アメリカと北朝鮮~今、何が起きているのか?

2018年6月にシンガポールで開催された米朝首脳会談。話し合いの最大の焦点は「朝鮮半島の非核化」だった。
あれから半年余り、アメリカと北朝鮮の協議は今、どのような状況にあるのか。 その内幕を取材しようと、私たちは2018年12月、アメリカの首都ワシントンに向かった。(国際部記者 小林雄)

第3回 米朝協議の内幕

“まだ交渉はない”

アメリカ国務省の入る建物(ワシントン)

アメリカ国務省で私たちを迎え入れたのは、北朝鮮を担当する高官。45分間の面談で私たちの関心は、何が米朝の協議を停滞させているのか、その要因へと集中した。

「非核化の工程の策定に向けた条件闘争ではないのか?」

6月の首脳会談の後、非核化をどう進めるのか、米朝の間である程度、議論は進展しているだろうと私たちは思っていた。そこで持ち出された条件を巡って行き詰まっているのではないか。そう考えていたのだ。しかし、実際はそうではなかった。

高官の言葉を書き取った記者のメモ

高官によると首脳会談後、ポンペイオ国務長官が北朝鮮を訪問した際に確認したのは「交渉の意思」。つまり「これから非核化の交渉をしよう」という意思を確認しただけで、中身には踏み込めていないという。話し合いどころか協議の入り口で足踏みをしている状態だというのだ。

アメリカ側は実務者レベルの協議を求め続けてきているが、北朝鮮側はこれに応じていない。非核化の具体的な協議は実態として今もって始まっていないのだ。

「鍵」は検証にあり

アメリカは北朝鮮に非核化の具体的な措置を先行的に取るよう求めている。これに対し、北朝鮮はすでにいくつかの措置を実施したとしてその見返りを要求している。 北朝鮮による措置をどう評価するのか。高官の説明は明快だった。

「検証がなければ、行動したことにはならない」

北朝鮮は核実験場施設の爆破映像を公開(2018年5月)

北朝鮮は5月、核実験場の坑道を爆破し廃棄したとして、そのもようを一部のメディアを通じて公開した。だが本当に実験場は破壊され、その能力が失われたのか、これを検証するための専門家による査察は実施されていない。 非核化に向けた措置かどうか評価するには、この査察が不可欠だ。これをアメリカは北朝鮮側に求めている。
過去の失敗を繰り返さないとするアメリカにとってこの一線は譲れない。確実な検証こそが協議進展の「鍵」になるのだ。

だが、これを受け入れる意思が北朝鮮にあるのだろうか。国務省の高官と面談した2018年12月段階では、北朝鮮側は非核化に向けた動きを停止しているようにみえた。

11月にニューヨークで予定されていたアメリカとのハイレベル協議をキャンセル。キム委員長のソウル訪問も実現していない。キム委員長とロシアのプーチン大統領との会談を模索するような動きも伝えられたが、これも目立った進展はない。

この停滞について国務省の担当者は「北朝鮮にとって大きな決断をするために時間がかかっている可能性もあるし、国内で意見の対立があるのかもしれない」と述べた。

北朝鮮に本当に非核化の意思はあるのか。そのための北朝鮮内部の取りまとめに時間がかかっているのか。それともただの時間稼ぎなのか。この点のアメリカの分析はいまだ揺らいでいるようにみえる。

「分離作戦」

こう着状態が続くなか、アメリカが警戒するのが、北朝鮮による「分離作戦」だ。韓国との当局者との面談で感じた米韓の「ズレ」。

「圧力重視」のアメリカと「南北関係改善」に取り組む韓国との間のズレに北朝鮮がつけ込もうとしているとアメリカは考えている。国務省の高官は北朝鮮が中国やロシアに接近し制裁網の抜け穴を広げようとしているのではないかと指摘した。

ずるずると交渉を先延ばしし、アメリカ主導の制裁圧力を骨抜きにしていくことは、北朝鮮がこれまでも繰り返してきた得意技だと強調する。

北朝鮮を動かすにはアメリカだけでなく日本、韓国などの同盟国をはじめとした国際的な制裁網の強化と維持が極めて重要だ。こう繰り返す国務省の担当者に質問を投げかけた。

「日本が拉致問題で北朝鮮と取り引きすることをアメリカはどう思うか」

安倍政権は拉致問題の解決を最重要課題に掲げている。横田めぐみさんや市川修一さんたちまだ帰国していない被害者の拉致からすでに40年がたっている。被害者の家族は高齢となり、一日も早く北朝鮮から連れ戻してほしいという願いは切実さを増している。
「日本が拉致被害者の奪還のため制裁措置の緩和を含めた見返りを与えることを受け入れるか?」

「日本の立場と被害者家族の思いは理解している。その場合には対応について日本と綿密に協議をするだろう」(国務省高官)

私の問いに、高官はイエスともノーとも答えなかった。そして仮に北朝鮮が日本に何らかの提案を持ちかけたとしても、その提案は信用できるものなのか、それとも日本をアメリカから引き離す「分離作戦」の1つなのか、慎重に見極める必要があると指摘した。

「北朝鮮はあらゆる手段で揺さぶりをかけてくる」

現場の外交官たちが持つ北朝鮮への不信感は根深い。

突破口

非核化に向けた協議は本当に進むのだろうか。

高官がその突破口になり得るとするのが、北朝鮮の経済改革だ。キム委員長はこれまでも国内の経済の立て直しと国内産業の近代化に総力を挙げる姿勢を強調。

ピョンヤンの「万寿台の丘」には故 キム・イルソン主席と故 キム・ジョンイル総書記の銅像が並ぶ

これは父ジョンイル氏や祖父イルソン氏とは異なる特徴と傾向だと高官は分析した。 背景にはスイスに留学したキム委員長が、北朝鮮の外部の世界を知っていることがあるだろうという。

「非核化に応じればバラ色の未来が待っている」
アメリカは米朝首脳会談の時にわざわざビデオまでつくり、その後も一貫して北朝鮮に同様のメッセージを送り続けている。アメリカはキム委員長の経済改革へのこだわりを極めて重視しているのだ。

だが、これはあくまで北朝鮮側が譲歩してくるというシナリオだ。そのシナリオに向けてトランプ大統領は2回目の首脳会談で一気に事態の打開をはかろうとしているようにも見える。

トランプ政権の思惑どおりに進む見通しはあるのか。
国務省の高官も担当者もコメントはしなかった。トランプ政権になって対北朝鮮外交はトランプ大統領周辺のごく一部、あるいは時にトランプ大統領1人の判断で動いているようにも見える。国務省といえども見通せないというのが本音なのかもしれない。