ニューヨーク・タイムズ バケイ編集長に聞く

メディアとの対決姿勢を強めるアメリカのトランプ大統領。
大手メディアの報道を“フェイク・ニュース”と批判し、記者との対立もたびたび起きています。
こうした中、アメリカ屈指の大手新聞社、ニューヨーク・タイムズは大統領の批判をよそに、鋭い調査報道や分析、スクープ記事を出し続けています。
編集長を務めるディーン・バケイ氏にNHKの河野憲治アメリカ総局長が、ジャーナリズムの役割とSNS時代の報道の在り方についてインタビューしました。

トランプ時代にメディアはどれだけの影響力を持てるか

Q:皆さんの報道は、トランプ大統領の支持者にも届いていると思いますか?

A:私たちの使命は、貪欲に真実を伝えることです。それも、客観的で、かつ政治的中立性を保ったまま伝えることです。誰かを説得しようと思って記事は書いていません。
ただ、私たちの記事は読者の判断に大きく影響を及ぼしていると思います。
(ロシア疑惑を捜査している)捜査関係者には、捜査につながるヒントにもなっていると思いますし、私たちが目標としているトランプ大統領の人となりを明らかにすることにも役立っています。トランプ大統領やいかなる政治家の反対勢力になることは私たちの目的ではありません。

Q:トランプ大統領の支持者にもそれが理解されていると思いますか?

A:慎重に話を進めたいと思います。トランプ大統領の支持者は、皆さんが想像するよりも多様です。アメリカでもトランプ大統領の支持者は中西部に暮らす、教育を十分に受けていない層だと決めつける傾向がありますが、それは、事実ではありません。トランプ大統領は、(2016年の大統領選挙で)およそ6000万票を獲得しています。
彼は共和党から立候補しようとした他の候補者をすべて打ち負かし、大統領に選出されているのです。
つまり、トランプ支持者を中西部のほんの一部の人や十分な教育を受けていない人々だけだと考えるのは誤っているのです。
出口調査の分析を行ったのですが、トランプ支持者の中には富裕層も多くいます。東部コネティカット州にもシカゴにも、全米に支持者は存在します。ですから、もちろん私たちの記事を読んでくれない一定層がいたとしても、富裕層が多いコネティカット州のグリニッチに住む支持者はニューヨーク・タイムズを読んでいると思います。こうした人々は、減税を公約に掲げたからトランプ大統領を選んだのです。大統領は、ほとんどの人が思うより、幅広い層に支持されているのです。

Q:皆さんの報道によって大統領に対する人々の見方は変わったと思いますか?

A:大統領の女性問題や資金問題、そして発言の誇張や、うそを指摘する内容の記事など、これまでにさまざまな記事を出してきました。
しかし、大統領に及ぼす影響はほとんどありません。
それは大統領自身が激しく否定することに加え、トランプ支持者もそういった事実関係を問題視しないからです。
私たちも初期の段階で、トランプ大統領が女性に対してひどい扱いをしていることを報じましたが、多くのトランプ支持者は「それは確かに問題だが、他によい面がたくさんあるので支持は変わりません」と口をそろえるのです。
そうした支持者たちの考え方を変えようとするのは、私たちの仕事ではありませんが、トランプ大統領は、過去のどの大統領よりも、自分への批判的な報道をかわすことにたけていると思います。

Q:アメリカの現状については、どう認識していますか?

A:この国は、分断がとても進んでいると感じています。
左派の人々がトランプ大統領の存在を危惧する一方、極右の人々は、トランプ大統領が権力を失うことを恐れています。
そして、無党派層は混乱しています。
分断はとても深刻で、例えば大統領の集会を見ても、一方の人々は「最低だ」と感じ、もう一方は「最高だ」と感じています。
そして、政治家はこの分断につけ込んで、話をするようになっていますし、分断をさらに強調して票の獲得につなげようとしています。とにかく、とても分断された時代になりました。

SNS時代のジャーナリズムとは

多くの人がニュースをフェイスブックやツイッターなどのSNS、ソーシャルメディアを通して読む時代になりました。利用者により長い時間滞在してもらえるうように、SNSは利用者が好む記事だけを配信するような仕組みになっています。
SNSを使う際に残される利用者のさまざまなデータを基に記事を配信することで、例えば、芸能ニュースばかりを好んで読んでいると、SNS上に表示される記事の大半が芸能ニュースになることが分かっています。
SNS上だけでニュースを読んでいると、利用者の知らぬ間に情報が偏ってしまうので、アメリカのある研究者は、この現象を“フィルターバブル(情報の殻に覆われた状態)”と名付け、危険性を指摘しています。こうしたSNS時代の新たなメディア環境について尋ねました。

Q:“フィルターバブル”と呼ばれる現象について、どう感じますか?

A:民主主義にとっては、よくない現象です。ただ、気をつけないといけないのは、この現象はかなり前から存在しているということです。インターネットが出てくる前の時代では、自分の住む地域の地元紙を読み、地元のテレビを見ることしかできず、ニューヨークタイムズを読むことも、ほかの海外メディアに触れることもできませんでした。このような状況も立派な“フィルターバブル”現象を生み出すので、決して新しい現象ではありません。
ただ、インターネットの登場で、自分が好きなものを選択できる幅が広がり、この現象が加速しているのです。
“フィルターバブル”は民主主義にとってよくないと思いますが、だからといって、インターネットにすべての責任をなすりつけて悪者にすることには反対です。インターネットは総合的にみれば、社会にとってプラスに働いています。そう思いませんか?
インターネットが存在する前からあった現象を、インターネットのせいにはしていけません。アメリカの様々な暗い側面も、自分の都合にいいことしか読まない人も昔から存在しています。ただ、悪化しているだけなのです。
そして、その原因の1つは、政治家がこうした部分につけこむからです。人々がそうした現状への向き合い方を学べば状況はよくなると思います。

ジャーナリズムの透明性について

Q:ニューヨークタイムズなどの大手メディアはどのようにして“フィルターバブル”問題に対処すべきでしょうか?

A:大切なのは、まず、間違ったことを書かないこと、相手を尊重し、政治的中立を守ること。そして、何よりも大切で、今まさに取り組んでいるのが、透明性を確保することです。私たちのような大手メディアはどうやって記事を書いているかについて、あえて読者に見せるということはしてきませんでした。
テレビと違って、どのような人物が記事を書いているかについて、紹介することもありませんでした。これは単に習慣の違いでしかないのですが、現代の在り方にマッチしておらず、いい影響を及ぼしませんでした。
例えば、どのようにして記事を書いているかや、間違いを認めたり、現場で悩みながら記事を書いていることを見せれば、読者が私たちの記事をより信じてくれると思います。

Q:透明性を高めるための取り組みはどれくらい続けているのですか?

A:ここ数年で始めた取り組みです。私たちにとってなじみのない取り組みです。研究結果か、インタビュー記事だったか忘れましたが、ある記事を読んでとてもショックを受けた経験があります。
それは読者が、記事に書かれている日付と場所の情報が、実際に記者がその現場に行っているという意味だと理解していない、というものでした。がく然としました。
私たちや、あなた方のようなメディアは、お金を使って、時には命をかけて戦地などの危険な現場に行ってニュースを書いているという実態が知られていないんです。
とても驚き、心が折れそうになりました。
ですから、私たちはどこに行っているのかはもちろん、なぜそこに取材にいくのか、どれだけのリスクを負っているのかも含めて知ってもらいたいと思っています。そして記者の経歴も明らかにして、なぜこの記者の書く記事が信頼に値するのかも理解してもらいたいのです。それが私たちが今できる最も重要なことの1つです。
そうした背景もあって、ドキュメンタリー番組に協力することにしました。

ドキュメンタリー番組「ニューヨーク・タイムズの100日間(原題:The Fourth Estate -The First 100 Days-)」は、アメリカなどに本部を置くRadicalMedia社制作のドキュメンタリー映画。2018年5月にアメリカのテレビで放送されました。ニューヨーク・タイムズ社の本社編集部やワシントン支局にカメラを入れ、トランプ大統領の就任から最初の100日間の大統領と新聞の攻防を描きました。

トランプ大統領が“フェイクニュース”とか、“大衆の敵”などと敵視する中で、ニューヨーク・タイムズ紙編集部でどのような取材や議論が行われていたのかを赤裸々に描いたことで話題になりました。

これは私たちにとっては、かつてなかった取り組みです。
私たちに編集権はありませんから、リスクが伴いましたし、見られたくない部分まで見られてしまいました。
それでも、読者に私たちがどんな人間で、どのような思いで記事を執筆し、そして私たちがどれだけ普通の人間であるかをつぶさに見てもらいたかったのです。自分たちの現実を見てもらうことで、私たちも血の通った普通の人間だと理解してもらうために。

Q:効果はあったと思いますか?

A:あったと思います。
反響も大きかったですし、ある保守系の法学者が番組を見た後、長文のブログ記事を書いてくれました。
彼はこのドキュメンタリーで、記者たちが事実と誠実に向き合い、時には分からないことも認めている様子を見て、メディアに対する信頼性が増したと書いているのです。私たちの編集会議の様子などを見て、単に仕事をこなすジャーナリストとしてではなく、世界を理解しようともがく偏見のない人々を目撃したのです。
一方的な見方を押しつけようとする嫌な奴らを見たわけではなかったのです。これは大切なことです。

Q:購読者が近年増えているのはトランプ大統領の登場によるものだと思いますか?

A:もちろんトランプ大統領による貢献もあると思います。でも、それだけではありません。大統領選挙前から購読者は増えていましたし、トランプ大統領に慣れた以降も増えていますので、貢献はしましたけど、それだけではありません。

ジャーナリズムの将来について

Q:メディア全体やニューヨークタイムズは、スランプに陥っていると思いますか?

A:現状が底だとは思いません。私たちへの信頼はこの1年でだいぶ上がりましたので、底は抜けたと思います。
それから、メディアという表現ですが、この言葉の定義の範囲が広すぎると感じています。「メディア不信」といったとき、それは、ニューヨークタイムズを指すのか、FOXニュースなのか、フェイスブック、もしくはグーグルについて言っているのか、わかりません。定義が広すぎます。
多くの人は地元のテレビ局や新聞は好きでしょう。
ですから、「メディアを信頼していますか」という問いに対する答えを信頼していいかどうかわかりません。メディアという言葉が意味するものが広すぎるのです。
ただ、一つ言えるのは、質の高いジャーナリズムの購読者は、もちろんこの中には「ワシントン・ポスト」も入りますが、過去にないくらい増えているということです。

Q:メディアの未来は明るいですか?

A:未来はとても明るいと思います。もちろん、すべての報道機関の未来が明るいというわけではありません。地方の新聞やテレビ局の現状は、悲惨です。地方新聞が財政的に成り立たなくなるほど、ビジネスモデルが劇的に変化しているのです。
私たち大手メディアはこの変化になんとかついていくことができました。でも、シカゴやニューオーリンズ、ロサンゼルス、ダラス、ヒューストンなどにある地方のメディアは規模が小さく、大きな問題に直面しています。そしてこれは、民主主義にとっての脅威です。これまで議論したすべてのことよりも、地方紙などが苦しんでいることのほうが民主主義の将来にとって怖いことだと思います。

Q:どうやってこの状況を克服できると思いますか?

A:より多様な政治的な立場の読者に読んでもらう努力をしていかないといけません。極右の人種差別主義者にも読んでもらわないといけないと言っているのではありません。多様な視点に立った記事を書き続けることで、さまざまな読者をひきつける。つまり、経済面も、芸術面も、スポーツ面も、質の高い内容を提供し、より多くの読者層を獲得しなければなりません。
もし私たちの政治面が好きではなくても、もちろん好きであってほしいですが、私たちの経済ニュースは気に入ってくれるかもしれません。読まないといけないと感じてもらえる記事をあらゆるテーマで書き続ける。それが私の目標です。
責任ある市民として、社会のあらゆることを判断するために読んでおくべき記事を書くのです。
私たちの目標は、読まないといけない記事をできるだけ多く書き続けることです。調査報道でもいいですし、分析記事でもいいです。政治的に保守やリベラル、無党派にかかわらず、すべての人々が読むべき記事を書き続けることを目指しています。

※このインタビューは、2018年11月にニューヨークで行われました。