私はこう考える
ポスト・コロナ時代こそ 成熟社会にかじを切れ
京都大学 広井良典さん

日本が直面している人口減少や低成長の社会。それにあらがうような成長路線に対し長年、脱成長路線を唱えてきた京都大学の広井良典教授。ポスト・コロナ時代こそ、新しい成熟社会にかじを切るチャンスだと主張します。(5月15日)

感染拡大の帰すうを分けた“集中と分散”

世界中で新型コロナウイルスの感染拡大が続いています。各国の状況をどう見ていますか?

広井さん
世界ではニューヨークやパリ、ロンドン、マドリード、日本では東京、大阪といわゆる過密都市、人口が大規模に集中するところで明らかに感染拡大が進んでいます。国別の状況を見ますと、アメリカやスペイン、イタリアは死者や感染者の数が上位です。

「ジニ係数」という格差の度合いを表す指数がありますが、それらの国々は、その国際比較をみてみると、いずれも上位にきています。つまり格差が激しく、公的な社会保障の整備がぜい弱な国々です。一方、ヨーロッパで比較的パフォーマンスがよかったドイツは、分散型社会の代表例です。ベルリンのような都市があるにしても、ニューヨークなどのように極端に大きな都市はなく、中小規模の都市が各地に点在する多極的な空間構造です。また、医療システムが整備され、格差が小さく一定以上の平等が実現されている。今回の新型コロナへの対応も迅速でした。

こうした分散型の社会、持続可能な福祉社会が、新型コロナの被害を相対的に抑えているということは、集中型の社会よりも分散型の構造のほうが、そして一定の平等が実現される社会のほうが感染症を防ぐという意味で強いことが示されていると思います。

グローバル化“負の側面”も

広井さんは、今回の新型コロナウイルスが世界中で感染拡大した背景に、過度なグローバル化があったと指摘しました

広井さん
感染がこれだけ急速に世界中に広がって、これだけの死者が出たというのは、グローバル化の負の側面が非常にはっきり出たと思います。歴史を見直しても、同じことが言えると思います。

14世紀のペスト大流行は、諸説あるものの、モンゴル軍によって中国からヨーロッパに伝わったという解釈が有力となっています。当時は、中世のグローバル化の流れが始まった時代でした。グローバル化と感染症拡大が関連しているのは明らかです。

もちろん、その事実だけを持って、だめだと言うつもりはないのですが、グローバル経済や、インバウンドに過度に依存する社会は、今回のような事態となった時、打撃が大き過ぎるという問題もあります。もう少し、グローバルと反対のローカルから出発して、物事を考える、経済循環をつくっていく、そういう方向性が求められていると思います。

広井さんは、こうしたグローバル社会の危うさを長年、主張してきました。その根拠として挙げているのが、12年前のリーマンショックでの経験です

広井さん
リーマンショックでは、過度のグローバリゼーション、利潤の極大化がいささか過熱したことで、結果的にいろんな破綻が生じてしまい、大きな恐慌のようになってしまいました。過度のグローバル化や資本主義の拡大成長路線のひずみが明らかになったのは、今回も同じです。

過度のグローバル化を抑え、同時にこれからの時代はローカル化、「ローカライゼーション」という方向性が重要になると思います。地産・地消を含め、まずは地域の中で食料やエネルギーをできるだけ調達し、かつ地域内でヒト・モノ・カネが循環するような経済をつくっていくこと。資源の有限性という観点からもそのほうが望ましいと思います。

こうした方向性がかなり浸透しているのは、国全体が「分散型」システムとしての性格を強く持つドイツ、また北欧の国々で、ローカルな経済循環や共生を志向し、そこからナショナル、グローバルへと積み上げていく社会の姿が実現されつつあります。今回のコロナ禍ではそうした社会のほうが強いということも明らかになりました。

今は危機ですが、むしろチャンスと見て、本来なされるべき改革や社会の変化を、いろんな形で進めていく契機にすべきではないかと思っています。

「地方分散」が望ましい

国土交通省国土政策局 作成

広井さんは「分散」ということばを頻繁に使われていますが、日本では、人口減少社会が進む中、東京への一極集中が、さらに加速しています。このギャップをどう思われますか?

広井さん
日本社会は東京の一極集中を是正すべきだという議論は高度成長期からありました。しかし、当時は経済成長と集権化ということが表裏一体のものでしたので、実現には至りませんでした。しかし、一極集中の社会構造や価値観からの根本的な転換が必要だということが今回のコロナ禍で明らかにされたという見方ができると思います。

私たちは3年前、AIを活用して2050年の日本社会が持続可能であるためにどうすればいいか、人口や高齢化、GDPなど、およそ150の社会的要因をピックアップしてシミュレーションしました。そうすると、東京一極集中という「都市集中型」か、それとも「地方分散型」かの分岐こそが、日本社会の未来にいちばん大きな意味を持っていることが分かりました。しかも、結果として、望ましいとなったのは「地方分散型」のほうです。やはり、分散型というのはキーワードだと思っています。

今回もあまりにも、東京に人口が集中しすぎていることで、感染の広がりにつながりました。コロナ禍は『都市集中型』社会のぜい弱性や危険度の大きさを白日の下にさらしたとも言えます。また一方で、近郊からの通勤距離もどんどん長くなっています。東京は子どもの数は多いですが出生率でみると全国で最も低くなっています。仕事と子育ての両立は、なかなか難しいのが実情です。そのため皮肉なことですが、東京の一極集中が進めば進むほど、日本全体の出生率も下がって、人口減少も加速してしまうことになるのです。

地方に人口が分散すれば、もともと地方のほうが出生率が高いですし、過密ではない、ゆとりある時間と空間の中で子育ても仕事もできます。地方には仕事がないとよく言われますが、いまテレワークが急速に進んでいます。いわゆる会社人間で、朝から晩まで会社にいる、長時間労働をするというようなライフスタイルや、何時間もかけて通勤する、そういったロスは見直せるはずです。仕事と子育てが両立しやすいような働き方やライフスタイルになると、出生率の改善につながり、ひいては人口減少問題も改善します。日本社会が直面するさまざまな課題の解決につながっていくのではないかと思います。

地域循環の経済を

ドイツ エアランゲン市

広井さんは、経済がある水準にまで達してしまうと、「幸福度」とGDPは比例しなくなるといいます。そこで、大切になると主張しているのが利益の極大化でなく、持続性や相互扶助に比重を置いた「コミュニティ経済」です

広井さん
これからの時代に重要になるのは、地域内においてヒト・モノ・カネが循環し、そこに雇用やコミュニティ=つながりも生まれるような経済の在り方で、私はこれを「コミュニティ経済」と呼んでいます。

ローカルな「コミュニティ経済」が比較的機能しているのはドイツやデンマークといった国々です。例えばドイツのニュルンベルク郊外にあり、人口およそ10万のエアランゲンという地方都市は、街の中心部から車を完全に排除して歩行者だけの空間にしています。ドイツのほかの都市でも同様に見られるのですが、人々が「歩いて楽しむ」ことができ、ゆるやかなコミュニティ空間とも呼ぶべきつながりが感じられる街になっています。車いすに乗った高齢者もごく自然に過ごしていますし、非常に印象的です。商店街と住宅などを結び付け、街を世代間交流やコミュニティの拠点にし、“買い物難民”の減少や雇用も生んでいく「コミュニティ商店街」という在り方です。そのため、人口10万という都市ながらも中心部が活気あるにぎわいを見せています。

一方で日本はどうでしょう。同様の規模、あるいはそれ以上の地方都市はありますが、残念ながらその多くでシャッター通りとなって閑散としてしまっています。人口減少社会のいま、人口が増えていた時代の延長線上では物事は進みません。日本でも岐阜県郡上市でUターン組の若者らが農業用水で小水力発電を行い、電力を販売したり特産品の開発に使ったりする取り組みをして地域内の経済循環を高めるなど、「コミュニティ経済」の例はいくつか見られます。その実現には、再生可能エネルギーの活性化や地域の公共交通機関の充実、コミュニティを支える文化の伝承などが有効で、各地の取り組みを参考にしていくべきだと思います。

価値観と行動の転換を

最後に広井さんは、ポスト・コロナ時代こそ、これまでの価値観や行動を変えて新しい成熟社会にかじを切るべきだと訴えました

広井さん
新型コロナウイルスの感染拡大は、時代の大きな構造変化を象徴する出来事になると思います。これまで、その必要性は言われても、なかなか実現しなかったものが新型コロナという非常に強い外圧によってようやく気付き始めた、そういう状況だと思います。

戦後日本は、昭和・平成・令和と時代が進み、昭和はよくも悪くも拡大成長路線、「集団で一本の道を上る」、「すべてが東京に向かって流れる」、そういう時代でした。「ジャパンアズナンバーワン」とまで言われた昭和の成功体験、高度成長期的な社会の在り方や働き方がうまくいったという成功体験が、特に上の世代を中心に染みついているので、なかなか方向転換が難しかったと思います。

平成は「失われた30年」と言われた時代です。さまざまな方向転換ができず、昭和的な成長モデルにとらわれていたことが大きな要因だったと思っています。成果の少ない拡大路線を続けた結果、過労死など行き過ぎた側面まで生まれるようになり、いろんな形で限界やほころびを見せました。

しかし、令和という時代はそういうものを根本的に見直していく必要があります。新しい成熟社会の豊かさの方向にかじを切る時代です。山登りに例えると、ゴールをみんなで目指す時代から、一応頂上まで来たのだから、あとはそれぞれが、自由に創造性を伸ばし、自分の人生をデザインしていく。そういう方向に転換していくべきです。下りは360度開かれています。それが結果的に、経済や生産性にもプラスになり個人が自由な人生を歩めるようになるのではないでしょうか。

(社会部記者 小林育大)

【プロフィール】

広井 良典(ひろい・よしのり)

1961年生まれ。京都大学こころの未来研究センター教授。公共政策、科学哲学が専門。国土審議会「国土の長期展望専門委員会」委員を務める。
主な著書に「定常型社会」「コミュニティを問いなおす」「ポスト資本主義」「人口減少社会のデザイン」など。