“ロシア疑惑”とは

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トランプ政権の足元を揺さぶり続ける“ロシア疑惑”。2016年の大統領選挙にロシアが干渉したとされる疑惑をめぐり、トランプ陣営の関与、「共謀」があったのか、トランプ大統領による「司法妨害」はあったのか。アメリカ中間選挙で、野党・民主党が議会下院の多数派を奪還し攻勢を強める構えを見せるなか、大詰めを迎えていると言われるモラー特別検察官の捜査の行方に大きな関心が集まっています。

始まりはロシアのサイバー攻撃

2016年10月。大統領選挙を1か月後に控えるなか、アメリカ国土安全保障省が声明を発表しました。

「民主党の全国委員会のコンピューターがサイバー攻撃を受けた。攻撃の規模や手口からアメリカの情報機関はロシア政府の指示で実行されたと確信している」

トランプ大統領を揺さぶり続ける“ロシア疑惑”はここから始まりました。

トランプ氏は当初からロシアの関与に否定的な見方を示していました。しかし、当時のオバマ大統領は情報機関にさらなる調査と分析を指示。トランプ政権発足前夜の2017年1月に発表された国家情報長官室の分析結果では、ロシアがトランプ政権の誕生を後押しするため、民主党のクリントン陣営にサイバー攻撃を仕掛けて選挙に干渉したと断定しました。

これを機にメディアの報道は過熱。大統領選挙期間中にトランプ陣営とロシアが接触していたことが次々に明らかになり、「共謀」の疑惑へと発展していきます。

「共謀」の疑惑

トランプ大統領の周辺で、まずロシア側との接触を問題視されたのが、側近の1人、フリン前大統領補佐官でした。

政権発足の前からロシアの駐米大使と連絡を取り合い、ロシアへの制裁について議論していたことが発覚。これを隠していたとして辞任に追い込まれます。

メディアの追及はトランプ大統領の身内におよび、長男のジュニア氏が選挙のさなかの2016年6月、ニューヨークのトランプタワーでロシア政府とつながりのあるロシア人弁護士と面会していたことが判明。
ロシア側から民主党のクリントン氏に不利になる情報を提供すると持ちかけられたとされています。

さらにトランプ大統領の娘婿のクシュナー氏もロシアの銀行家と接触していたほか、駐米ロシア大使に秘密の連絡ルートの設置を提案していたとも報じられています。

「司法妨害」の疑いも

深まる「共謀」の疑惑にFBI=連邦捜査局が捜査に乗り出します。

2017年3月、FBIのコミー長官は議会下院の公聴会で、「ロシアとトランプ陣営の間で何らかの連携があったのかどうか、ロシア政府とトランプ陣営の関係者とのつながりを含め捜査している」と述べ、「共謀」の有無が捜査の対象になっていることを公認。

これにいらだちを募らせたトランプ大統領は2017年5月、コミー長官を突然、解任しました。

解任はトランプ大統領による捜査への介入ではないか。「司法妨害」の疑惑が新たに浮上します。

コミー氏はその後の議会上院の公聴会で、トランプ大統領から捜査対象だったフリン前大統領補佐官について、「彼はいいやつだ。この件は放っておいてほしい」と言われ、捜査中止の指示だと理解したと主張。

これに対し、トランプ大統領は「そんなことは言っていない」と反論し、逆にコミー氏を「情報漏えい者だ」と非難して、トランプ大統領と司法当局との対立が鮮明になります。

特別検察官モラー氏による捜査

世論の反発が強まるなか、疑惑を解明するとして司法省から任命されたのがロバート・モラー特別検察官でした。

モラー氏は厳格で圧力に屈せず捜査の独立性を重んじ粘り強い捜査をすると評され、2013年までの12年間、FBIの長官を務めていました。

司法長官のセッションズ氏は大統領選挙でトランプ氏を支援していた上、みずからも駐米ロシア大使と接触していたことを指摘され、“ロシア疑惑”の捜査から身を置くことを表明していました。

司法省では当時、ナンバー2のローゼンスタイン副長官が“ロシア疑惑”の捜査の実質的な責任者でした。 ローゼンスタイン副長官はモラー特別検察官の任命にあたり、事前にホワイトハウスに相談することなく決定したと言われています。

この時、ローゼンスタイン副長官は声明で「特異な状況を踏まえ、人々の関心に応えるため通常の指揮系統から独立した権限のもとで捜査を進めることが求められている」と表明し、モラー特別検察官に幅広い捜査権限を与えました。

モラー特別検察官の任命書には“ロシア疑惑”とトランプ陣営の関係をめぐる問題だけでなく「捜査から直接派生した、もしくは派生しうるあらゆる事象」を捜査する権限が明記されていて、これまでにトランプ陣営の元幹部やロシアの情報機関の関係者など30以上の個人や企業を起訴しています。

相次ぐ司法取引

「アメリカの政治史上、最大の魔女狩りだ」

モラー特別検察官の捜査にトランプ大統領は敵意をむき出しにしています。しかし、モラー特別捜査官はトランプ陣営の幹部を狙ってその身辺を調べ上げ、さまざまな罪で立件しながら司法取引を武器に捜査に協力させていきます。

そのひとりがトランプ陣営の選挙対策本部の幹部を務めたポール・マナフォート氏です。
2016年6月のトランプ大統領の長男のジュニア氏とロシア人弁護士との面会に同席し、疑惑解明のカギを握ると見られています。
そのマナフォート氏をモラー特別検察官は国家に対する謀略などの罪で起訴。罪状はロシアのプーチン大統領に近いウクライナの元大統領のために、いわゆる「ロビー活動」を請け負い多額の報酬を得たにもかかわらず、税務当局に申告せずに海外の口座に隠していたとするもので、“ロシア疑惑”とは直接、関係のない内容でした。マナフォート氏は当初、捜査への協力を拒んでいましたが、2018年9月、司法取引に応じて罪を認め、捜査への全面協力に転じます。

そしてもう1人、トランプ大統領とたもとを分かったのが、長年の“腹心”といわれた元顧問弁護士のマイケル・コーエン氏。 大統領選挙前、かつてトランプ大統領と不倫関係にあったと主張するポルノ女優らに口止め料を支払っていた問題に関与したとされ、みずからのビジネスに絡んでFBIの捜査を受けていました。 コーエン氏も当初はトランプ大統領を擁護する姿勢を見せていましたが、徐々にトランプ大統領に不信を募らせていったとされ、最終的に口止め料の支払いが選挙資金の不正な利用を禁止する法律の違反にあたると認めた上、「候補者からの指示だった」と明らかにし、トランプ大統領からの指示だったことも示唆しました。 「コーエンは司法取引のために話をでっちあげている」 トランプ大統領は全面的に否定していますが、コーエン氏は2016年6月のトランプ陣営とロシア側との面会について「大統領は事前に把握していた」とも主張しています。

FBIは捜査の過程でコーエン氏の事務所を捜索し、コーエン氏がひそかに録音していたトランプ大統領の会話の音声記録やトランプ氏のビジネスに関する大量の書類を押収したとみられていて、真相解明に向けた捜査の大きな転換点になった可能性もあります。

今後の焦点

相次ぐトランプ大統領の側近の離反を受け、今後、最大の焦点となるのが、捜査がトランプ大統領本人に及ぶかどうかです。

モラー特別検察官は捜査の終結に向け、トランプ大統領からの聴取を検討していると報じられています。 その方法について直接の面談か、法廷での証言か、あるいは書面によるやり取りか、トランプ大統領側との間でさまざまな選択肢が議論、検討されているとみられます。 もし、トランプ大統領の証言が事実と異なると立証されれば偽証罪に問われる可能性もあり、聴取の内容のみならず、その手段も極めて重要なポイントになります。

モラー特別検察官はトランプ大統領から事情を聴いたうえで、最終的な捜査報告書を取りまとめ司法省に提出する見通しです。その報告書は司法省から議会下院の司法委員会に提出されることになります。 司法委員会のトップは11月の中間選挙で議会下院の多数派を奪還した野党・民主党から選出されます。もしトランプ大統領に犯罪の疑いがあれば、民主党が弾劾の手続きに入る可能性もあります。 こうした動きに先んじてこれを封じ込めるかのように、トランプ大統領は2018年11月、中間選挙の翌日にセッションズ司法長官を解任。 その代行に司法省の内部でモラー特別検察官の捜査に批判的な立場をとっていたことで知られるウィテカー首席補佐官を起用しました。 これによりモラー特別検察官の捜査にどのような影響が出るのか。トランプ大統領の主張に同調するようなウィテカー氏の起用に民主党は猛反発し、セッションズ前長官と同様、捜査から身を置くよう求めています。 モラー特別検察官の捜査が大詰めを迎えていると言われるなか、政治の舞台での攻防もいよいよ激しさを増しています。