幻想のままにしたくない 絶対に自分でつかみとる

羽生結弦

フィギュアスケート

前回、演技を披露した試合から300日以上がたっていた。それでもオリンピックを2回制した26歳の王者は、氷上で輝いた。2020年12月の全日本選手権。羽生結弦は圧倒的な演技を見せ、5年ぶりの優勝を手にした。
今シーズン、羽生は新型コロナウイルスの影響で、拠点としていたカナダで練習ができず、コーチも来日できない中、リンクの上で1人、もがいていた。

「練習の間に足が痛くなったりとか、精神的に悩んで苦しい日々だったりももちろんあった。コーチ不在とはいえ、たくさんの人たちに支えられたが、1人で考えて1人でやってということがものすごく多くて大変だった」

自宅と練習場のアイスリンクを往復するだけの生活。王者は1人、苦しい時間を過ごした。

「自分のやっていることが、すごくむだに思える時期があった。いろいろなトレーニングとか、練習の方法とか。皆さんの期待に応えられるのか。自分で振り付けを考え、自分で自分をプロデュースしなくてはいけないプレッシャー。そもそも4回転アクセルは跳べるのか。みんなうまくなっていて、自分だけ取り残されているというか。1人だけ、ただただ暗闇の底に落ちていくような感覚があった。1人でやるのはもう嫌だ、疲れたなって」

一時、得意のジャンプも満足に跳べなくなった。だが、そこから立ち上がらせてくれたのは、忘れかけていたスケートへの思いだったという。

「もうやめようと思ったけれど、“春よ、来い”と“ロシアより愛を込めて”というプログラムを両方やったときに、やっぱりスケートが好きだなと思った。スケートでないとすべての感情を出し切ることができないなと。もうちょっと自分のためにわがままになって、皆さんのためだけではなくて、自分のためにも 競技を続けてもいいのかなという気持ちになった」

そして、その環境をプラスに捉えてレベルアップにつながった実感も持っている。

「外的な要因ではなくて自分の原因のなかで、どういうふうに調子が悪くなっていくのか。どのように調子が良くなっていくのか。そういうことを経験するいい機会になった」

12月の全日本選手権で優勝を果たした後、大会に出場した意味を羽生らしい表現で語った。

「いまのコロナ禍という暗い世の中で、自分自身がつかみたい光に手を伸ばした感じだった」

新型コロナウイルスの影響が続く今の社会状況を踏まえた思いも述べた。
「暗いトンネルの中に絶対いつかは光がさすと思う」
「僕はスケートをできていること自体、本当に恵まれている。自分の演技を見てその時だけでもいいし、演技が終わって1秒でもいいので、少しでも生きる活力になったらいいなと思う」

羽生の最終目標は何か。こう問われると、まっすぐに前を見て、言った。

「とにかく4回転アクセルを試合でおりたい。4回転アクセルの難しさや、そもそもそこまでたどり着けるのか、夢物語なんじゃないかという感覚があったことを考えると、本当にそれを最終目標にしてもいいのかなという感覚もなくはない。ただ、アクセルをやらないのであれば、いまスケートを頑張る理由、この世の中で自分がスケートをやりたいという気持ちを押し通してまでトレーニングをさせてもらうという理由がなくなる」

そして、力強く語った。

「とても険しい壁に向かって突き進んでいて、ハードルがすごく高い。手すりも何もないのではと思うくらい高い壁。けれど、それを幻想のままにしたくない。絶対に自分の手でつかみ取ってその先の壁がない壁の先を見たい」

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