4年間 積み上げてきたものを出す舞台
高梨選手は、北京オリンピックで悲願の金メダル獲得のため4年間かけて自分のジャンプをゼロから作り直してきた。
彼女にとって3回目となるオリンピックの舞台には、なみなみならぬ覚悟を持って臨んでいた。
高梨沙羅選手
「この4年間で経験したこと、積み上げてきたことを出しきり、感謝の気持ちを結果で伝えたい」

2月5日の女子個人ノーマルヒル。
1回目は強い風が吹きつけ、たびたび中断される中で行われた。
K点を超える98メートル50を飛んだものの「テレマーク」の姿勢が決まらず飛型点が伸びず、この時点でトップと大きな差がついた。

それでも高梨選手は「自分のやるべきことに集中する」と2回目に臨み、飛距離を伸ばした。
だが、結果は4位。金メダルには届かなかった。
とめどなく涙があふれてた。

高梨沙羅選手
「この4年間でいろいろな方たちに支えて頂いたおかげでジャンプすることができたが結果を出せずに申し訳ない気持ちでいっぱい。恩返しできなかった自分がただただ悔しい」
「本当にたくさんの強い選手が出てきているし、その中で戦えていることがすごく幸せなことでもあるが、私はもう出る幕ではないのかな」
世界を引っ張り続けてきた第一人者の高梨選手が感じたのは世界との距離だった。
“仲間のために”
大粒の涙を見せた翌日。
そこには混合団体に向けて再び自分のジャンプに集中する姿があった。
オリンピックではノーマルヒル1種目しか出場機会のなかった女子にとって、混合団体は可能性が広がるものだった。
高梨沙羅選手
「1人でも多くの子どもたちがジャンプ競技を始めるきっかけになれば」
「ジャンプは個人競技だけど、仲間がいると違う」
これまで支えてくれた仲間のために戦う、気持ちを切り替えた。
まさかの失格も…みずから志願した2回目
2月7日、混合団体。
「チームに勢いをつけてほしい」と高梨選手は1人目を任された。

100メートルを超える大ジャンプを見せた高梨選手。
しかし、その後スーツの太もも周りが規定よりも2センチ大きかったとしてスーツの規定違反で失格となった。
知らせを伝えられて泣き崩れた高梨選手。
1人で立っていることができずスタッフに支えてもらう状態となった。
報道陣が待つエリアを通る際には「申し訳ございません」とひたすら繰り返した。

それでも日本は出場10チーム中、2回目に進むことができるギリギリの8位に入った。
みずから志願して2回目のジャンプに臨んだ高梨選手。
ゴーグルをしていても涙を流しているのがわかった。それでも…
力強い踏み切りから98メートル50をマーク。
チームは順位を3つも上げた。

日本代表の横川朝治コーチは「泣いてもあれだけ飛べる。一流だと思う」とたたえた。
ジャンプスーツ 規定違反はなぜ?
なぜ規定違反となってしまったのか。
試合が行われたジャンプ台は、標高1650メートルの地点にある。
1回目のジャンプが行われた午後8時ごろの気温はマイナス10度ほどで、湿度は38パーセント。ジャンプ台付近は、厳しい寒さのうえ、空気は乾燥していた。

日本代表のコーチ陣によると、このジャンプ台は空気が薄く浮力もえにくいため、スーツの大きさが飛距離に影響を与えやすく、メダルを争う強豪が規定ギリギリのスーツを着用するケースが多い。
日本選手の場合は、試合前の筋力トレーニングで筋肉が張った状態にしたうえでスーツを着て出場するが、空気が乾燥していて体内の水分が放出されやすく、寒さで筋肉が縮みやすくなった、と分析していた。
横川コーチは「選手は何もわからないでスタートしている。ちゃんと合わせられなかったスタッフのミスだ」と話した。
異例の展開 海外の反応は
スーツの規定違反であわせて5人が失格になる選手が相次ぐ異例の展開となった今大会。しかもいずれもメダル獲得を争う強豪国の選手たちだった。

【混合団体で失格になった選手】
・日本:高梨沙羅
・オーストリア:ダニエラ イラシュコ・シュトルツ
・ドイツ:カタリナ・アルトハウス
・ノルウェー:アンナ オディーネ・ストロン、シリエ・オップセット
2人のスーツ規定違反があったノルウェーのクリスチャン・メイヤーコーチは怒りをあらわにした。
「この日のスーツの検査は本当におかしい。厳しすぎるし、こんな試合が、オリンピックなんてあり得ない」
今回の事態について、海外メディアもさまざまな反応を見せている。
“このことは、他の多くの選手たち基本的には競技全体、そしておそらくスキージャンプのイメージやルールの適用にも影響を及ぼした”(ドイツの新聞)

規定違反となったオーストリアのシュトルツ選手(地元・オーストリアの新聞に)
「何が起こっているのかわからない。内部ベルトが1センチ大きかったので規定に合わなかったが、そんなことは起こるはずがなかった。今となってはそれにも確信が持てないでいる。ほかのメンバーはみんな素晴らしいジャンプだったので、とても申し訳ない。このオリンピックを本当に楽しみにしていたのに」
一方、スーツをチェックした担当者はー
「まず第一に、個人戦で40人または30人の選手をチェックするのは難しいため、ある割合のみをチェックしている。個人戦で大丈夫だったからといって、別の試合でも大丈夫という保証はない」
「失格になった選手をとても気の毒に思うが、規則は規則であり、すべての人に適用されるもの。それに従わなければ、こうしたことも起こることをあらかじめわかっておくしかない」
異例の事態から見えたもの
ジャンプ競技は、選手たちの技術だけでなく、気象条件やスーツといった道具など、さまざまな要素を重ね合わせて頂点を極めていくスポーツだ。
それだけに各国は大一番に規定ギリギリを攻めるスーツを用意する。
それも戦略の一つだからだ。

佐藤幸椰選手(日本代表)
「こういうことがあっても、その人のせいではないし勝負をした結果。でも、ちょっと、きょうだけは神様を嫌いになった」
オリンピックという4年に1度の舞台で起きた“異例の事態”。
それがたとえ勝負した結果であったとしても、選手たちが積み重ねてきた努力をゼロになるようなことを繰り返してはいけないと切に思った。
