これからどうなる!? "ロシア疑惑"

2016年のアメリカ大統領選挙をめぐり、ロシアが選挙に干渉したとされる「ロシア疑惑」の捜査が、大詰めを迎えています。モラー特別検察官が、近く、捜査報告書を司法省に提出するとみられているためです。

疑惑の中心にいるトランプ大統領は、果たして犯罪に関わっていたのでしょうか。そして、トランプ大統領は今後、どうなるのでしょうか。

今後の展開について、アメリカ政治の専門家と、アメリカ司法の専門家、それぞれに聞きました。(国際部記者 佐藤真莉子)

公開されるか? 捜査報告書

ロバート・モラー特別検察官

モラー特別検察官が、2017年5月に任命されてから進めてきた、トランプ大統領をめぐる捜査。

まもなく提出されるとみられる「ロシア疑惑」に関する特別検察官の捜査報告書では、トランプ陣営がロシアと「共謀」していたのか、そして、疑惑の捜査にあたっていたFBI=連邦捜査局の元長官の突然の解任は「司法妨害」にあたるのか、その2点を中心に捜査を進めているとみられています。

ウィリアム・バー司法長官

一方、トランプ大統領は、新たな司法長官に、かつてモラー特別検察官の捜査を批判したこともあるバー氏を指名しました。バー氏は就任に先立って行われた公聴会で、報告書について「可能な範囲で公表する」と述べるにとどまったことから、2年近くに及んでいる捜査の全容が明らかになるかに、注目が集まっています。

まず、アメリカ政治が専門の慶応大学の渡辺靖教授に話を聞きました。

ーーバー司法長官、どこまで報告書を公表するのでしょうか?

渡辺靖 慶応大学教授

モラー特別検察官の報告書は、「機密文書」としてバー長官に提出されます。バー長官は、「ルールにのっとって開示する」と言っていますが、実は司法省には特にルールはなく、司法上、開示義務もありません。なので、すべてはバー長官にかかっています。
とはいえ、全部公表されないと納得できないというのが国民感情ではないでしょうか。

ーー全部公表されたら、トランプ大統領にとって大打撃になりますか?

報告書に何も悪いことが書かれていなければ、すべて公表するかもしれませんが、内容次第です。ただ、なんとかトランプ大統領の足元を揺るがしたい、と考えている民主党は、すべて公表されなかった場合、次のような手段をとることが考えられます。

(1)全部公表しないのは憲法違反だとして裁判所に提訴
(2)議会にモラー特別検察官や関係者を呼び証言してもらう
(3)その結果をふまえ、独自に調査を進めて弾劾を検討

弾劾は“政治利用”?

ーーこのうち、トランプ大統領にとって脅威となるのが弾劾ですよね。アメリカでは法律上、大統領を刑事訴追できるかどうかについては規定がなく、唯一、大統領の犯罪を裁く手段として憲法に明記されているのが、議会による弾劾です。
民主党としては、すぐにでも弾劾の手続きに入りたいのではないでしょうか。

そう考える議員がいるのは事実ですが、実は、簡単にはいかないのが現状です。弾劾するには、下院の過半数が訴追に賛成し、その後、上院の3分の2が「有罪だ」との票を投じる必要があります。

上院で共和党が過半数を占めているいま、3分の2が「有罪」と投票するのは難しいのです。民主党としても、弾劾できないとわかっているのに、その手続きに入るのはリスクがあります。国民から、「弾劾を政治利用している」と思われる可能性があるからです。

実際、1998年には、クリントン元大統領が、ホワイトハウスの元研修生との不適切な関係をめぐり、うその証言をしたとして偽証罪に問われ、下院で弾劾訴追されました。しかし、上院の弾劾裁判では、無罪判決を受けています。このとき支持率を下げたのは、与党・民主党ではなく、弾劾の手続きをはじめた野党・共和党だったのです。
民主党としては、モラー特別検察官の報告書で「完全にクロ」という結果が出て、共和党の議員が寝返って上院で3分の2の票を獲得できる、と確信が持てたら、弾劾の手続きに入るかもしれませんが、現状では難しいでしょう。

ーーでは、弾劾には至らないのでしょうか。

1つ、考えておく必要がある要素が「2020年の選挙」です。

多くの議員は、来年、選挙を迎えます。トランプ大統領が「クロ」とわかっているのに、いつまでもトランプ大統領を支持し続けていては、自分の信頼を失い、有権者が自分に投票してくれないかもしれない、という不安ももっているはずです。

「今すぐトランプを弾劾しろ!」ワシントンで開かれた反トランプ政権集会(2019年1月)

報告書の内容次第ですが、結果があまりに「クロ」に近かった場合、選挙を見据えてトランプ大統領から離れていく共和党議員もいるでしょう。
民主党としては、報告書の内容、および共和党議員の動向を見極めながら、慎重に、弾劾の手続きに入るものとみられます。

報告書 公表されなくても時限爆弾化?

弾劾に至るかどうかは、“ロシア疑惑”の報告書の内容や、その時の政治状況にも左右されることになります。では、報告書が公表されず、議会が弾劾の手続きを取らなかった場合、モラー特別検察官の捜査は無駄になってしまうのでしょうか? アメリカ司法が専門の駿河台大学の島伸一名誉教授に聞きました。

ーーもし大統領が犯罪に関わっていた場合、ほかに裁く方法はあるのでしょうか?

島伸一 駿河台大学名誉教授

実は、モラー特別検察官には、“奥の手”があります。 「Sealed=封印された起訴状」という手段です。

これは、モラー特別検察官が捜査した内容を秘密の内に連邦大陪審にはかり、トランプ大統領が起訴されれば、その起訴状に「封印」という印を押して、連邦裁判所に保管するというものです。

この方法をとれば、捜査した内容はすべて保管されることになるほか、現職の大統領を刑事訴追できるかどうかの議論をかわすことができるのです。

そして、大統領の職を離れた時点で、起訴状の封印が解かれ、起訴されていたことが明らかになります。大統領本人も、この時に初めて自分が起訴された事実を知ることになります。アメリカでは、次の選挙で勝てば、任期を終えるまでの間に、多くの事件が時効を迎えるため、起訴は免れます。

つまり、トランプ大統領にしてみれば、次の選挙には、絶対に勝たなくてはいけないのです。

ーー時限爆弾のようなものですね。しかし、逆に言うと、トランプ大統領が現職でいる限り、罪に問うのは難しいということでしょうか?

そうとも限りません。

注目すべきは、モラー特別検察官の捜査だけでなく、ニューヨークの連邦地検が行っている金融犯罪の捜査の行方です。
脱税や、選挙資金の流用などについては、この連邦地検が捜査しています。この捜査は、モラー氏の報告書とは関係なく継続されます。

ニューヨーク連邦地検の捜査はどこまで進むか

金融犯罪は、「共謀」や「司法妨害」よりも証明しやすいため、これらの犯罪についてトランプ大統領の違法行為が発覚すれば、責任が問われるのは必至です。
米朝首脳会談のさなかに議会で行われた公聴会で、元側近が、選挙資金の流用はトランプ大統領の指示であり、かつ、大統領に就任したあとに行っていたことなどを証言しました。
この犯罪については、かなり「クロ」に近いといえます。

大統領の弾劾については、「軽罪」でも、犯罪を犯していれば、議会が弾劾できるという規定になっているため、この金融犯罪でも弾劾に至る可能性があります。モラー特別検察官の報告書が提出されたからといって、トランプ大統領の危機が終わるわけではないのです。

ーーいまでは、「ロシア疑惑」ではなく、「トランプ疑惑」という表現が使われるほど、トランプ大統領が関わっている可能性のある犯罪は、少なくありません。

現職の大統領が、これだけの疑いがもたれる状況があること自体、「普通」とはいえません。
ただ、トランプ大統領の弾劾手続きに入るかどうかについては、いくつもの“条件”があります。それでも、弾劾に向けた動きは進むのか。 まずは、モラー特別検察官の報告書の内容と、それが公表されるかどうかに関心が集まっています。