羽生結弦 その“ことば”の先に

希代のフィギュアスケーター、羽生結弦。
周囲を飲み込む存在感と、まばゆいばかりの滑りは、見るものを魅了する。そして、彼自身が常に心の中に問いかける、そのストレートな“ことば”もまた、私たちをひきつける。
2021年12月の全日本選手権でシーズン初戦を迎えた羽生。世界で誰も成し遂げていない4回転半ジャンプ(=クワッドアクセル)を携えて、オリンピックで3連覇を狙うことを明らかにした。
たった1人、自身の滑りと心に向き合いながら、何を思い、ここまでたどりついたのか。そして、この先の道をどのように進むのか。
今シーズンのこれまでの羽生の“ことば”から、その行く先を読み解く。

目次

    「新しい朝が始まった」

    羽生結弦選手

    「自分がこれまで望んだ未来かといわれたら、率直に違うなと思う。でもきっと、ファンの方々やサポートしてくださる方々の中には、やっぱりオリンピックというものが常にあって。で、こうやって、オリンピックの代表に選ばれて、羽生結弦という存在が勝ちにいくということをずっと望んでくださっていたと思うので、そういう意味ではなんか新しい朝が始まったなと思っています」

    全日本選手権を圧倒的な演技で制し、北京オリンピックの代表を勝ち取った翌朝。NHKのインタビューに応じた羽生は、朝日が差し込む窓を見ながら、そう話した。
    表情は、とてもすがすがしく見えた。

    「ひたすら暗闇を歩いている」

    羽生結弦選手

    「4回転半はしっかり決めたい。昨年とは比べ物にならないくらい、跳べるジャンプ。ちゃんと成功させるための4回転半の練習ができている。やっと目指すべき形だったり、やるべきことみたいなものが完全にまとまってきた」

    羽生の大目標は、4回転半ジャンプ。
    結果的にケガで欠場とはなってしまったが、2021年10月、NHK杯前の単独インタビューでも、いの一番に口にしたのは4回転半ジャンプのことだった。
    たった1人、気が遠くなるほどの地道な練習。1日に何回も何回も挑戦し、何回も転ぶ。体への負担は大きく、幾度となく体を痛めてきた。
    先が見えない。精神的に落ち込むこともある。

    羽生結弦選手

    「誰も跳んだことがないんですよ。誰もできる気がしないと言っている。それをできるようにする過程は、ひたすら暗闇を歩いているようなもの」

    「限界と決めつけている自分を越えたい」

    遠く厳しい道のりを、歩き続ける羽生。
    数々の偉業を成し遂げてきたアスリートは、なぜここまで4回転半ジャンプに固執するのか。

    羽生結弦選手

    「自問自答はするが、わからない。ただ、やっぱり人生、何度もあるわけではないし、自分で選んだ道。4回転半とか5回転を跳びたいと言っていた小さい頃の自分がいたり、またそれをずっと繰り返している今の心の中の自分がいる。それにずっと突き動かされていて、自分の体の限界とかフィギュアスケートとしての限界とか、そういうものを感じるたびに勝手に限界と決めつけてしまってる自分を超えたいという気持ちが出てきている」

    幼い頃の大きな夢をかなえるために。
    過去と今の自分自身の間に立ち、ただひたすらに4回転半ジャンプを追い求めている。
    羽生にとって4回転半ジャンプとは何か。

    「早く会いたい存在」

    羽生結弦選手

    「早く会いたい存在。常に後ろ姿が見えていて、霧がかかったところにいるような存在だが、早く会いたい。4回転半ジャンプを跳べた自分に早く出会って、その時の感覚だったり感触だったり、自分の夢がかなった瞬間の達成感だったり、そういったものを早く味わいたい」

    全日本選手権で達成はならなかった。
    しかし、それは“夢”ではなく、より現実的な“目標”になっていることを、私たちは知ることになる。
    そして、それは北京オリンピックに続く道と交差していた。
    だが羽生は、意外にも弱気なことばを口にした。

    「正直、オリンピックがすごくこわい」

    羽生結弦選手

    「ピョンチャンの時は、誰がどんな演技をしたとしても、自分がノーミスすれば100%勝てると思っていた。いま、世界は変わっていて、僕がノーミスしたからといって、絶対に100%勝てるわけではない試合が存在している。全力を尽くしても勝てなかった試合も存在している。正直、すごくオリンピックがこわいんですよね」

    数々の大舞台を経験してきたからこそわかる、その難しさ、怖さ。
    だからこそ、いま、もう1つ大きな武器を追い求める。

    「4回転半は自分の“武器”に」

    羽生結弦選手

    「4回転半ジャンプが、自分の手元にいま、駒としてちょっとでも使えるようになってきた中で、それを仲間に引き入れてあげれれば、勝てる。それさえちゃんと一緒に“天と地と”に組み込めて、今の構成が保てるのであれば、絶対に勝てると思える。だから4回転半は自分の武器にしなきゃいけないし、勝つならやらないといけない」

    全日本選手権 フリーで挑んだ4回転半ジャンプ
    (右から左へ)

    “やりたいジャンプ”は、いま再び世界一に立つために“必要なジャンプ”になったのか。そう問うた。

    羽生結弦選手

    「結局そうですね。強い気持ちで、勝つなら4回転半ジャンプを跳ばないといけないんだぞと思ってやっていかないといけない」

    北京まで1か月余り。
    これだけの時間で、成功していないジャンプを“武器”にまで押し上げられるのか。

    「神様がくれた1か月」

    羽生結弦選手

    「本当は、全日本でおりたかったので。NHK杯の前に、やっと軸が取れるようになって、初めて転ばなくなった。それからケガをして、1か月間でいろんなものを失って、やってきたことが全部失われた。だからそこの1か月の分、神様がくれたのかなって。いいよって。十分苦しんだから、その1か月、もうちょっとプラスアルファで練習しなさいと言ってもらえたのかな」

    この1か月のみずからとの戦いののち、羽生はどんな演技を見せるのだろうか。
    “望んだ未来ではない”と表現した3回目のオリンピック。
    しかし、2021年の東京を舞台に戦うアスリートの姿が羽生の心を動かしていた。

    「苦労や投げ出したいこと アスリートが越えていく姿に何かを感じる」

    羽生結弦選手

    「東京オリンピックでの選手たちの活躍だったり、特殊な環境の中での選手たちの頑張りというのはとても感銘を受けた。スポーツが持つ力、アスリートが持つ力、またその裏にある努力だったり、夢だったり、そういったものは本当にすばらしい。僕自身もそういう機会で何かを感じてもらえるような存在でありたい」

    そして、スポーツが持つ“力”についても、自分なりの思いと考えがある。

    羽生結弦選手

    「スポーツが持つ力というよりも、アスリートの力という方がしっくりくる。アスリート自身がどれだけ努力したか、どれだけ真摯(しんし)にスポーツというものに、競技というものに向き合ってきたか。何となく伝わってきて、そこに共感を得て、そこに自分を重ね合わせるだけじゃなくて、その人の感情が何となく伝わってきたりとかして、感動が生まれる。僕自身、4回転半をやってる時に難しすぎてどうしたらいいのかなとか、本当にできないなと苦労したり、もう何もかも投げ出して逃げ出したくなる時ももちろんあるが、それって、たぶん、社会で生きていらっしゃるすべての方々が、大なり小なり同じような感覚を抱えている。それをそのアスリートが越えていく姿だったり、そこで苦しんでいる姿だったり、そういったものに何かを感じるのかなと思う」

    こんな時代だからこそ、アスリートのひたむきな姿には、訴えかけるものがある。だからこそ羽生は、つらい思いや苦しい気持ちを打ち明けることをいとわない。
    いつも強いだけではない。人間らしい自分。
    試合で見せる凛とした姿だけが自分ではないことを、自分がいちばんよく知っている。

    「達成感をえたいがために」

    羽生結弦選手

    「楽しくない時もたくさんありますよ。やっぱり負けた試合は今でも見たくないですし、見ないですし、楽しくない。もちろん反省はするけど、でもやっぱり勝ったり、自分の目標が達成できたり、自分がイメージする演技ができたりした時ではないと楽しくはない。その達成感をえたいがために、毎日練習を頑張れている」

    4回転半ジャンプ、オリンピック3連覇、そして自分が表現したい演技。
    自分が目指すべきスケーターの理想像は何なのか。

    羽生結弦選手

    「心はシーズンごと、その試合ごとに変化しうる。例えばピョンチャン。勝つ事がすべてだとあの時は思っていた。絶対に自分が進化し続けるんだという、その進化への気持ち、向上心をすごく大切にしている時期もあった。自分の今までのスケート人生を振り返っても、新しいジャンプを跳びたい、早く回転数を増やしたい、それが跳べた時がすごく楽しいという部分もあったり。逆に表現したり、自分がプログラムを演じている時にすべての方々が自分の事を見て下さって、その方々に何か感じてもらえたらうれしいという自分もいたり。さまざまな自分がいる」

    「ただ、自分の理想を追い求めるとともに自分だけの価値観に固まってしまうのではなくて、本当に違う価値観を持った誰かが、自分のスケートやジャンプやいろんな技術的なものを見た時に、やっぱりうまいなって。感動しなくてもいいので、これが羽生結弦だなと思ってもらえるような演技を目指したい」

    羽生が進む道は続く。
    その先に何があるのか、まだ羽生すら想像のつかない未知のゴールに向かって、ひたすらまっすぐに歩みを進める。

    (スポーツニュース部 記者 田谷亮平)

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