オウム真理教事件死刑執行

13人全員の執行終了

オウム真理教の一連の事件で教団の元代表 麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人は平成30年7月6日に、ほかの6人は26日に刑が執行された。教団に対する強制捜査から23年余りがたって死刑囚全員に刑が執行された。

オウム真理教は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭った。

平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、首謀者とされた松本元死刑囚など13人の死刑が確定した。

一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化したが、平成30年1月に地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなった。

その後、一部の死刑囚は東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ移送され、平成30年7月6日、元代表 麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人に刑が執行された。

ほかの6人は、東京拘置所、名古屋拘置所、仙台拘置支所に収容されていたが、7月26日午前、刑が執行された。

教団に対する強制捜査から23年余りがたち、教団の死刑囚全員に刑が執行された。

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13人の元死刑囚

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オウム真理教とは

オウム真理教は、昭和59年に麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚が東京で開いたヨガと宗教のサークル、「オウム神仙の会」から始まった。

昭和62年には「オウム真理教」と名乗るようになり、神秘体験などを通じて信者を急速に増やしていき、平成元年に東京都から宗教法人として認められた。

教団は信者の財産をお布施として納めて出家するよう強く勧め、施設で共同生活を送らせていたが、信者の親との間でトラブルが相次ぐようになった。

平成元年11月、親たちの相談に応じていた坂本堤弁護士の一家の行方がわからなくなり、関与が疑われたが、教団は「関係ない」と主張した。

平成2年には松本元死刑囚らが衆議院選挙に立候補したが惨敗し、この直後からハルマゲドン、最終戦争が近づいていると強調し、信者の危機感をあおっていった。

その後、山梨県の旧上九一色村のサティアンと呼ばれる施設で急速に武装化を進め、ひそかにサリンを製造した。

平成6年6月、最初の無差別殺人となる松本サリン事件を起こし、8人が死亡、140人以上が被害を受けた。

平成7年2月には、東京の公証役場の事務長だった假谷清志さん(当時68)を拉致する事件を起こし、教団への捜査が本格化した。

そして強制捜査が迫った平成7年の3月20日、地下鉄サリン事件を起こした。13人が死亡、負傷者はおよそ6300人にのぼる未曽有のテロ事件だった。

その2日後、全国の教団施設に一斉に警察の強制捜査が入った。

2か月後、松本元死刑囚は教団施設の隠し部屋に潜んでいるところを逮捕された。幹部らも次々と逮捕され、教団による一連の事件は終わったが、一部の信者は逃亡を続けた。

しかし平成23年にオウム真理教による一連の事件の裁判がすべて終わると、特別手配されていた3人のうち、平田信受刑者が警視庁に出頭した。

平田受刑者は、逃亡中、14年余りにわたって東大阪市のマンションで元信者の女性にかくまわれ、ほとんど外に出ずに生活していた。

出頭した理由については、裁判の中で、「松本元死刑囚以外の死刑囚に対する執行はかんべんしてほしいという気持ちがあり、自分が出頭すれば執行が延びると思った」と話した。

その出頭の半年後、17年にわたって逃亡し、教団とは無関係の男性と東京や神奈川県で暮らしていた女性の元信者が通報を受けて逮捕された。

さらに高橋克也受刑者もその12日後に逮捕された。建設会社で働いていた高橋受刑者は女性の元信者の逮捕を知って社員寮から姿を消したが、防犯カメラに映った写真が次々に公開されて追い詰められ、東京の蒲田駅近くで逮捕された。コインロッカーに入れていたバッグの中からは松本元死刑囚の本や写真、説法が録音されたカセットテープが見つかった。

特別手配されていた3人が逮捕され、警察の強制捜査から17年余りかかって一連の事件の捜査が終わった。

平田受刑者と高橋受刑者はその後、有罪が確定し、女性の元信者は無罪が確定している。

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オウム真理教と事件

  • 1984(昭和59)年

    オウム真理教の前身「オウム神仙の会」開設

  • 1987(昭和62)年

    坂本弁護士一家殺害事件

  • 1994(平成 6)年

    松本サリン事件

  • 1995(平成 7)年

    地下鉄サリン事件 警察が教団施設を強制捜査

  • 2004(平成17)年

    松本元死刑囚に死刑判決

  • 2018(平成30)年

    オウム真理教関連事件 全員の裁判終結 死刑判決は13人

教団は分裂後も活発に活動

オウム真理教は、松本智津夫元死刑囚が平成7年に逮捕された後、「アレフ」と名前を変えた。

その後、平成20年に、「アレフ」のセミナーを撮影したとみられる動画を公安調査庁が入手したところ、オウム真理教を名乗っていたころと同じような修行の様子が写っていた。動画では、信者とみられる人たちが、イヤホンや頭に装着する器具をつけ、松本元死刑囚の顔写真を前に、説法の音声にあわせて声を出して読み上げたり、立った状態で両手を頭上に合わせ、ひれ伏す動作を繰り返す「立位礼拝」と呼ばれる修行をしたりしている。

公安調査庁によると、こうした修行は今も行われているとみられるが、同じ動作を繰り返すことで思考が鈍るため、教団からマインドコントロールを受けやすい状態になるおそれがあるとしている。

また、公安調査庁が、平成30年3月に札幌市にある国内最大規模の拠点施設で立ち入り検査を行ったところ、松本元死刑囚の写真が祭壇に飾られていたほか、著書が書棚に並べられていることを確認したということだ。公安調査庁は、今も「アレフ」が松本元死刑囚に帰依し、かつての危険な体質を維持していることがうかがえるとしている。

「アレフ」は活発な勧誘活動を行っていて、公安調査庁によると、信者らは、教団の名前を隠して書店などで声をかけたり、SNSやビラを使ってヨガや占いのイベントに誘ったりしているということだ。そして、相手との関係を深める中で、地下鉄サリン事件に教団が関与したことを否定し、「すべて陰謀だ」などと言って教団への抵抗感を薄め、勧誘しているということだ。札幌市の別の施設では、子ども向けの教材として松本元死刑囚を「そんし」や「グル」と呼ぶカルタも見つかったということだ。

公安調査庁によると、「アレフ」がことし4月から5月にかけて埼玉県や北海道などの施設で開いた「集中セミナー」にはおよそ520人が集まり、参加費として2700万円以上の資金を獲得したとみられるということだ。

一方で、教団の内部では、信者どうしの対立が深まったとみられ、平成19年に元幹部の上祐史浩代表が一部の信者と共に新しい団体「ひかりの輪」を設立した。

「ひかりの輪」は、松本元死刑囚からの脱却を掲げている。これに対して、公安調査庁は、依然として影響力が残っているとみている。

さらに、最近になって「アレフ」から分派したとみられる「山田らの集団」が金沢市などを拠点に活動しているものとみられる。

公安調査庁によると、「アレフ」など3つの団体は、今も全国15の都道府県に34の施設を持ち、セミナーを開催するなど積極的な勧誘を続けていて、国内の信者の数は合わせておよそ1650人だということだ。

公安審査委員会は、再び事件を起こす危険性があるとして、平成30年1月、3つの団体に対して、立ち入り検査や資産の報告などを義務づける観察処分の期間を3年間更新することを決めた。

このうち「ひかりの輪」については、去年、東京地方裁判所が、前回・3年前の観察処分の更新を取り消す判決を言い渡したため、国が控訴して争っている。

公安調査庁は3つの団体に対する立ち入り検査を続けていて、死刑の執行を契機として信者が動揺したり、松本元死刑囚の神格化が進むことで団体の結束が強まったりするなど様々な事態が想定されるとして、警戒している。

上祐史浩代表

オウム真理教の元幹部で、信者同士の対立から新たに「ひかりの輪」を設立した

「オウム真理教が起こした犯罪については、私も当時、重大な責任があったので、被害者におわび申し上げたい。賠償に努めるとともに、事件の再発防止に努めていきたい」
「(松本元死刑囚については)10年前に団体を脱会しているので格段の思いはない。脱会してからは松本元死刑囚を批判してきたので、微妙な緊張感があったが、それが落ち着くかと、率直に思います」(記者会見)

アレフ 勧誘の実態

オウム真理教から名前を変えた「アレフ」は、若い世代を中心にいまも新たな信者を増やしている。

札幌市の市街地にある4階建ての建物。2年ほど前から「アレフ」が修行やセミナーの会場として利用している。セミナーが開かれる時には、若い女性や子どもを連れた女性が出入りしている。入口には防犯カメラが設置され、建物に看板などはない。窓にはすべて目張りがされ、中の様子をうかがうことはできない。近くの住民は「中で何をやっているのかまったくわからず不安だ」と話していた。

「アレフ」は、どのように信者を増やしているのか。NHKは、勧誘が活発に行われている札幌市の街なかで「社会人サークルに参加しないか」と声をかけてきた信者から詳しい話を聞くことができた。

待ち合わせたのは札幌市内の喫茶店。サークルを主催しているという2人組の女性信者は、ヨガや占いなどの活動について説明した。サークルの会員は女性を中心におよそ100人、週末や平日の夜に会員の家に集まって仏教の勉強やヨガを行っているということだ。

女性信者は「訓練していくことで精神性を高めていくという考え方です。人間関係が180度変わります。みんな自分を見つめる機会を設けています」などと話した。1時間半に及ぶ説明で、「アレフ」の名前などは一切出なかった。

「アレフ」の施設から見つかった勧誘マニュアルには、勧誘する相手に信者が1人から2人で寄り添うことや、お茶会や勉強会、それにイベントの順に参加してもらい、最後に「アレフ」を紹介して入信させるといった勧誘の流れが記載されていた。

実際に信者から勧誘を受けて入信を迫られた女性にも取材することができた。最初、女性も「アレフ」と知らずにヨガ教室に通っていましたが、しばらくして今度は「お楽しみ会」に参加しないかと誘われたということだ。

指定された会場は、札幌市内にあるアレフの施設だった。そこで初めて相手から「アレフ」の信者と告白され、松本元死刑囚のDVDや本を見せられたという。

この女性は「入会の書類を出されて『入りませんか?』という話になりました。『アレフ』と初めから聞いていたら、話を聞きたくないと思うので、卑劣だと思います」と話していた。

「アレフ」 今も松本元死刑囚の教えを守る

「アレフ」が、死刑が執行された麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚の教えを忠実に守る形で今も教義を広めていることがNHKが入手した資料でわかった。専門家は「事件への反省や犠牲者への謝罪の態度が見られない」と指摘している。

「アレフ」について、公安調査庁は、今も松本元死刑囚に帰依し、かつての危険な体質を維持していることがうかがえるとして、関連施設に立ち入り検査を行うなど警戒を続けている。

こうした中、NHKは関係者を通じて数年前に「アレフ」が会員に渡した教本3冊とCD2枚を入手した。

このうち、「新会員の願いをかなえる宝石の言葉」という教本は、「麻原彰晃です。さあ、あなたはいよいよ、入会なさいました」という書き出しで始まる。

さらに「マスコミを中心として、大いなる悪魔がこの世の中を支配しているのである。したがって、悪魔と対決し、悪魔を粉砕し、そしてわたしは必ず、自己の最終的な悟り・解脱を得るんだ」などと社会と敵対するような姿勢をとるよう求めている。

また、「マントラ」と呼ばれる呪文を最低30万回は唱えるよう求めているほか、「修行するぞ」、「救済するぞ」などということばが繰り返し書かれ、松本元死刑囚の教えに忠実に従うよう求めている。

一連の事件のあと、オウム真理教を脱会し、今も「アレフ」の信者と交流があるという元信者の男性は「今も松本元死刑囚への信仰を続けていて、基本的な教義は変わっていない」と話している。

これらの教本について、心理学者でオウム真理教の実態について研究している立正大学の西田公昭教授は「明らかに教祖を神格化しようとしており、麻原彰晃を信じなさいと言っているに等しい。教団の教えはオウム真理教のころと全く変わっておらず、事件への反省や犠牲者への謝罪の態度が見られない」と指摘している。

NHKは教本の内容について「アレフ」の広報に取材を申し込んだが、これまでに回答はなかった。

公安調査庁一斉立ち入り 危険な兆候は見当たらず

麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら教団の元幹部7人の死刑が執行されたことを受けて、公安調査庁は、執行された今月6日から3日間にわたって「アレフ」など14の都道府県にある29か所の施設に、およそ370人の態勢で一斉に立ち入り検査を行った。

その結果、松本元死刑囚の写真を祭壇に飾っている施設もあったなど松本元死刑囚に帰依し、かつての危険な体質を維持している状況が伺えるとしているが、執行前と大きな変化はなく、今のところ、危険な兆候は見当たらなかったということだ。

公安調査庁は引き続き、信者が動揺したり、松本死刑囚の神格化が進むことで団体の結束が強まったりするなど、さまざまな事態が想定されるとして警戒を続けている。

アレフ居住施設内を独自に撮影

「アレフ」の信者が居住する施設内で、公安調査庁が立ち入り検査をしている様子をNHKは独自に撮影した。麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら教団の元幹部7人の死刑が執行されたことを受けて、その当日に行われたものだ。

この施設には、数人の信者が共同で生活しているということで、調査官は台所の棚や和室などを見て回った。

施設にいた信者の1人は「この施設は宗教活動を行う場所ではなく、信者が生活する住居だ。今回の死刑執行を受け、改めて被害者や遺族の方に深くおわび申し上げたい」などと話していた。

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害者・遺族の声

坂本さちよさん

事件で息子の坂本堤弁護士の一家3人を失う

「私も麻原は死刑になるべき人だとは思うけれど、他方では、死刑ということであっても人の命を奪うことは嫌だなあという気持ちもあります。事件が起きてから今まで、長い時間だったなあと思います。堤、都子さん、龍彦には『終わったね。安らかにね』と言ってあげたいです」(坂本弁護士の同僚だった弁護士に電話で語った言葉)(7月6日)

高橋シズヱさん

地下鉄サリン事件で駅員の夫を亡くし被害者の会代表を務めている

「13人の死刑が執行されて刑事司法としては終わったことになるが、私は司法関係者ではないので、事件が終わったという感覚はない。後遺症を抱えている人もいて被害はまだ続いていて、つらいなと思う」

「(豊田死刑囚の)ご両親と話をしたり、死刑囚本人から手紙をもらったりしていたので、ほかの死刑囚よりも思うことがあり、面会して話したかった。裁判で多くの被告を見てきたが、豊田死刑囚がいちばん被害者遺族のことを考えていて、『裁判での豊田死刑囚の態度に怒りはない』ということを伝えたかった」(7月26日記者会見)

「最近、体調が良くなくて、朝起きられずにいたのですが、死刑執行を知って、そういうことも忘れてしまうくらい緊張しました。高橋克也受刑者の裁判が終わり、死刑が執行されるということは分かっていたので『その時が来たなと』それだけしか思いはありません。ただ、夫や私の両親は亡くなっているので、執行のニュースを聞くことができなかったのは残念だっただろうと思っています」

「(1日に7人の死刑執行について)松本元死刑囚の執行は当然だと思っていますが、そのあと、死刑が執行された6人の名前を聞いたときは、動悸がしました。今後のテロ対策や防止ということで、もっと彼らにはいろいろなことを話してほしかった。それができなくなったという、心残りがあります」

「こんなに長く待たされ、もう何も話すことはないだろうと思っていましたが、人生の3分の1をオウム真理教によって狂わされたと考えると、辛い、悔しい思いです。いろいろな人達がいろいろな思いでこの日を待っていたのだろうと思うと、これは1つの区切りだというふうに思います」(都内で記者会見)(7月6日)

假谷実さん

一連の事件で父親を亡くす

「先日、死刑囚が移送されたという情報があったので、いつ刑が執行されるかを気にしていた。松本元死刑囚については表現をする気持ちがなく、彼がいたとしてもこれ以上、真実の究明は不可能だと思っていたし、死刑が確定している者を生かし続ける意味をなかなか感じられずにいた。父も法律に携わっていた人なので刑が法に基づいて適切に執行されたと感じていると思う」(7月6日)

河野義行さん

「松本サリン事件」で当初、事件への関与を疑われ、妻も犠牲になった

「オウム事件そのものの真相が明らかになっておらず、なぜここまで早急に続けて執行しなければならないのか、その経緯を国が説明すべきではないか」

「1か月間に13人すべての死刑が執行されたことは理解できない。麻原の精神状態についても何もわからない状況で執行が行われ、通常であればあり得ない。麻原が精神的な病気を装っているだけだったということがどこまで立証できているのか」

「死刑囚は長い間、自由を奪われていた。死刑の執行をもって罪を償ったのだからこれで普通の人になれたのだと思う。私としては冥福を祈るしかない。一方で、死刑囚の遺族の人たちは辛い思いをされていると思う。そっとしておいてあげたい」

「事件は起きてしまったことであり、もう元には戻れない。私の中では10年前に妻が亡くなった時点で事件は終わったが、被害者の中には今も苦しんでいる人がいて、そういう意味で事件は終わっておらず真相もわからないままだ」(7月26日)

大山やいさん

事件で娘の坂本弁護士の妻、都子さんを亡くす

「毎日、線香をあげていますが、事件のことを思うとつらい気持ちを思い出して涙が出てきます。娘が何か悪いことをしたわけではないので悔しい気持ちは変わりません」と話しています。(7月6日)

安元雅子さん

松本サリン事件で信州大学医学部に通っていた長女の三井さん(当時29)を亡くす

「けさのニュースで死刑執行を知りましたが、すごく動揺して、事件当時のことを思い出し、号泣しました。いずれ死刑が執行されるとは分かっていましたが、事件の全容が解明されなくなり、喪失感も感じました。なぜ娘が死ななければならなかったのか、事件の全容が解明されず、娘に対してごめんねという気持ちでいっぱいです」
三井さんは、別の大学を出た後、信州大学の医学部に入り直し、当時は6年生で、半年後には父親と同じ医師としての道を歩み始めるはずだった。(7月6日)

小林房枝さん

東京の電機メーカーに勤務し長期出張で松本市に滞在していた次男の豊さん(当時23)を松本サリン事件で亡くした

「全員の刑が執行されたことを息子の墓前に報告します。よどんでいた川が流れたような感覚はありますが、息子が帰ってくることはなくうれしさやこれで終わったという思いはまったくありません。事件からこれまでに息子の生きた23年よりも長い24年という年月が流れましたが、2度とこのような事件を起こさせてはいけないので、決して風化させることのないよう伝え続けていきたい」(7月26日)

「気持ちは少し軽くなりましたが、いくら死刑が執行されても息子は帰ってきません。複雑な思いです。息子は23歳で亡くなっているのに、それより長い24年という年月がかかりました。執行まで本当に長かったです」

房枝さんは6日朝、死刑執行の知らせを聞いた。
「いちばんに電話をくれた同じ松本サリン事件の遺族が、慌てた様子で、『とにかくテレビをつけて、死刑執行だよ』と教えてくれました。その後、7人の死刑が執行されたということを知りました。一度に執行されるとは思っていなかったので、驚いています」

「(今回は対象にならなかった6人への死刑囚について)できることなら私自身が立ち会いたいです。早く執行してほしいという思いと、いつ執行されるか分からない苦しみを存分に味わってほしいという思いがあります。それが亡くなった人たちへのせめてもの償いだと思います」

一方で、松本元死刑囚の死刑執行によって懸念することもあるという。
「麻原が神聖化されたり、あがめ奉られたりするような状況になれば、若い人が興味をもち、信者が増えるようなことになるのではないかと、とても心配です」(7月6日)

永岡弘行さん

信者の親などでつくる「オウム真理教家族の会」の会長として教団と対じし、信者の脱会を支援してきた 平成7年1月には信者に猛毒のVXをかけられて一時意識不明になり、今でも右半身にしびれを感じる後遺症があるという

「麻原以外の死刑囚はマインドコントロールされて事件に関わってしまった人たちであり、自分は親のような気持ちで接してきた。それなのに今回死刑が執行されたことに腹立たしさを感じている」と話していました。(7月26日)

「私は麻原以外の死刑囚については親になった気持ちで接してきた。親の気持ちを考えれば、つらい。それだけです」

また、5月のNHKのインタビューで以下のように語っていた。
「(多くの若者が教団に入信したことについて)世の中が恵まれていると自分たちに何かできることはないかとまじめに考える若者が多くなります。オウム真理教は『君たちの力で世の中をなんとかしようじゃないか』という教えを広め、若い人たちが走ってしまいました」

また、死刑の執行については、今も教団に残る信者の間で麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚に対する信仰心が高まることを懸念しているという。
「死刑が執行されれば教団は松本元死刑囚が天界に昇るとして、信仰心をあおると思います。より信仰心を高めて仲間を増やすのが松本元死刑囚の意向だと言って利用するのだと思います」(7月6日)

岩田キヨエさん

地下鉄サリン事件で長女を亡くす

「1つ心が安らぎました。ずっと、どうして娘が殺されなければならなかったのかと思ってきました。お墓参りしたときに報告したいと思います」(7月6日)

佐藤文俊さん

「松本サリン事件」の現場近くに住んでいて、弟が被害に遭った

「事件当日のことはいまも忘れられずに鮮明に覚えています。あの日は、とても暑くなった日で、周辺の家々はみんな窓を開けていて、多くの方が犠牲になりました。死刑執行は、『やっと』という気持ちもあるが、真相がわからなくなってしまった部分もあり、しっかり調べてほしかったという気持ちもあります」(7月6日)

伊藤洋子さん

松本サリン事件で長男の友視さん(当時26)を亡くした

「松本元死刑囚には、事実を語らないまでも謝罪のひと言だけでも言ってほしかったです。事件から24年がたち、本当に長かったです。きょうのことは落ち着いてからゆっくり墓前に報告したいと思っています。また、事件を知らない若い人たちが教団に入信していることについては、本当に踏みとどまってほしいと願っています」(7月6日)

中村裕二弁護士

教団に殺害された坂本堤弁護士と同期 「オウム真理教犯罪被害者支援機構」の副理事長を務める

「わずかな期間に13人の死刑囚全員に刑が執行されることは想定していなかった。これだけ多くの死刑執行は国際的にも批判があるかもしれないし、日本の死刑制度について議論する契機になるのではないか」(7月26日)

「坂本弁護士とは、一緒に司法修習を過ごしたが、とても優秀な弁護士だった。家族全員が殺されてしまい、事件の首謀者である松本元死刑囚については、死刑で罪を償ってもらうしかないと思う」

「(オウム真理教の後継団体について)松本元死刑囚を信仰し、あがめ奉って、修行している人たちがいるが、現実を直視し、早く集団から抜けていただきたい。そうしないと、また同じことがくり返される危険がある。1200人を超える事件の被害者のために、「アレフ」と裁判を続けているが、アレフは賠償責任を果たすと言いながら、遅々として賠償が進まない」

「(1日に7人の死刑が執行について)正直、驚いた。死刑廃止に向かっている国際社会の中で大きな批判を生むかもしれない。執行の順番についても理由をぜひ知りたい」(7月6日)

佐藤一雄さん

地下鉄サリン事件の際、日比谷線で被害に遭い、今も後遺症の頭痛に悩まされている

「死刑執行の一報を聞いて、ようやくか、と思った。私にとっては遅すぎたという印象だ。オウム真理教と無関係の私がなぜ被害に遭わないといけなかったかを知るために裁判にも通ったが、松本元死刑囚からその真相を聞きたかった。これでひとつの区切りにはなると思うが、こうした事件があったという事実は忘れないでほしい」(7月6日)

木村晋介弁護士

NPO法人「リカバリー・サポート・センター」の理事長で地下鉄サリン事件などの被害者の体や心の支援を続けている

「来るべき時が来たと受け止めている。しかし、死刑囚にも家族がいることを考えると何とも言えない気持ちになる。広瀬死刑囚の母親に会った時、母親は『小さいころから利発で優しい子だった』と話していて、今回死刑という話を聞くと母親の顔が思い浮かぶ」

「全員の死刑が執行されてもオウム事件は終わりではない。事件から23年がたった今も体や心の不調に苦しむ被害者は少なくない。死刑執行のニュースでさらに気持ちがざわつく方もいるので、今後も被害者の支援を続けていきたい」(7月26日)

「被害者のほとんどは死刑執行を望んでいたので、ひとつの区切りがついたと感じていると思う。ただ現在も体がだるいとか目が見えづらいといった不調を訴える被害者は少なくなく、死刑が執行されたことで事件が終わったとは思ってほしくないし、事件が風化してほしくない」(7月6日)

小島周一弁護士

事件当時 坂本堤弁護士と同じ法律事務所に所属 坂本弁護士を捜す活動に取り組んだ

「麻原に語らせる努力を最後まで続けてほしかった。オウム真理教という教団が、なぜ生まれてしまったのか、膨張していったのか、真面目に世の中のことを考えようと思っていた若者がなぜ入っていったのかということを社会としてきちんと振り返って検証することはできていないと思う」

「松本元死刑囚は、その後も一切、事件を語ることなく、謝罪の言葉1つ述べることないままに、死刑が執行された。事件の核心部分が闇に閉ざされたままとなってしまったことを改めて残念に思う。坂本弁護士一家事件を決して忘れることなく、弁護士業務への妨害に屈することなく、今後も、坂本弁護士の志を受け継いでゆく決意である」(法律事務所のコメント)(7月6日)

者・専門家の声

江川紹子さん(ジャーナリスト)

オウム真理教による一連の事件を発生当初から取材

「とうとうこういう日が来てしまったという感じだ。死刑囚だった人たちはオウム事件の生き証人でもあったと思う。専門家が話を聞いて、この事件を研究し尽くして、そこからいろいろなものを学んでいくことが必要だったと思う」

「事件に関わった多くの人たちは本当に真面目な若者たちだった。それが人生の意味や生きがい、あるいは自分の居場所を求めて、オウムという巨大なありじごくみたいなところにはまり込んで抜けられず、結局、自分の命も縮めることになってしまった。本当にカルトの怖さを体現し尽くしたような問題だった。きょう執行された人も含めて、結局は、オウムによって命を奪われたということだと思う」

「大きな区切りではあるが、これでこの事件が終わったとは思わない。今も苦しんでいる被害者が大勢いるし、事件から学ぶべきことは学んでいかなくてはいけない」(7月26日)

「オウムが犯罪行為を活発化させていった時代は、バブルが膨らんでしぼんでいく過程と大体一致する。日本全国に札束が飛び交って、価値観がおかしくなっていた時代とも言える。本当の幸せとは何か、金ではなく、もっと違うものを探し求める人たちがたまたま麻原の本を手に取り、のめり込んでしまうケースがかなりあった」

「多くの若者が生きがいや居場所を探す中でオウム真理教に出会ってしまった。人間関係に悩み、逃げ場を探して行き着いてしまった人もいた。時代を超えて人がカルトに引き寄せられる動機は存在すると思う。オウム事件は大きな区切りを迎えるかもしれないが、過去に変な人たちが起こした変な事件だということで終わらせるのではなく、私たちが巻き込まれないようにするにはどうしたらいいのかしっかりと分析する必要がある」(7月6日)

滝本太郎 弁護士

信者の脱会を支援する活動を続けみずからも信者から襲撃を受けた経験がある

「松本智津夫元死刑囚の死刑執行は当たり前だが、ほかの12人については非常に無益だ。あの事件は松本元死刑囚の指示・命令に従って起きたもので、ほかの12人はマインドコントロールによる集団的な拘束力によって実行していた。12人は生かしておいて、その後の気持ちの変化を話してもらうことが同様の事件の再発防止やオウムを潰すことに役立つはずだった」

「特に若い人はオウム事件は過去のものだと考え、風化が進んでいくだろう。同じことが起きないように、どのような事件だったかを繰り返し伝えていくことが必要だ」(7月26日)

「松本元死刑囚の刑が執行されたと聞いてようやくこの時が来たと感じたが、ほかに6人が執行されたと聞いてぼう然とした。彼らは松本元死刑囚の手足でしかなく、これから事件のことを何度も振り返ってなぜ自分が教団にはまってしまったのか説明してもらうという有益な仕事をしてもらいたかった」

「(教団幹部らによって車にサリンをまかれたことについて)私を殺そうとした人に事件後に会ってみたらいい人だった。いい人がいいことをするつもりで犯罪に手を染めたという前例のない事件だったということをこれからも伝えていきたい。事件を風化させないためにも松本元死刑囚以外は刑を執行してはならなかったのに、返す返すも残念だ」(7月6日)

宇都宮健児 弁護士

「オウム真理教犯罪被害者支援機構」の理事長を務める 支援機構は「アレフ」に対して未払いとなっている賠償金の支払いを求める訴えを起こしている

「死刑囚の中には、このような事件が再び起きることのないよう一連の事件がなぜ起きたのか社会に向けて語ってもよいという人も出てきていたので、1度に7人の死刑を執行したことについてはやや疑問が残る。この点について法務省に説明してほしい」

「死刑執行によって事件が風化していくことがないようにすることが重要で、オウム真理教の後継団体には事件にきちんと向き合って高齢化が進む被害者や遺族に一刻も早く賠償責任を果たしてもらいたい。社会全体としても、カルト教団のような団体が広がらないよう対策を強化する必要がある」(7月6日)

吉岡忍さん(ノンフィクション作家)

オウム真理教の信者や裁判などを長年取材してきた

「なぜ、あの時代にオウムというカルト集団が生まれたのかという意味を考えなければいけない事件だった。あのような事件を二度と繰り返さないためにはなぜ彼らがそうしたのか動機を知る必要があるが、裁判ではその部分があいまいなまま7人の一斉の死刑執行によって終わってしまったという印象だ」

「バブル経済崩壊後の日本社会が若い人たちにそれなりのきちんとした生きがいを与えられなかったのが事件の背景にあると考えている。社会の行く先が見えないのは今も同じで、若い人は同じように迷っているようにも思う。事件から学ぶことは多い」

「オウム事件の中心になった人たちは現在の社会の中心となっている世代と重なる。特殊な宗教の信者が起こした特殊な事件だと決めつけず、同じ世代の若者がみずからの正義を示すために無差別殺人に及んだ理由を問い続けなければ、再びこうした事件を生み出してしまうかもしれない。死刑の執行で一連の事件が一段落したと考えるのではなく、『なぜ』を問い続けることが求められていると思う」(7月6日)

下鉄サリン事件
から25年