狙われるSNSデータ 民意を操作せよ!
私たちのSNSの投稿が知らぬ間に選挙に利用される…。
トランプ時代のアメリカでは、そんな現実が到来しています。
SNSへの投稿からあなたの興味や政治的関心を把握。それに沿う政治広告を送って、不安や怒りをあおり、特定の候補への投票を誘導する。デジタル技術の進展によって、民主主義を揺るがしかねない事態が目の前にまで迫っています。(国際部記者 濱本こずえ)
“マイクロターゲティング”を知ってますか?
インターネットで、ある商品を検索したら、その後、同じ商品や関連商品がネット広告として表示されるようになった、そんな経験はありませんか?
これは、私たちがネット上で示した興味や関心がデータとして収集され、マーケティングに利用されているためです。こうした手法は「マイクロターゲティング」と呼ばれます。不特定多数に向けた広告よりも狙った消費者に届くと、活用が広がっています。
ビジネス手法を選挙に応用
こうしたビジネスで使われる手法が、アメリカでは選挙にも導入され始めています。これは「SNS政治広告」と呼ばれます。
「SNS政治広告」は、フェイスブックやツイッターといったSNSに、候補者の陣営や政党などから送られる動画やメッセージのことで、候補者の人物紹介から、政策、対立候補への攻撃などさまざまな内容が含まれています。
一見、従来のテレビコマーシャルや政治ポスターと違いがないように思うかもしれません。しかし、最大の違いはこうした政治広告はあなたの好みや性格、政治信条を分析したうえで、狙い撃ちして送られてくることです。
移民の規制に関心がある有権者には不法移民の危険性をアピールした動画を、女性の権利に関心がある有権者には「対立候補は女性を蔑視している」と中傷する内容を、といった具合です。
トランプ陣営はどう活用していたのか
こうした手法を駆使しているのが、トランプ大統領です。
それではトランプ陣営は、有権者の好みや性格をどのように把握していたのでしょうか。大統領選挙で陣営のデジタル戦略を担当し、今も共和党のために政治広告を制作している団体が取材に応じました。
代表のマット・ブレイナードさんが見せてくれたのは、アメリカの有権者のほぼ全員にあたる1億8000万人分の個人情報が入ったデータベース。
データ会社から購入したもので、1人当たり最大で500項目も網羅されています。住所や氏名に加えて支持政党や過去の投票行動、それに、料理をするかや、銃を所有しているか、はたまた、何色のどの車に乗っているかなど、驚くほど詳細なデータが記録されていました。
怒りをあおり投票へ
ブレイナード氏はこうしたデータを分析して、投票を呼びかけたい有権者層を探し当てるといいます。
例えば「ピックアップトラックを所有する白人男性」をターゲットとします。ピックアップトラックに乗っている人は、ハンティングが趣味で、銃規制に反対、愛国心が強い傾向があるといいます。
このため、銃規制には消極的なトランプ大統領の支持者になり得る可能性が高いという理由からです。
そのからくりは?
こうした人々のSNSに流す政治広告には、「反トランプの集団が暴徒化して兵士を慰霊する像を破壊した」というニュースを盛り込みます。兵士を侮辱したとして愛国心に訴え、反トランプの集団による行為だとして民主党への怒りをあおる。それによって共和党への投票を促すというのです。
個人の関心を把握したうえで、怒りなどの感情をあおる手法を選挙に持ち込むことに倫理的な問題はないのか。私たちがそう尋ねるとブレイナードさんは質問をさえぎるようにこう答えました。「そう言われるのは心外です。私たちは、ただ、事実を伝えて有権者の気持ちに訴えているだけなんです」
実際、どこまで効果があるのか?
こうした手法は、どれだけ効果があるのか。スタンフォード大学の研究者が去年、発表した論文によると、一人一人の性格に沿って作られた広告は、そうではない広告に比べて40%多くクリックされ、50%多く実際の購入につながるというのです。
そして選挙活動など、人を説得する行為にも同じぐらいの効果が期待できるとしています。
中間選挙でこの手法を使ったミネソタ州の共和党の広報担当、グレッグ・ペピンさんは次のように話しました。「毎回、接戦となる選挙区だったため、勝敗を分けるのは、わずか数千人の票で、そうした人たちに直接届けられるSNS政治広告は有効な手段だった」と話していました。
デジタルと民主主義が共存するには
SNSは利用者の関心に合わせた情報が多く送られるよう設計されています。その結果、自分の見たいものだけを見て、それ以外の主張や意見に耳を傾けなくなってしまう懸念も指摘されています。
この現象は「殻に覆われる」という意味の“フィルターバブル”という名前までついています。こうしたSNSの特性がSNS政治広告の効果を一層強め、相手候補や支持政党以外の主張が入ってこなくなれば、知らぬ間に偏った情報をもとに投票行動を決めることになりかねません。
警鐘を鳴らす開発者
SNSを用いた政治広告を使った手法に警鐘を鳴らす人もいます。クリストファー・ワイリーさんは、2年前の大統領選挙でトランプ陣営の選挙運動に関わった会社で、この手法を開発しました。
その後、人々の心理を操るような行為には賛同できないとして、たもとを分かちます。政治広告には誇張やうそが含まれる場合もあり、人々に送られる情報が偏れば、投票行動に影響を及ぼしかねないと警告しています。
「多くの人はフェイスブックのような一見無害に見えるSNSが悪用されるとは、想像しないと思います。しかし、その仕組みを使って政治広告を送る手法は、究極的には民主主義を揺るがしかねない破壊力があります。振り返ってみると、私はフランケンシュタインを作ってしまったようなもので、深く後悔しています」(ワイリーさん)
今回の取材を通じて私はSNS政治広告を使った選挙手法に対して規制がないことに驚きました。さらに多くの有権者が自分たちのデータが知らぬ間に収集され、政治家に利用されていることに気がついていないという印象を持ちました。
自覚のないまま私たちの政治判断がゆがめられることがないよう、デジタル世界の技術が選挙にどう使われているかを知ることが、今の時代の有権者には求められているのかもしれません。
濱本 こずえ
平成21年入局
函館局、大阪局などをへて国際部
関心分野はITテクノロジー
9歳からパソコンにのめり込む