アメリカと北朝鮮~今、何が起きているのか?

ソウルではアメリカ軍の軍人だけでなく韓国に駐在するアメリカの外交官、韓国の外務省、統一省の当局者と面談を重ねた。そのなかで強く感じたのが、対北朝鮮政策をめぐるアメリカと韓国の間の「ズレ」だった。(国際部記者 小林雄)

第2回 浮かび上がる米韓のズレ

「大きな取り引き」

11月下旬。ソウル市内の在韓国アメリカ大使館の施設で、現地に駐在するアメリカの外交官の話を聞いた。

外交官が強調したキーワードが「Big deal=大きな取り引き」だった。過去に繰り返された核開発での「小さな」譲歩とこれに対する見返り。その失敗を二度と繰り返さないというわけだ。

目標は唯一「最終的かつ完全に検証された非核化」。そのための具体的な道筋をたてて実行する。「1歩進んで2歩下がる」ようなことはしない。
カギとなるのが最大の圧力、つまり北朝鮮に対する制裁網を緩めないことだと外交官は訴えた。
北朝鮮が核実験とミサイル発射を繰り返した2016年から2017年にかけて国連の安全保障理事会では6つの制裁決議が採択され、北朝鮮の外貨獲得手段である石炭輸出の全面禁止や石油供給量の削減など制裁網の強化が図られてきている。

「国際社会が一枚岩となって制裁を行使すれば、北朝鮮はいずれ非核化を受け入れざるを得なくなる」。シンプルで明確な戦略だった。

文在寅政権の苦悩

だが、これを維持することは容易ではない。この現実を感じさせられたのが韓国政府の当局者との面談の場だった。

取材に応じたのは、韓国で対北朝鮮政策を担う統一省の幹部と対アメリカ外交を担当する外務省の高官。
流ちょうな英語を操るいかにも「秀才」という風貌の官僚たちは「アメリカとは共同歩調をとっている」と口をそろえた。

しかし、それと同時に強調したのが北朝鮮の要求にも耳を傾ける必要があるということだった。官僚たちは北朝鮮を交渉のテーブルから下ろさないための手だてを取ることも重要だと繰り返した。

こう着状態に陥っている非核化協議で、北朝鮮はこれまでに取った措置の見返りとして制裁の緩和などを求めている。北朝鮮の主張にも配慮すべきだという韓国の官僚たちの訴えと、北朝鮮が降りてくるまで圧力をかけ続けるというアメリカの政策との間には明らかな「ズレ」がある。

なぜこのようなことが起きるのか。

第19代韓国大統領に当選(2017年5月9日)

背景の1つにあるのが韓国のムン・ジェイン(文在寅)政権を取り巻く苦しい政治情勢だ。北朝鮮との関係改善を政権の大方針に掲げ、2017年に就任したムン・ジェイン大統領。韓国国民の大きな期待を受け、政権発足当初は80%を超える支持率を獲得していた。

その勢いのままに南北首脳会談を実現。史上初の米朝首脳会談への道筋をつけた。

南北首脳会談(2018年4月27日・板門店)

だが政治的な成果の一方で経済は低迷。
米朝協議もこう着状態に陥ると支持率は徐々に低下し、2018年末では就任以来最低の45%にまで落ち込んだ。政権への支持を回復させるためには、北朝鮮との関係を大きく前進させ、国民に実行力をアピールしなければならない。

そのためにムン政権が期待をかけたのが、先の南北首脳会談で約束したキム・ジョンウン(金正恩)委員長の初のソウル訪問だった。ムン政権は2018年内の訪問を働きかけた。だがこれは実現しない。北朝鮮が応じなかったとみられている。制裁の状況も変わらないなかで韓国を訪れても得られる成果は乏しいと判断したのではないかと分析されている。

アメリカの強硬一辺倒の姿勢では、北朝鮮がまた対話に背を向けてしまうのではないか。韓国の官僚たちの話しぶりには焦りがにじんでいるようにも感じられた。

南北の鉄道・道路の連結事業の着工式(2018年12月26日・北朝鮮ケソン)

韓国側は、北朝鮮をなんとかつなぎ止めようと信頼関係の構築に取り組んでいる。その1つ、南北を縦断する鉄道や道路を再開させる事業では、制裁下の今、本格的な着手ができないにもかかわらず、南北で共同調査を実施し形ばかりの着工式も行った。
韓国側が誠意を見せようとしているようにも感じられる。

文化の違い

非核化への具体的な措置を先行させるよう求めるアメリカと、北朝鮮との関係改善を重視する韓国。
このアプローチの違いについて、あるアメリカの当局者の指摘が興味深かった。いわく「西洋と東洋の文化の違い」が現れているというのだ。

西洋、特にアメリカは相手の信頼を得ようとする時、まずは行動で見せる。これが信頼感を生み関係の構築へとつながる。これに対し東洋、とりわけ東アジアの国々はまずは互いを知り合う場を通して関係づくりを進めそのなかで信頼を育んでから、行動に移していく。

アメリカ人の指摘にはなるほどと思うことがあった。
日本人である私も、取材先との関係では飲み会などで関係をつくろうとすることもある。
一方、行動で誠意を示さないかぎり信頼できないというアメリカの考え方もうなずける。
この文化的な違いは意外に米韓の間の「ズレ」の本質を言い当てているのかもしれない。

統一への願い

一連の面談では、もう1つ米韓の「ズレ」を生じさせている大きな要因があるのではないかということにも気がついた。

それが両国の最終目標の違いだ。アメリカの目標は北朝鮮の完全な非核化。これに対し韓国の当局者が繰り返しにじませたのがその先に見据える「南北の統一」だった。

「祖国統一万歳」と書かれた寄せ書き(2018年11月30日・非武装地帯)

第二次世界大戦とその後の冷戦構造がもたらした南北の分断。「70年間も続いたこの異常な状態が、次の70年も続くことは受け入れられない」。

韓国外務省の高官はこう訴えた。
アメリカと韓国が北朝鮮の非核化で一致していることは間違いない。韓国として非核化より統一を優先しているわけでもないだろう。ただ非核化がすべてのゴールなのではない。南北の平和的統一。それこそがその先に見据える最終目標なのだ。そこに向けてある程度の譲歩をしてでも北朝鮮と対話を続け、経済的な交流を深めていく。そうすることで統一への下地をつくることが何よりも重要だと考えているのではないか。

非武装地帯を訪れた観光客(2018年11月30日)

韓国と北朝鮮の軍事境界線に設けられたDMZ(非武装地帯)には今、観光地のような光景が広がっている。
団体客が次々にバスで乗りつけ、チケット売り場の側には遊園地もある。

北朝鮮側を見渡せる展望台に向かう道の途中に掲げられた看板には韓国語と英語、それに日本語表記まで付されてこう書かれていた。

「分断の終わり、統一のはじまり」

韓国人のガイドの男性は「北は間違いなく脅威ではあるけれど決して憎むべき敵ではなく、いずれは同じ国で暮らすべき同胞なのだ」と話した。
北は同胞であり、民族の統一は夢ではない。そのことを思い起こしてもらうため観光地として開放されているのではないか。そう感じた。

老政治家の言葉

「万折必東」

中国の戦国時代の思想家、荀子の言葉だ。
黄河の水は何万回も折れ曲がりながらも、必ず東へと向かって進んでいく。そこにはどんなに困難があろうと道理があれば必ず目的にたどりつく、その決意を示すという意味がある。

ソウルでの取材で訪れた韓国政界の重鎮の与党議員が、常に胸に刻んでいるという言葉だ。

「南北の平和的な統一は、韓国の政府・国民の義務であり、そこへ向かって一歩ずつ歩んでいかなければならない」

韓国議会議事堂

私たちを迎えてくれた国会の応接室で、そう、とつとつと語った73歳の老政治家は、太平洋戦争の終結の年に生まれた。この政治家は今の融和の機運を逃すまいと北朝鮮の代表団との手紙のやり取りを続けているという。
キム・ジョンウン委員長がソウル訪問が実現すれば議会で演説してもらい、韓国国民に語りかけてもらいたいと話す。

南北統一への強い思いを抱く韓国。その思いは今後の非核化協議にどのように作用するのか。南北の接近の一方、米韓の足並みにさらなる乱れが生じる可能性もある。
文化的な違いと、見据える目標の違いから生じた「ズレ」の行方。

韓国側への取材を終えた私たちに、アメリカの当局者は冷静な表情でこう語った。

「同盟国の足並みの乱れにつけ込むのが、北朝鮮の得意な手口だから」