スノーボード 平野歩夢 挑戦と選択の先につかんだ金メダル

日本のエースがみずからのスタイルを貫いた。
北京オリンピック、11日に行われたスノーボード男子ハーフパイプ決勝。
平野歩夢選手は、2位で迎えた最後の滑走で逆転。日本スノーボード界に悲願の金メダルをもたらした。
スケートボードとの“二刀流”、大技“トリプルコーク”のオリンピックの舞台での初めての成功、さらには2大会連続銀メダルからの金メダル。
快挙達成の裏には、あえて厳しい挑戦や難しい選択をしてきた平野選手の信念があった。
(スポーツニュース部 記者 小林達記)

目次

    最終滑走で見せた圧倒的な演技

    トップと「0.75」差で迎えた3回目の滑走。
    最終滑走者の平野選手はスタート前に黒い手袋をはめ直し、ヘルメットを軽く整え決意を固めた。

    「今できることをすべてやりきるしかない」

    直前の2回目の滑走では高難度の技を決めたが得点が伸びず、心は穏やかではなかった。

    「どういうジャッジなんだ」

    だが、迷いを振り払って臨んだ。
    220メートルにわたる半円筒形のコースに勢いよくドロップイン。
    冒頭のエアで軸を斜めに縦3回転、横4回転の大技“トリプルコーク1440”を決めた。

    気温マイナス8度の中、、会場の熱気は一気に上がった。
    2つ目、3つ目、そして4つ目のエア。

    息をのむような緊張感と拍手、自然とわいた歓声が入り交じる中、着地まできれいに決めていく。そして最後の5つ目のエア。

    “フロントサイド ダブルコーク1440”

    鮮やかに決めた。
    右手を突き上げた平野選手に興奮と称賛の拍手が送られた。

    演技終了からおよそ1分半後。ジャッジの採点が大型スクリーンに表示された。

    「96.00」

    この日一番の拍手や歓声がわき起こった。
    6人のジャッジ全員が、95点以上の高評価。
    完璧とも言える演技でつかみとった金メダルだった。

    平野歩夢選手

    「まだ実感があまりないが、ようやく小さいころの夢が1つかなった。ここを取らずには終われない。ずっとやってきたことを最後にすべて出し切れた。自分のマックスが出せた」

    秘策の大技 「出さなくても勝てる」

    実は平野選手は“トリプルコーク1440”とは別の秘策も用意していた。

    それが“ダブルコーク1620”

    世界で誰も成功させたことがないという“縦2回転+横4回転半”の大技だ。
    最後の滑走に入る前に「出すかどうか迷った」という。

    「高さや着地の精度を高めれば、出さなくても勝てる」

    手の内をすべて明かさずに獲得した金メダル。まさに圧勝だった。

    直前まで続けた猛練習

    今大会、オリンピック史上初めて成功させた“トリプルコーク1440”。
    金メダル獲得の要因の1つに、直前まで続けた猛練習もあった。

    平野選手は先月下旬、アメリカで行われた大会に参加したあと1週間ほど残って、ひたすらジャンプ台で練習を続けた。多い日で1日で69本。
    普通の選手だと多くても1日30本後半がやっとという中、平野選手はその倍の練習を直前まで行ってきた。
    そのときの様子を日本代表の村上大輔コーチが明かした。

    村上大輔コーチ

    「スイッチ入ったときは映像見て飛んで、映像見て飛んでという感じ。最後は選手を乗せるスノーモービルの運転手が歩夢より疲れていた」

    異常なぐらい練習した」という平野選手。
    踏み切りや空中での感覚を研ぎ澄ませてきた。

    その成果は、中国入りしてからあらわれた。練習からトリプルコークを成功させるなど好調をキープし、決勝本番でも3回の演技で3回ともきれいに着地を決めた。
    直前の猛練習が実を結んだのだ。

    “厳しい挑戦” 重さを感じなくなるまで

    もうひとつの要因は、周囲から難しいと言われた「二刀流」への挑戦。そこからの困難を乗り越えたことだ。

    去年の夏、東京オリンピックにスケートボードで出場した平野選手。
    日本選手として史上5人目となる夏と冬のオリンピック出場となったが、一方で大会が1年延期された影響で、この時点で北京オリンピックまでの時間は、わずか半年しか残されていなかった。

    急ピッチでスノーボードの感覚を戻すためスイスで合宿に入ったが、ブランクの影響でうまく滑れない日々が続いた。
    さらに、技に対する怖さや焦りも感じていた。

    平野歩夢選手

    「自分の中でしっくり技ができていなかった。時間がない中での練習で次々とやることがあって不安も頭の中にあった」

    それでも自分の中に“力”がわいてきたという。

    平野歩夢選手

    「厳しい挑戦や難しい選択を自分の中でしていくと、それがすべて自分に生かされる実感がある。競技の見せ方や人生においても、何かとかけ離れたものって個人的には好きで、基本的には人が考えないようなこととか、やらないようなことにこだわりたいと思っている」

    さらに続けたー

    平野歩夢選手

    「自分の中で何事も限界はあると思っている。でもその限界を見続けることによって、その先が見えてくることがある。厳しい挑戦というのは最初は“重り”になることもあるが、その重さが感じなくなるところまでいくと、自分の成長とともに“ワクワク感”みたいなものが生まれることがある」

    二刀流というあえて厳しい道を選び、トリプルコークという前人未到の大技に挑戦したことも、根底にはこうした平野選手流の信念があったのだ。

    “二刀流”のその先へ

    試合後、2018年から本格的に取り組んできた二刀流について話した。

    平野歩夢選手

    「一日、一日、無駄にせずやってきたことが、ようやく形になった。スノーボードとかけ離れた経験が、精神的な部分にかなり影響して、そこでの経験がすごい大きな自信になった。過去の自分を強くしてくれた」

    足を固定するスノーボードに対し、足を自由に動かせるスケートボード。
    正反対の種目の融合に苦しんだ時期もあった。

    それでも平野選手は圧倒的な練習量で、それぞれの長所をスノーボードに生かすことに成功。そして、「長い道のり」と表現した前回大会からの4年間を走り抜き、ついに金メダルを手にした。

    気になる二刀流の今後についてはー

    平野歩夢選手

    「終わったばかりなのでゆっくり整理したい」
    「これからも自分らしく、ほかの人がチャレンジしていないことをチャレンジし続けていきたい。その根本は変えたくない」

    “平野流の哲学”が詰まった言葉で締めくくった。

    平野歩夢選手のプロフィールはこちら

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