイツはものづくり大国。その技術力は人が源泉で、人口が減少すると果たして技術立国としての地位を保てるのかどうかという不安もあります。

カネ余りが生んだ低金利と住宅価格上昇

低賃金労働が拡大し、なかなか物価が上がらなくなっています。ヨーロッパの債務危機のあと、日本型のデフレになるのではないかという懸念があったため、ECB=ヨーロッパ中央銀行は大規模な金融緩和を続けてきました。これに伴ってユーロ圏各国の国債の利回りがどんどん低下し、ユーロ圏で安全資産に位置づけられているドイツ国債にお金が集中しました。

その結果、ドイツの国債の利回りは、7年債ぐらいまではマイナス金利になっています。ドイツ人は日本人と国民性が似ていて貯蓄志向の強い人が多くいます。国民の間では、低金利になって預金の利回りもどんどん低下し、将来の資産が目減りするという不満が広がっています。

一方、金利の大幅な低下によって資金がだぶつき、そうしたお金の一部が住宅市場に流れ、住宅価格が上昇し始めています。ここ数年を見ると全国平均で7%くらい上がっており、都市部では2桁台の上昇も見られます。将来的に問題になり得ます。

ドイツ経済の好調さは、特有の経済構造に起因する面もあると思いますが、弱点はないのでしょうか。

ドイツは日本と同様に輸出立国ですが、輸出依存度が非常に高く、GDP=国内総生産に占める輸出の割合は、日本が15%くらいなのに対しドイツは50%近くあります。したがって貿易の動向に非常に大きく左右される経済構造になっています。輸出先の60%近くを占めるEU域内、そしてアメリカや中国の景気減速には耐性が弱いと言えます。

2008年のリーマンショック時に、主要国の中で景気の落ち込みが最も大きかったのはドイツでした。一方、回復が最も早かったのもドイツです。これはドイツ政府が減産を余儀なくされた企業に対し、いわゆる時短によって従業員の雇用を守る場合、は給与の一部を国が補てんする措置を取ったことに関係します。雇用が守られ、消費によい影響をもたらし、早期回復につながりました。ただ、過剰な雇用の維持は企業の生産性や競争力を阻害するので、今後、長期にわたる不況に直面した場合に対応できるか、疑問が残ります。

ドイツは貿易黒字が過去最大となり、アメリカのトランプ大統領は貿易の不均衡を問題視しています。貿易紛争のリスクはないのでしょうか。

アメリカはドイツの対米黒字の縮小を求めていて、貿易問題に発展するおそれがあります。

また、南ヨーロッパの国々は、債務危機を克服する過程でドイツなどが南ヨーロッパの国々に緊縮策の実行を求めた結果、ユーロ安が進み、ドイツが輸出を拡大して貿易黒字がさらに膨らんだと捉えています。南ヨーロッパの国々からは、なぜドイツはもっと内需を拡大し、緊縮に苦しむ南ヨーロッパを助けることができないのかと不満の声が上がりました。

ドイツにしてみれば、将来の高齢化に備えて粛々と財政健全化を進めているにすぎないということでしょう。ドイツは今後も財政支出を小幅な拡大にとどめ、貿易黒字や財政黒字を続けていく方向なので、ドイツとほかのヨーロッパの国々との間であつれきが生まれやすい状況にあると言えます。