得意のジャンプ 不振のまま迎えた北京オリンピック
北京オリンピック大会12日目の2月15日。
ノルディック複合個人ラージヒル、前半のジャンプ。
渡部選手は着地をしたあと小さくガッツポーズを見せ、胸をたたいた。
飛距離は135メートル。全体の5番目の飛距離をマークし、
トップと54秒差の5位で後半のクロスカントリーに臨むことになった。
「ここに来ていいジャンプができていなかったので、1発、いいジャンプを出せてよかった」
渡部選手はジャンプが得意な選手だ。
前回ピョンチャン大会、銀メダルを獲得したノーマルヒルの際のジャンプの順位は3位。ラージヒルではジャンプでトップに立ち、後半のクロスカントリーに臨んでいた。
しかし、今シーズンはそのジャンプの感覚をつかめないまま北京オリンピックを迎えていた。
個人ノーマルヒルの前日、公式練習のあとだった。
「すごく不安の残る前日だ。これまでのオリンピックと違う」
2月9日のノーマルヒル。
前半のジャンプは飛距離を伸ばせず9位。
後半のクロスカントリーはトップと1分16秒差でスタートし、追い上げを見せたが7位。前半のジャンプが響いた。
「完全にジャンプで出遅れたことがクロスカントリーの失敗」
ジャンプを取り戻すために
ノーマルヒルからラージヒルまでの間は5日。
ラージヒルで納得のジャンプができるまで何があったのか。
渡部選手はノーマルヒルのあと改めてコーチと意見を交わした。
そこで気付いたのは“体の反応が遅くなっている”ということだった。
見直したのがフィジカル面。
体の反応をよくするための神経や筋肉の力の入り方などを意識するため、片足スクワットやレッグプレスを使ったトレーニングを行った。
成果はラージヒルの前日、14日に行った公式練習に現れた。
1回目 132.5m
2回目 132m
3回目 135m
(14日公式練習 渡部選手の飛距離)
この日の3回目の135メートルは、全体の3番目の飛距離だった。
2日前、12日の公式練習では、1回目124メートル、2回目130メートル50、3回目120メートルだったことから見ても、明らかに調子を取り戻したていた。
納得のジャンプ
15日、ラージヒル本番。
48人中、41番目に渡部選手が登場した。
飛距離は135メートル。
今シーズン初めから3か月以上も苦しみ続けてきたジャンプで、ようやく納得の1本が出たことがゴーグル越しでも窺えた。
取材エリアに姿を見せると、じっと、あとに飛ぶライバルたちのジャンプを見ていた。
そして全員が飛び終え大きく息をはいた。
「きょうはライバル選手に逆にもう少し飛んでほしかった。トップを追っていくことを考えると、どんなもんだろうなと。でも後ろの集団を待つわけにはいかないし、逃げつつ、追いつつなので難しい」
「逃げつつ、追う」
後半のクロスカントリーが始まったのはジャンプのおよそ1時間40分後。2.5キロメートルのコースを4周する10キロだ。
ここで渡部選手が表現した「逃げつつ、追わなければならない」という言葉前半のジャンプの結果から紐解いてみる。
<前半ジャンプの結果>( )内は後半スタート時のタイム差
- 1位:ヤール マグヌス・リーベル(ノルウェー)
2位:クリスティヤン・イルベス(エストニア)(+44秒)
2位:山本涼太(+44秒)
4位:マヌエル・ファイスト(ドイツ)(+47秒)
5位:渡部暁斗(+54秒) - 10位:イェンス ルーロス・オフテブロ(ノルウェー)(+1分47秒)
12位:ヨルゲン・グローバク(ノルウェー)(+2分07秒)
15位:ビンツェンツ・ガイガー(ドイツ)(+2分15秒)
ジャンプの結果、走力のあるノーマルヒルの金メダリスト、ドイツのビンツェンツ・ガイガー選手やノルウェーのヨルゲン・グローバク選手などは、渡部選手の1分以上あとにスタート。渡部選手は、まず後ろからくる選手から“逃げ”なければならない。
同時に“追う”のは、ジャンプでトップに立ったノルウェーのヤール マグヌス・リーベル選手だ。リーベル選手は、個人総合3連覇中の実力者。だが新型コロナウイルスの検査で陽性と判定されたことを受けてノーマルヒルは欠場。調子は未知数だった。
「逃げつつ、追う」
集団にいて、周りの出方を窺うことができない難しい展開を意味していた。
届きかけた“金メダル”
現地18時30分。まずリーベル選手がスタート。
54秒後に渡部選手がスタート。
序盤からペースをあげる。
最初の1キロのタイムは4分3秒。トップのリーベル選手との差を47秒に縮め2位集団を先頭で引っ張った。
「周りの選手と引っ張り合う展開なら楽ができたと思うが、人もいなかったので積極的に自分でいくしかないと思った」
序盤に自分でペースを作ってレースを引っ張る決断をしていた。
さらに追う渡部選手に予想外の展開が待ち構えていた。
1周目を終えかけてスタジアムに戻ってきたリーベル選手がコースを間違えたのだ。
コロナの影響で2日前まで隔離されていたリーベル選手。コースをほとんど走っていなかったために生じたまさかのミスだった。
チャンスを見逃さなかった渡部選手は一気にリーベル選手をとらえ、そこからあらかじめ心に決めたとおりトップ集団を引っ張り続けた。
標高が高く、ほとんどが人工雪で作られたコースは、スキーが滑りにくく難しい上り坂も多い。
「下り坂で休めるところもなくて、常に足なり、全身なりを動かし続けないといけないようなコースで、かなりタフだ」
その難しいコースに、渡部選手は4年間かけて徹底して強化してきたスプリント力で対応した。さらに20年近く、世界で戦い続けてきた経験で得た勝負強さや駆け引きの力を存分に発揮した。
最後の1周、スタジアムに帰ってくる時まで、世界のトップ選手との金メダル争いを引っ張っていた。
フィニッシュまでわずか数十メートル。
最後の直線で抜かれると、もう力は残っていなかった。
わずか「0秒6」及ばす金メダルには届かず銅メダルだった。
フィニッシュしたあと金メダリストや銀メダリストをたたえる渡部選手の姿が印象的だった。
「皆さんがドキドキするようなレースをしたい」
オリンピックはノルディック複合を大勢の人に見てもらえる機会だ。
渡部選手は競技の面白さや、みずからの走りから何かを感じ取ってほしいと切に願っていた。
目標としていた金メダルには届かなかったが、自身5回目となるオリンピックの大舞台で繰り広げた最後まで手に汗握る展開のレースは、その願いに十分近づく銅メダルになったに違いない。