「教育の本質 改めて問い直すべき」“改革校長”の提言

新型コロナウイルスの影響で、多くの学校で長期間、休校が続いています。前例のない状況に置かれた学校現場。公立中学校の校長として、「定期テスト」や「宿題」を廃止するなど、型破りな教育改革に取り組んだ工藤勇一さんは、今の事態をどう見ているのか、話を聞きました。

「新しい学校を作る気持ちで」

工藤勇一さん(60)。前任の東京 千代田区の麹町中学校で、校長として行った数々の学校改革は、大きな反響を呼びました。この春から36年間勤めた公立学校を離れ、神奈川県の私立学校、横浜創英中学・高等学校の校長に就任しました。

インタビューに応じてくれた工藤さん。学校は休校が続き、さぞ大変だろうと思っていたところ、むしろいきいきとした表情で、「何十年変わらなかった学校のパラダイムシフトが可能となる最大のチャンスだ」と語り始めました。

工藤さん
「4月からはまさに怒とうの1か月でした。このような未曽有の事態は、国や教育委員会の動きを待つのではなく、学校みずから考えなければ対応できません。本校もこの1か月で劇的に変化しました。特に4月1日からおよそ10日間は全員で、あえて出勤し続けました。休校が長期化する可能性があり5月に入っても授業を再開できないことも事前に想定する必要があったからです。教員たちとどのような教育ができるのか徹底的に議論し、『できない』ということばをやめようと約束しました。うまくできなくてあたり前。新しい学校を作る気持ちでとにかく課題を出して改善していこうという思いで取り組んでいます」。

「与えられるのを待つな」能動的に学ぶ教育に

工藤さんは、前の職場だった麹町中学校で、理解している生徒にはむだで、理解できていない生徒には重荷だとして、「宿題」を廃止しました。

また「固定担任制」も、生徒の自律を妨げるなどとして廃止するなど、公立学校で長年慣習だったものを次々と見直す大胆な教育改革を実行しました。

さらに、当時からタブレット端末も導入し、授業も一人一人の習熟度にあわせた計画を立てて行うようにしたといいます。

工藤さん
「麹町中学校でも、当初は生徒や保護者が受け身になっていると感じました。サービスを受けることに慣れきっていて、学校に過剰に求めるところがありました。与えられる教育は、一見すると偏差値が上がり、教育を高めているようにも見えますけれど、私はそうではないと思います。生徒の自律心を奪ってしまい、最終的に人生を不幸にさせる。だからこそ、生徒に自分の意思を持たせたいなと。例えば、担任を学校側で決めることをやめ、生徒に逆指名させるようにしました。自分で決めたからには、その責任は持ちなさいと。『与えられるのを待つな』みずから能動的に学ぶ教育に変えたかったのです」。

いま行っている改革とは

工藤さんは、今の学校で教員たちと議論した末に、休校の長期化に備えて、オンライン授業に切り替える決断をしました。大型連休明けからは、通常と同じように時間割を作り、教員は教室や廊下、空いている部屋などを活用し授業を行っています。

端末は家庭にあるタブレットやスマートフォンを活用してもらい、環境が整っていない家庭には学校のパソコンなども使用できるようにしているということです。

教員と生徒は、Web会議システムやチャット機能など、双方向でやり取り可能なシステムを使って、ホームルームや授業を毎日、実施しています。教職員は20代から70代まで多様ですが、全員が実施しているといいます。

全国の学校からは、休校措置により、国の学習指導要領が示す年間の授業時数を確保できないことを心配する声が上がっていることについて、聞いてみました。

工藤さん
「この事態で、時間数を気にしていたらとても対応できません。文部科学省もメッセージを発信していますが、現場にはまだ十分、伝わっていません。今の学校現場は学習指導要領にしばられ、ICT(情報通信技術)化ははるかに旧型で遅れています。国は、これを機に『必ず変われ』と現場にもっと強く発信してもよいと思います。私の学校では授業がこなせない中、生徒には出席に重きを置く『履修主義』から、学びが目標に達したかを重視する『習得主義』に意識を変えてもらいます。ここまでは身につけてね、そしてここを評価するよと生徒にはっきりと伝えます。もちろん遅れている子どもには伴走者として徹底的につきあいます」。

「新しい教育の姿を見いだしたい」

ここにきて、9月入学の導入まで議論されるなど、大きな変革を迫られている教育界。工藤さんが、インタビューの最後に、ことばを選びながら強調したのは、教育の本質とは、それぞれが当事者意識をもって考えるべきだということでした。

工藤さん
「9月入学の是非を語るだけの十分な知識はありませんが、制度的にはいいのではないかと感じています。ただ、実際にやるとすると相当な制度改革が必要です。そうすると、コロナウイルスへ対応する本質的な議論からはずれていくと思います。今回の事態は教育界の今までの課題をあぶり出しました。全く進まない学校のICT化。休校中に何をしていいのかわからない子どもたち。どうしていいかわからず右往左往する現場。思考停止に陥るのは本当は主体性を伸ばすことが教育の本質だったはずなのに知識注入型の教育にやっきになったツケではないでしょうか。教育の本質とは何かを改めて問い直すべきです。文部科学省も現場の教員、生徒たちも、誰かのせいにすることなく、当事者意識を持って学校がどうあるべきなのか、徹底的に考えなければいけません。私は学校に一斉に集うことができない状況でも能動的に学びたくなる仕掛け、新しい教育の姿を、教員と生徒たちと総動員で見いだしていきたいと思います」。

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