私はこう考える
コロナ後こそ環境問題を考えて
気候科学者 江守正多さん

「大気汚染が深刻なインドで数十年ぶりにヒマラヤが見えた」
「イタリアのベネチアで緑色に濁っていた運河の水が透明になった」

コロナ禍にある世界各地からこうした自然環境に関する驚きの報告が相次ぎました。こうした事態を環境の専門家はどう考えているのか。そしてコロナ禍のあとに考えるべき環境政策とは? 国立環境研究所の江守正多さんに話を伺いました。

未曽有のCO2減少

インド ニューデリーで深刻な大気汚染改善

コロナ禍により世界中で二酸化炭素の排出が削減したという話を耳にしますが?

江守さん
これは未曽有というか、とてつもない大きさ、誰も予想していなかった現象です。気候変動問題に関わる二酸化炭素の排出についてはいろいろな試算が出されていますが、ピーク時で昨年に比べて17%削減したというふうに見積もられています。
(4月7日 The Global Carbon Project推計)

さらに1年間でみると7%から8%ぐらいの削減になるのではないかと言われています。
(IEA=国際エネルギー機関推計)

年間7~8%のCO2の排出削減がどれぐらいすごいかといえば、リーマンショックの時のピーク(2009年)でも2%も削減しなかったわけです。それと比べると7~8%の削減というのがいかに大きいか分かります。壮大なことが起こっているのをわれわれは目撃したのだと思います。

それでも温暖化は止まらない

しかし、7~8%排出が削減してもわずか1年では温暖化は止まりません。なぜならば、大気中の二酸化炭素濃度にはちょっとしか影響を与えないからです。

自然のバランスに比べて、すでにわれわれは膨大な量のCO2を毎年出しています。7~8%削減したところで膨大な量をことしも出すことに変わりはない。つまり大気中の濃度は少し減速するだけで増加し続けるわけなので、当然、気温上昇が収まるほどの影響も出てきません。単年だけ減っても温暖化を止める効果はほとんどない。専門家はみなそういうふうに受け止めていると思っています。

「経済抑制によるCO2削減は無理」という教訓

コロナ禍は大幅な二酸化炭素の排出削減につながったものの、それでも温暖化を食い止めるレベルには程遠いという江守さん。さらに続けて気になるこんな指摘をされました

今回、経済を我慢することによって温暖化を止めるのは無理だということを学ばなくてはなりません。

確かに7~8%というのは、毎年その大きさで来年以降も削減が進めば、2016年に定められたパリ協定の目標を目指せるペースに乗っています。2030年までに、あと10年で世界の排出量を半分にしたいと言っていますが、毎年8%削減していけば目指せるペースなわけです。

しかし、当然ことしのようなやり方で8%の削減を来年以降も続けるのは誰も望まないわけです。経済的な犠牲が大きすぎますから。

排出削減は経済を止めるやり方で行うものではないので、この延長でパリ協定を考えてはいけない。経済を止めるのではなく、経済活動をしてもCO2が出ない社会経済システムに入れ替えなくてはいけない。そっちの方が大事なんだということを再認識する機会にしなくてはいけないと思います。

COP21で温暖化対策 パリ協定採択 2015年12月

地球温暖化対策は、経済活動を抑制するというような単純な話ではないという江守さん。特に日本では注意が必要だといいます

江守さん
経済を止めて空気がきれいになったのだから、このまま経済を止め続けようと考えるのはむしろ危険というか、そっちの発想にならないように気を付けなければならないと思っています。

日本においては特にそうなんですが、温暖化対策って「がまん」だと思ってらっしゃる方がたぶん多いと思うんです。

暑いのにエアコンを止めているとか、設定温度を上げろって言われるから嫌だけど上げているとか。それで汗をダラダラ流しながら温暖化のためだからしょうがないとか、そういうイメージがおそらく日本社会にはあって、それが今回の新型コロナウイルスの感染拡大の中で経済をがまんしたのでCO2の排出が削減したという話とつながってしまうと、「やっぱりがまんだったんじゃないか」と。そういう誤解がさらに広がるといけないと思っています。

温暖化対策は社会のアップデート

経済制限はそもそも世界がやろうとしていた温暖化対策の主要な方法ではないわけです。

やろうとしていたのはエネルギーシステムなどの入れ替えで、社会のアップデートだと言っているんです。つまり、石油、石炭、天然ガスでエネルギーを作るのをやめて、基本的には太陽光とか風力とかで作って、バッテリーとかもうまく活用して、社会にエネルギーを供給できるようになる。そういう新しいエネルギー文明に移行するというのが、気候変動対策の大きな方向性であり続けているわけです。

経済や人々の社会活動はしっかりと続いていくけれども、エネルギーのつくり方が変わったことによってCO2が出ないで、人々はむしろより快適に生活を続けられる。再生可能エネルギーに投資をしましょうとか、クリーンにエネルギーを作れるようになってより快適に生活を続けていきましょうという話だということを、今回改めて再認識していただきたいと思っています。

コロナ禍でも環境問題に関心を!

江守さんにはいま危惧していることがあるといいます。それはコロナ禍により、気候変動に関する問題への関心が薄れているのではないかということです

江守さん
2019年9月に、ニューヨークで気候行動サミットというのがありました。小泉進次郎環境大臣も参加しましたし、グレタ・トゥーンベリさんが日本でも有名になって、日本の若者もマーチとかをやり始めました。それと同時に、台風15号や19号といった災害もあって、パリ協定とかのことが多くの人の意識に上る昨年後半だったんだと思います。

ところが、いまコロナ危機の対応が始まって、多くの人は気候の危機というのを忘れてしまったかなという感じがいたします。

EU議会で演説するグレタ・トゥーンベリさん 2020年3月

メディアとしても優先順位としてそれどころじゃないという感じになっていると思いますし、ちょっと気になるのは、3月末に日本政府が国連に提出した2030年までの目標です。「これから急いで議論します」というただし書きをつけて送ったもので、コロナで大変なのでいま検討している暇がないのはよく分かるけれど、見ようによってはコロナのどさくさに不十分な検討で出したようにも見えます。

また、気候変動対策、脱炭素を進めるための新しい技術への投資というのが、一時的に鈍っているということも気になります。国際関係の事情もあったようですが、原油がものすごく安くなったので、再生可能エネルギーよりも油の方が安いじゃないかと見えなくもないところも、エネルギーの転換を推し進める立場からいうと追い風が止まった感じになっていると思います。

今こそ「グリーン・リカバリー」の議論を

江守さん
コロナ禍のあとこそ、「グリーン・リカバリー」という考えが必要と言われ始めています。各国は、経済活動が再開できるようになったら、V字回復をねらっていろいろな景気刺激策を打つことになると思いますが、その機会に環境規制を緩めようという動きも出てくるわけですよね。

今はV字回復しなくちゃいけないから環境を気にしている場合じゃないだろうと。トランプ大統領とかは、そういう立場なわけですが、それではまずいわけです。せっかく減ったCO2の排出が、リバウンドでもっと上がってしまうということですよね。

そうではなくて、止まったのは経済抑制の効果なので、そのまま続けるわけではもちろんないのですが、今までと同じところに戻すのではなくて、よりよいところに戻す。そういう考え方が必要です。
環境の面から言うと、それがグリーン・リカバリーなんです。

再生可能エネルギーであるとか、クリーンエネルギーインフラみたいなところに投資をして、そういうところも雇用を回復させていくという考え方ですね。EUなんかではかなり言うようになっていますが、日本では政策としてはまだ見えてきていない感じがしますね。

同時に気を付けなくてはいけないのは、化石燃料システムから再生可能エネルギーシステムに移行していくと、こっちで仕事を失ってあっちで仕事を探さなくてはいけないということが出てくるわけですよね。みんなが不利益を被らないように上手に移行することが必要です。

例えば、日本でも昔炭鉱を閉鎖したときに、補償金のようなものを出して新しい仕事を見つけてもらったということがあったそうです。ドイツでは2038年までに脱石炭ということを言っていて、炭鉱の労働や石炭火力発電所の労働といったところに補償金を出して、かなり時間をかけて職業訓練なんかもやりながら移行を進めています。

「公平な移行」という意味で、ジャスト・トランジションという話がありますが、グリーン・リカバリーの場合も、グリーンなだけじゃなくてグリーンアンドジャストなリカバリーだということを言っていかなくてはならないと思います。

私たちには何ができる?

コロナ禍のあと、そうした社会を実現するために私たち個人で何ができるのか。江守さんはこんな提言をしています

江守さん
「がまん」するのではなくて社会のアップデートを応援することです。一人ひとりがすることは、エアコンを使うのをがまんしたり車へ乗るのをがまんしたりすることではなく、エネルギーの転換を進めようとしている行政や企業を応援するとか、そういった形でみんなで後押しするということが、コロナの前から変わらないメッセージなんです。

そこへコロナという文脈が加わった中で具体的にできることは、「オンライン コミュニケーション」ですよね。人によって異なりますので一律に言うつもりはないんですが、移動しないで済む人がそうできるような選択肢はさらに整備されていくべきだと思います。

人々が車に乗らない、飛行機に乗らない。それで社会が回るようになるという大きなきっかけを今回われわれは得たのではないかと思っています。都市の過密化によって、そこでのエネルギー利用が過大になっているという面もあると思います。オンラインで田舎でも都市ともつながれる、いい仕事がいっぱいあるという認識がさらに進んで、地方に住むライフスタイルが見直され、地方がより魅力的になり、都市の過密化が緩和される。今回をきっかけにそういうトレンドができるといいなと思いますね。

今回の取材もオンラインで行われた

「気候変動は不正義」に理解を

いまアメリカで人種差別の問題をめぐってものすごいデモが起きていますよね。あれを見ていて思うことがあります。

気候変動の問題というのは先進国の人が出したCO2で乾燥地域の貧しい農民たちとか、小さい島国の人たちが直接的に深刻な残酷な被害を受けるということです。これは、ちゃんと認識すればものすごく不正義で、それをただそうというのが、グレタ・トゥーンベリさんとかが言っている「Climate Justice(気候の公平性)」です。

いまわれわれは先進国でCO2を出しながら、途上国の人たちや将来世代を苦しめているという実感がなく生活しています。それはたぶん、昔、白人が黒人を差別したり奴隷制があったりした時に、おそらく彼らを苦しめているという実感がなかったのと同じなんじゃないかという気がするんです。

グレタさんや「Climate Justice」だといってマーチをしている、特にヨーロッパの人たちはそれをつなげて考えています。

日本ではまだ少ないようなので理解が進むことを願っています。

(社会部記者 中村雄一郎)

【プロフィール】

江守 正多(えもり・せいた)

1970年生まれ。国立環境研究所で地球環境研究センター副センター長を務める。専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。主な著書に『異常気象と人類の選択』『地球温暖化の予測は「正しい」か?』など。