その「壁」、必要ですか?

就任から2年を迎え、折り返し点を過ぎたアメリカのトランプ大統領。しかし、野党・民主党との対立で、去年12月から続いた政府機関の一部閉鎖は、過去最長の事態となりました。対立の原因はトランプ大統領が強い執着を見せる「壁」です。「壁」をめぐる攻防の背景を取材しました。

自腹ファストフードで異例のもてなし

ホワイトハウスのダイニングルーム。豪華な部屋のテーブルの上に所狭しと並べられたのは…ハンバーガー300個。大量のフライドポテトやピザも。 1月14日、トランプ大統領は、ホワイトハウスにアメリカンフットボールの大学生選手らを招き、自腹で購入した大量のファストフードでもてなしました。

政府機関の一部閉鎖が続くなか、ホワイトハウスでも料理人らが自宅待機しています。用意された食べ物は、アメリカのチェーン店のものばかり。トランプ大統領は「すべてわれわれの好物だ。アメリカ製だからね」と笑いをとっていました。 そのうえで、「国境警備を強化しなければならない」と述べて、国境に壁を作ることの必要性を強調しました。

なぜ「壁」が必要なのか

2015年6月。トランプ氏は、翌年の大統領選挙に向けて立候補を表明しました。実は、このときから、壁の建設に意欲を示していました。

「すばらしい壁を作るよ。私よりうまく壁を作れる人はいない。しかも、私は安く作る。メキシコに建設費を払わせるんだ」

もともと「壁」にはそれほど関心がなかったといわれるトランプ氏。側近からの提案で、集会の演説で「壁」の話をしたところ、支持者の反応がとてもよかったことから、気に入ったとも言われています。 しかし、反発もある壁の建設に、なぜ、執着し続けるのか?

テキサス州 マッカレン

南部テキサス州のメキシコとの国境にある人口14万のマッカレンという町に向かいました。 国境地帯を案内してくれたのは、このまちに60年以上暮らしているオーサル・ブランドさん(65)。国境を流れる川から飲料用水をひくビジネスの責任者を務めています。 川の対岸がメキシコ。川幅は数メートルから10メートルほどです。「川があれば、わざわざ壁を作る必要はないのでは?」と尋ねると、ムッとした様子でこう返されました。

オーサル・ブランドさん

「以前は、この川で子どもたちを泳がせたが、いまは誰もやらない。1日に数百人の不法移民が渡ってきたこともある。メキシコから麻薬カルテルも入って来るんだ。遺体が流れてきたこともある。銃声を聞くことも少なくない。引っ越しを余儀なくされた人も多くいる。ここは危険なんだ。あなたはここに住んでいないから、そんなのんきなことが言えるんだ」

ブランドさんは、水利施設内の高額な機械を銃弾などから守るため防弾の素材で覆う工事もしたそうです。このまちでは、人口とほぼ同じ14万人が、毎年、不法移民として入国し拘束されているといいます。

トランプの国境訪問 その頃まちでは…

1月10日。トランプ大統領は、国境沿いのこのまちを訪れました。

「この国境では、中東からの不法移民も拘束された。メキシコだけじゃなく、世界中から来ている。国境は弱いスポットなんだ。『壁』が必要なのは疑いの余地がない」

改めて壁の建設の必要性を訴えました。 同じころー。町の中心部は、ものものしい雰囲気に包まれていました。大通りを挟んで、壁建設の賛成派と反対派が向き合う形でデモを行っていたのです。参加者は、互いをののしり合い、小競り合いになるなどして、警察に拘束される場面もみられました。

「私は『壁』でトランプ支持をやめました」

反対派のデモに参加したルシアノ・グエラさん(62)。 地元で野生動物保護の活動をしているグエラさんが壁に反対する理由は2つあるといいます。 1つは、壁が建設されれば、野生生物のすむ場所が失われ、生態系が変わってしまうこと。そしてもう1つは、トランプ大統領が、国境地帯を「危機だ」と宣言したことです。 グエラさんは、国境で身の危険を感じたことは一度もなく、トランプ大統領の主張は「でっちあげ」だと考えています。長年、共和党を支持し、前回の大統領選挙でもトランプ大統領に投票しましたが、壁をめぐる問題がきっかけで、ある決意をしたといいます。

ルシアノ・グエラさん

「この2年間、トランプ大統領は自分の支持層にアピールすることしか考えていないように見える。彼は、『アメリカファースト』ではなく『トランプファースト』。来年の大統領選挙ではもうトランプには投票しないことを決めた。政策に賛成できれば民主党の候補者に投票してもいいとすら思っている」

“公約を守る大統領”

通りを挟んで白熱していくデモ。賛成派のデモに参加していた1人の男性が私に話しかけてきました。 「あんた、さっきから、賛成派と反対派を行ったり来たりしてるけど、どっち派なんだい?」 ギャリー・グローブズさん(63)。石油関係のビジネスに携わってきました。国境地帯にある自宅を訪ねると、30足以上もあるウエスタンブーツのコレクションを自慢げに見せてくれました。 共和党を支持し続けてきたグローブズさんは、とりわけ、トランプ大統領の公約を実現しようとする姿勢に共感しています。

ギャリー・グローブズさん

「薬物が密輸されたり、子どもが不法移民による犯罪の被害にあったり、いかに国境地帯がひどいかを肌で感じている。これまでの大統領は口先だけで何もしなかった。でも、トランプ大統領は国を守るために正しいことをしようとしている」

世論調査では、アメリカ国民の半数以上が、壁の建設に反対と答えました。ところが共和党の支持者では、壁の建設を支持すると答えたのは、実に9割近くにのぼりました。 就任以降、国内外からの反対意見をものともせず、TPPやパリ協定からの脱退、イラン核合意からの離脱などを強行し、公約を果たしてきたと訴えるトランプ大統領。公約を守るその姿勢こそが、底固い支持につながっているのです。 アメリカ政治に詳しい専門家は、トランプ大統領がここに来て、壁建設に向けた動きを加速させている背景には、再選がかかる来年の大統領選挙への危機感があると指摘します。

ブルッキングス研究所 イレーン・カマルク上級研究員

「トランプ大統領の支持層には、下院で勝利する強さがないことが中間選挙で証明された。来年の大統領選挙でも彼を再選させるだけの力はないだろう。壁で妥協すれば、支持者が離れていく。トランプ大統領はそれを最も恐れている」

民主党が「壁」に徹底抗戦するワケ

一方、来年の大統領選挙で政権奪還を目指す野党・民主党は、壁の建設に断固反対しています。 トランプ大統領がテキサス州の国境を訪れた2日後。民主党から、バイデン前副大統領や、サンダース上院議員など20人以上が大統領選挙に向けて立候補を検討していると伝えられている中、メキシコにルーツをもつ候補者が、同じテキサス州で、大統領選挙に名乗りを上げました。 フリアン・カストロ氏(44)。ヒスパニック系アメリカ人です。オバマ政権下では住宅都市開発長官を務め、民主党の若手ホープの1人です。 祖母は子どものころ、メキシコからテキサス州に渡り、家政婦やベビーシッターなどの仕事をしながら家族を養ったそうです。その祖母や母は勤勉に働き、自分たちの家族はアメリカンドリームを体現していると訴えました。そして、声高にトランプ大統領の「壁の建設」を批判しました。

フリアン・カストロ氏

「トランプ大統領は、国境地帯は『国の安全の危機にある』と主張した。確かにわれわれは、いま危機に直面している。しかし、それは国境ではなく『指導者による危機』だ。トランプ大統領はわが国の価値観を守っていない」

集会に参加していた20代の女性は、「アメリカは、移民で成り立ってきた国。トランプ大統領の『壁』は危険な発想」と話していました。 リベラル派の間では、壁に反対する人たちは9割にのぼっています。民主党としても、この「壁」問題で、トランプ大統領に譲歩したら、支持層を失うことになります。さらに、民主党は、来年の大統領選挙をにらみ、「壁」問題を機にトランプ大統領に反発する国民の支持をまとめようとしています。 なかでも重視するのが、いまやアメリカの人口の2割近くを占めるようになったヒスパニック系の票です。テキサス州やアリゾナ州など伝統的に共和党が強い州で民主党が勝利するためには、ヒスパニック票が不可欠です。

分断の先には

メキシコ国境付近での壁の建設作業

トランプ大統領にとって、「壁」は「公約実現」のシンボル。一方、民主党にとって、「壁」は「反トランプ」のシンボル。双方が、「壁」を政治的な道具として利用しているように見えます。 トランプ大統領が誕生して2年、国境ではなく、国内に「壁」が増え続ける状況が続きそうです。