“ロシア疑惑” 大統領の罪は問えるのか

2016年の大統領選挙をめぐる“ロシア疑惑”が、大統領本人を含むトランプ陣営の関係者にかけられていた容疑のうち、捜査当局が最大の焦点としているのが、ロシアによるサイバー攻撃などへの「共謀」と、捜査当局に対する「司法妨害」です。

容疑の内容は

このうちトランプ陣営の関与があったかどうかという「共謀」は、連邦法で定められた犯罪で、実行行為そのものに関わっていなくても、事前に共通の目的のために合意するなどしていた場合に適用されます。
テロ行為など組織的な凶悪犯罪の場合は、実行に移されていなくても計画に合意していただけで罪に問われます。
“ロシア疑惑”のケースでは、大統領選挙をめぐるロシアによるサイバー攻撃などの犯罪に対し、トランプ陣営が実行行為者=ロシア側と接触し犯罪行為そのものを認識していたかどうかや、トランプ大統領自身がこれを把握していたかどうかが問題になります。

一方、「司法妨害」は当局による捜査を妨害するか、影響を与える目的で不正な働きかけをした場合に適用されます。 司法妨害にあたるかどうかを判断する上で、最も重要な要素となるのが、その意図の有無です。

トランプ大統領は、ツイッターなどで繰り返し捜査を批判し、捜査を指揮していたFBIのコミー元長官を解任したほか、そのコミー氏はトランプ大統領から捜査中止の指示と受け止められるような発言があったと証言しています。 これらの行為の動機や意図の解明が司法妨害の立件には不可欠で、トランプ大統領への事情聴取がカギになります。

大統領を刑罰に問えるか

ただ、仮にトランプ大統領に犯罪の疑いがあったとしても、通常の司法手続きで罪に問うことは難しいとみられています。 アメリカの憲法には大統領を訴追できるかどうかを規定する明確な条文がなく、前例もないことがその理由です。 憲法学者の間でも解釈は分かれていて、「訴追は可能」という見方がある一方、妥当ではないという見解もあります。 これについて司法省は、ウォーターゲート事件を受けて1973年に示した覚書で、大統領の特別な地位や国家の統治に果たす役割の不可欠性、重要性を鑑みると「在任中に訴追できると解するのは妥当ではない」としています。

アメリカの司法制度に詳しい駿河台大学の島伸一名誉教授は、今の司法省は大統領を訴追できないという見解を維持していると考えられるとしたうえで、「司法省に任命されて捜査にあたっているモラー特別検察官は司法省の判断に従うと考えられ、トランプ大統領が通常の刑事手続きで訴追されることはないだろう」と指摘しています。

議会による大統領の罷免は

一方、もう一つ注目されているのは、上下両院の動きです。 アメリカでは、大統領の犯罪について、通常の司法手続きとは別に、議会が大統領を罷免することができる「弾劾制度」があります。憲法で大統領を裁く手段として規定されているもので、連邦議会が捜査当局にかわって大統領の犯罪の疑いを調べ、必要があれば訴追し、裁判も開いて事実上の有罪無罪の判断を下すものです。 大統領が事実上の有罪とされれば、大統領はその職を失うことになります。

弾劾制度とは

弾劾制度では、議会の下院が「検察」の役割を、議会の上院が「裁判所」の役割を担います。 弾劾の手続きの基礎となるのが特別検察官による捜査結果で、これを受けて下院の司法委員会が改めて調査を実施し、捜査結果で示された内容が弾劾の対象となる「反逆罪や収賄罪、その他の重大な罪または軽罪」にあたるかどうか判断します。

そして、弾劾に値すると判断した場合は、下院の本会議に大統領の訴追を勧告し、過半数の議員が同意すれば訴追となります。 訴追されると議会の上院で弾劾裁判が開かれることになります。 弾劾裁判では、連邦最高裁判所長官が「裁判長」、下院から選出された議員が「検察官」、上院議員が「陪審員」の役割を担います。 裁判の結果、出席している上院議員の3分の2以上が同意すれば弾劾が決定し、大統領は罷免されます。 罷免された後は、憲法の規定に従い副大統領が大統領に就任することになります。

大統領と弾劾 負の歴史

アメリカでは、これまで1868年にアンドリュー・ジョンソン大統領が、1998年にビル・クリントン大統領が弾劾で訴追されましたが、罷免には至りませんでした。

ジョンソン大統領は南北戦争後の南部の再建問題を巡り対立していた陸軍長官を解任したことが法律違反にあたるとされ、クリントン大統領はホワイトハウスの元研修生モニカ・ルインスキーさんとの不倫疑惑でうその証言をしたとして弾劾裁判にかけられました。 しかし、いずれも採決の結果、上院の3分の2未満だったため罷免を免れ、大統領職にとどまりました。

一方で、弾劾裁判には至らなかったものの辞職に追い込まれたのが、「ウォーターゲート事件」で知られる、リチャード・ニクソン大統領です。ウォーターゲート事件では大統領選挙前に起きた民主党本部の盗聴未遂事件をきっかけに、ニクソン大統領自身の関与の疑惑が浮上。これに対し、ニクソン大統領は証拠の提出を拒んだうえ当時の特別検察官を解任するなど強権的に対応した結果、これに反発した議会で弾劾の流れが強まり、最終的に辞任に追い込まれました。 このウォーターゲート事件と“ロシア疑惑”は、いずれも大統領選挙を発端とし、疑惑の渦中にいる大統領が捜査当局の責任者を解任するなどして司法妨害の疑いも出ていることから、類似性が指摘されています。