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英保守党 過半数獲得なるか?見極めるポイントは?

12月12日に投票日を迎えるイギリス総選挙。イギリスの調査会社による世論調査の支持率では、ジョンソン首相率いる与党・保守党が最大野党の労働党を上回る状況になっています。背景に何があるのか。選挙情勢を見極めていくうえで注目すべきポイントは何か。選挙中盤戦の情勢をイギリスの政治に詳しい成蹊大学の高安健将教授に分析してもらいました。

最新の選挙情勢は?

Q:
総選挙まで10日余りとなった先月28日から29日にかけて大手調査会社「YouGov」(ユーガブ)が行った世論調査の支持率では、保守党が43%、労働党が34%、自由民主党が13%、スコットランド民族党が4%などとなっていて、与党・保守党がリードしています。世論調査の支持率のデータからどのように分析しますか。

高安教授:
ジョンソン首相がことし10月にEU=ヨーロッパ連合と離脱協定案で合意できたことが与党・保守党にとって強みになっています。

保守党は「とにかくブレグジット(イギリスのEU離脱)を終わらせる」というメッセージがはっきりしている。離脱協定案をまとめた事実はとても重く、「とりあえず、それでやってみたらいい」という方向に重心が移っていると感じます。

一方、最大野党の労働党は「EUに残留する」と明確に打ち出さない方針です。EU離脱についての立場が非常にあいまいで、EU離脱については話したくなく、医療や経済などの内政に論点を移そうとしています。NHS(注1)が少しずつ争点として広がってきていますが、まだ浸透しきっていません。

労働党 コービン党首

今回の選挙では6割以上の人がEU離脱を最重要の争点に挙げています。にもかかわらず、労働党のコービン党首はEU離脱に関し、はっきりとした態度を示せない。

理由はイングランド南部にある労働党の支持基盤ではEU残留派が多い一方で、イングランド北部では逆に離脱派が多いんです。したがって労働党はEU離脱について明確な態度を示さないんです。

今回は与党・保守党にとって、議席の過半数を得られるかどうかの選挙です。過半数をとれなければ、ジョンソン首相は確実に政治的な力を失うことになるため、勝たなければなりません。

一方、野党・労働党にとっては必ずしも過半数を獲得して勝つ必要はないとみています。保守党の過半数獲得を阻止することが重要で、野党の支持者たちは、いわゆる「戦略投票」を行おうとしています。

残留派が多いイングランド南部やロンドンなどの選挙区では労働党だけでなく、自由民主党や緑の党も候補を立てていますが、これでは残留派の票が割れてしまい、結局、保守党に有利に働きます。

このため残留派の間ではどの政党を支持するかは脇に置いて、野党の中で最も票を集めそうな候補に投票する「戦略投票」が呼びかけられているのです。

こうした中、労働党がじわりじわりと追い上げていることを示す世論調査の結果もあります。ただこれは選挙戦が始まって以降の、野党・自由民主党の失速も一因と考えられます。

(注1)「NHS」=原則として無料で提供されるイギリスの国民保健サービス。

“保守党過半数” 見極めるポイントは?

成蹊大学 高安教授

Q:
保守党が議席の過半数(326議席)を獲得するかどうか、それ見極めるポイントは何でしょうか?

高安教授:
ポイントは、保守党がイングランド北部で議席を多く得られるかどうか、イギリス北部のスコットランドで議席を失わないかどうか、イングランド南部で議席を失わないかどうかです。

保守党は離脱派の有権者の票をうまくまとめて、議席の過半数の獲得につなげようとしています。

イングランド中部と北部は、離脱派が多数を占める地域です。旧工業地帯で、昔だったら絶対に保守党の候補に投票しない地域で、労働党の牙城のようなところでした。

しかし最近は「労働党か、保守党か」というアイデンティティーが揺らぎ始め、人々は「残留か、離脱か」にアイデンティティーを感じ始めています。政党は嫌いでも、政党の主張には一体感を感じるようになっています。

このため離脱協定案をまとめ、離脱をなし遂げようとするジョンソン首相の保守党に票が流れる可能性も高まっています。

一方、イギリス北部のスコットランドやイングランド南部、そしてロンドンは、残留派が多いところです。

ジョンソン首相がEU側との合意に基づき、来年1月末までに離脱できたとしても来年12月末の移行期間の期限までにEUと新しい貿易協定を結ばなければなりません。ジョンソン首相は移行期間の期限は延ばさないと言っているので、その言葉どおりであれば、「強硬離脱」になる可能性が残ります。

スコットランドやイングランド南部、それにロンドンの残留派や穏健な離脱派の中には保守党に背を向ける有権者が出てきてもおかしくなく、保守党がそこで議席を落とす可能性もあります。

保守党は過去にスコットランドで「絶滅した」と言われるくらい議席を失ったことがありましたが、スコットランド民族党がスコットランドのイギリスからの独立を強く主張した結果、それを嫌う人もけっこう出てきて、保守党がやや復権している面があります。

スコットランドの選挙区では、解散前に保守党が13議席を持っていて、今回はあまり議席を失わないのではないかという見方もあります。今の全体の情勢では、保守党が議席を失う可能性のところであまり失わず、議席を得る可能性があるところで意外に議席を獲得するかもしれないとみています。


※保守党は議席の過半数を獲得するのかどうか。その試金石として高安教授が挙げた選挙区は次のとおりです。

Gordon
イギリス北部スコットランドの選挙区。前回の総選挙に続き今回も保守党が獲得するか注目。

Bishop Auckland・Sedgefield
イングランド北部の旧工業地帯にあり、伝統的に労働党が強い地盤。しかし、離脱派が多く、労働党と保守党が接戦になっている。

Workington
イングランド北部。離脱派が多い選挙区で保守党と労働党が接戦。

Kensington
ロンドンの選挙区の1つ。多数を占める残留派の票を労働党と自由民主党が奪い合う状況が起き、保守党に有利になっている。

Dagenham & Rainham
ロンドンの選挙区の1つ。離脱派が多い地域で、これまで労働党が議席を維持してきたが、保守党に負ける可能性もある。

Cities of London & Westminster
ロンドン中心部。残留派が多数を占める選挙区。労働党と自由民主党が残留派の票を奪い合い、保守党が議席を獲得する可能性がある。

Finchley & Golders Green・Cities of London & Westminster
いずれもロンドン。残留派が多い選挙区だが、今回は労働党があまり得票できない可能性がある。

Guildford
イングランド南部。ジョンソン首相が打ち出した強硬なEU離脱路線をめぐる保守党内の対立から、当時保守党だった議員が離党した選挙区。

Wrexham
ウェールズの選挙区の1つ。労働党が強い地盤だが、保守党が議席をとるか注目される。

勝敗を分けるポイントは?

テレビ討論会 2019年11月19日

Q:
選挙に勝つために、保守党や労働党は何が必要でしょうか?

高安教授:
まず保守党は失点をしないことでしょう。保守党の今の方針はEU離脱をやり遂げようと連呼して、あらゆる場面でそのメッセージを言い続ける。離脱すれば明るい未来になるんだと言い続けることです。

ただジョンソン首相は失言が多い。失言を避ける必要があります。ジョンソン首相は、今はあまり目立たないようにしていると見受けられます。

一方、労働党は人々の関心をEU離脱から内政の問題へと向かわせ、争点をずらそうとしていますが、それでも労働党は「EU離脱についてはどうするんですか」と問われ続ける状況にあります。

離脱党はどう影響?

Q:
選挙情勢への離脱党の影響についてどうみていますか?

高安教授:
離脱党(注2)がどれだけ議席をとるかではなく、離脱党の候補を立てることによって、ほかのどの党の候補の票が奪われるのかがポイントになります。

離脱党 ファラージュ党首

離脱党は保守党が前回の総選挙で議席をとらなかったところに候補を立てるという方針で、たとえば離脱派の有権者が多いイングランド北部ではけっこう影響が出ると思います。

イングランド北部の、労働党の支持層が厚い選挙区ではEU離脱を支持していても、これまでは保守党の候補にあまり投票してこなかった。そういう選挙区に離脱党が候補を立てると、離脱派の票が離脱党に流れ、その結果、離脱派の票が候補者間で割れることになります。

イングランド北部ではEU離脱は支持するものの、今回は労働党ではなく離脱党に投票しようという動きが出て、選挙情勢に影響を与える可能性があります。

(注2)「離脱党」=3年半前のイギリスのEU離脱の是非を問う国民投票で離脱派を率いた当時のイギリス独立党の党首、ナイジェル・ファラージュ氏が設立。党首はファラージュ氏。「合意なき離脱」を選択すべきだと主張している。

選挙後に想定されるシナリオは?

Q:
仮に保守党が議席の過半数をとった場合、その後の離脱に向けた動きはどうなるとみていますか?

高安教授:
ジョンソン首相が年内に議会に法案を提出し、議会で可決されて来年1月31日までに離脱することになるとみています。

その後、環境の激変を緩和するため、来年12月末までの移行期間に入るでしょう。移行期間中にはイギリスとEUの自由貿易協定に向けた協議が行われる見通しですが、それなりに時間がかかります。

自由貿易協定の交渉は、過去には年単位の時間がかかっているので、普通に考えると来年12月末までに交渉をまとめるのはなかなか難しいでしょう。

またイギリスの北アイルランドと、アイルランドの国境管理の問題も残ることになると思います。

Q:
保守党が過半数をとれなかった場合、EU離脱の動きはどうなるとみていますか?

高安教授:
労働党が過半数を獲得した場合、EUからの離脱期限を再び延期し、ジョンソン首相がまとめた離脱協定案を白紙にして、EU側と再び離脱協定案について交渉する可能性があります。

労働党は基本的にはジョンソン首相がまとめた離脱協定案とは異なり、関税同盟とEUの単一市場に残るべきだと主張しています。そして再交渉の結果まとまる新たな離脱協定案を国民投票にかけようと考えています。

問題はどの政党も議会で単独過半数の議席を獲得できていない「ハングパーラメント(宙づり議会)」になったときです。その場合にどうなるのか、今の段階でははっきりとわからないです。

高安健将(たかやす・けんすけ)
成蹊大学法学部教授 1971年生 早稲田大学政治経済学部卒業 ロンドン大学博士(政治学) 専門は比較政治学・政治過程論


離脱すべきか、残留すべきかの選択が有権者の投票行動を180度変える可能性があるという見方に深い興味をおぼえました。選挙後に想定されるシナリオのいずれをとっても、イギリスが再び政治や社会の安定を取り戻すには時間がかかりそうだと感じます。イギリスの将来の国の姿を決めることになるかもしれないと言われる今回の総選挙。目が離せない状況が続きます。
(聞き手 国際部記者 山田奈々)

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