名物議長が語ったホンネ

あの名物議長が政界引退

総選挙になるとつきものなのが、政治の世界を去る人たち。今回はある人物の引退がひときわ注目されました。

「オーダー!」

議場でうるさいほどに連呼されるこのことばが「静粛に」という意味だと世界に知らしめた議会下院の前議長、ジョン・バーコウ氏。在任中、1万4000回も繰り返したというのだからすごい。数えられるのもすごい。

バーコウ氏は選挙を前に10年間つとめた議長の職を辞し、議員も引退しました。解散の日、そのバーコウ氏の記者会見が海外メディア向けに開かれるというので行ってきました。

記者の関心はバーコウ氏が離脱についてどう考えているのか。「残留派寄りだ」との批判にさらされてはきたものの、議長という立場上、あくまでも中立の立場を貫いてきたからです。

「国際社会において、EUからの離脱はイギリスにいいことかどうかだって?率直に言えば『ノー』だ。離脱は戦後最大の外交上の失敗だ」

いつものようにカラフルなネクタイで登場したバーコウ氏はずいぶんあっさりと、かつ率直に語り始めました。

離脱が終わりではないという現実

なぜバーコウ氏は離脱が外交上の失敗だと考えるのでしょうか。

「イギリスは強力な経済同盟に属していて、個人的には今のままがいいと思っている。それに、不確かな状態が続くのもよくない」

確かに不確かな状態はずいぶん長く続いてきました。EU離脱の議論は取材している側ですら、心が折れそうになります。それがイギリス国民だったらなおさらでしょう。

「決められない政治」にいらだつ人たちから聞くのは「いいかげんにしてほしい」という声ばかり。

でも、まだ離脱の第一段階さえ終わっていないんだ、とバーコウ氏は言います。

仮に総選挙で与党が勝利して、速やかに離脱が実現したとしましょう。でもそのあとには自由貿易協定の交渉など今後のEUとの関係についての議論が待っています。

議会、そして国を二分してきた議論は最短であと5年、長ければ15年は続くというのがバーコウ氏の見方でした。

議長としての10年

1997年に下院議員に当選。保守党の議員として活動したのち、2009年から10年間、議長を務めました。

心がけたのは議員が質問する機会をできるだけ多く設けること。議長の裁量で異例といっていいほど多くの質問を認めてきました。

「イギリスが第2次大戦以来、最も重要な問題に直面していることを考えると、多くの人の声を聞くことが民主的なやり方だと考えていた。首相はみずからの政策を進めることが仕事だ。そして私の仕事は、立法機関としての議会の権利を守ることであり、当然のことを10年間やってきただけだよ」

離脱派からは「離脱の議論をわざと遅らせている」などと徹底的に嫌われましたが、バーコウ氏は「常に中立だったし、何の後悔もない」と胸を張ります。

イギリス議会をつかさどる立場として、バーコウ氏の「民主主義」への信念は揺るぎないものだったのでしょう。

会見で触れたのが、ことし9月にジョンソン首相がみずからの意向で議会を閉会させた「事件」です。

のちに最高裁判所が違法だと判断したことについてバーコウ氏は「最高裁は『11対0』の全員一致で判断した。『11対0』だ!」と強調しました。

名指しこそ避けたものの、ジョンソン首相を暗に批判した形です。「民主主義に反する行為は絶対に認められない」という思いを強くにじませていました

超能力者でもないかぎりわからない

総選挙については「どこに投票するかは教えないよ」とかわしつつ、「総選挙の見通しも、離脱の行方も、全くわからない。超能力者でもないかぎり無理だ」とも。

肩の荷が下りたのか、バーコウ氏は1時間以上しゃべり続け、「オーダー!」のいろんなバージョンの実演までしてくれました。そんなことまでするとは思わなかった。

選挙の後、議会が一新されても続いていく離脱の議論。その中で、あのダミ声の「オーダー」はもう聞けないのだと思うと、なんともさみしい気持ちがするのです。(ロンドン支局長 向井麻里)

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