“チャイメリカ”の終えん 米中分離の行方(後編)

中国が2001年にWTO=世界貿易機関に加盟して以降、アメリカの消費者は中国からの輸入で商品を安価に買えるという恩恵に浴してきた。

「チャイメリカ」という言葉が流行語となった10年前、アメリカで1冊の本が話題になった。

『メイド・イン・チャイナなしの1年』

アメリカの或る家族が中国製品を買わずに生活する様子を通して、その難しさを描く内容で、中国製品がアメリカ社会にいかに浸透しているかを表していた。

トランプ政権は今、その「メイド・イン・チャイナ」こそが、アメリカの雇用を奪い、アメリカの安全保障を脅かしていると主張して攻撃の手を強めている。(ワシントン支局長 油井秀樹)

浸透する“メイド・イン・チャイナ”

去年9月、アメリカ国防総省がトランプ大統領にある報告書を提出した。

「アメリカの防衛産業基盤とサプライチェーンの強じん性と評価」と題した報告書には、アメリカ軍の兵器や装備品の調達の現状を分析した結果がまとめられていた。
経済のグローバル化に伴い、世界最強の軍隊といわれるアメリカ軍も兵器や装備品の製造、部品の調達先を国外に求めるようになっている。

報告書の狙いは、アメリカの防衛産業のサプライチェーン(部品や素材の調達先)の問題点を洗い出すことだった。

そこであらわになったのが予想以上の中国依存への危機感だった。

「アメリカの国家安全保障にとって戦略的に重要な物質と技術の供給が中国によって大きな危険に晒されている」

「中国は弾薬やミサイルに使用される化学物質・製品の唯一の供給国だ」

こう結論づけた報告書は、▼弾薬やミサイルの製造に欠かせない化学製品や物質を中国に依存し、▼大半のリチウムイオン電池の製品は韓国、中国、台湾からの輸入に頼っていること、▼電気製品のプリント基板の90%がアジアで製造されその半分以上は中国であることを指摘。

アメリカではかつて陸軍のベレー帽が中国製であることが判明し、議会で「安価とはいえ、潜在的な脅威となる中国から輸入するとは言語道断だ」と大きな問題になったことがある。

そのアメリカ軍の内部にメイド・イン・チャイナが深く入りこんでいることを国防総省の報告書はさらけ出した。

「中国が輸出を規制すれば、アメリカは戦えなくなるかもしれない」

そんな懸念が一気に広がった。

レアアース巡る争い

中国の港から輸出されるレアアース(中国 江蘇省)

トランプ政権は、安全保障分野を中心にサプライチェーンの「脱中国依存」を推し進めている。

特に緊急を要するとして取り組んでいるのが鉱物資源、なかでも希少なレアアースの確保だ。

アメリカは現在、レアアースの78%を中国からの輸入に頼っている。

レアアースは民生用の電化製品に加え、アメリカ軍の装備品にも欠かせない。

最新鋭のF35ステルス戦闘機1機に417キロ、イージスミサイル駆逐艦と原子力潜水艦には、それぞれ1隻当たりに2358キロと4173キロものレアアースが必要とされている。

米中の貿易摩擦が激しさを増していた5月、中国政府はこのレアアースの輸出規制を示唆した。トランプ政権へのけん制が狙いとみられるが、その思惑通りにアメリカの防衛産業に動揺が走った。

中国は2010年、日本に対してレアアースの輸出規制を実行したことがある。この事例も受けてアメリカでは長年、対策の必要性が指摘されてきたが、後手に回ってきた。

トランプ政権はこれを加速させる方針を打ち出している。

その1つが石炭からレアアースを抽出する技術の研究開発だ。
エネルギー省が支援し、南部のケンタッキー州とウエストバージニア州で進められている。
ケンタッキー州の施設では去年から生産を開始し、純度90%以上のレアアースを1日10キロ生産出来るようになっている。

リック・ホナカー教授

研究を率いるケンタッキー大学のリック・ホナカー教授は「最大の課題は中国との価格競争だ。安価に生産出来るようコストの削減に努めている」と語っている。

中国包囲網

トランプ政権は、レアアースの安定的な供給網を構築しようと同盟国や友好国との協力にも乗り出している。

国防総省はオーストラリアとの連携を模索。

両国の企業が合同で南部のテキサス州にレアアースの精製施設を建設する計画を打ち立てた。国務省は中国に依存せずに資源を確保する国際的な枠組み「エネルギー資源管理イニシアチブ(ERGI)」を発足させている。

トランプ政権は中国が巨大な経済圏構想「一帯一路」の影で、世界の貴重な資源をみずからの管理下に置くことを狙っていると警戒する。

世界各地で各国に多額の資金を貸し付け、返済できなくさせることで中国の意向に逆らえない状況に追い込む「債務のわな」を仕掛け、ひき換えにその国の資源を獲得しようとしているというのだ。

ポンペイオ国務長官は9月、ニューヨークで開かれた国連総会に合わせてERGIの正式な発足を発表。

参加したのはオーストラリアのほか、南米のペルー、アルゼンチン、アフリカのザンビアなど9か国。

各国と協力してレアアースやリチウム、銅、コバルトといった資源の探査や開発を進める計画だ。

米国内の対立

安全保障上の懸念を理由にアメリカが進める「中国企業排除」と「脱中国依存」。米中のデカップリング(分離)はどこまで拡大するのか。

ワシントンでは「チャイメリカ」と呼ばれた相互依存関係はいまだ深く、米中の覇権争いが激しさを増しても完全なデカップリングは困難だという見方が多い。さらに「相互依存関係こそが米中双方に軍事衝突を思いとどまらせる抑止の効果がある」という意見も根強い。

この理論からすると、デカップリングは、むしろ軍事衝突の危険性を高めることになる。

ワシントンポスト電子版

これを支持する元政府高官や外交・安保の専門家は7月、「中国は敵ではない」と題するトランプ大統領宛の公開書簡をアメリカの新聞「ワシントン・ポスト」に掲載した。

「デカップリングでは中国経済の拡大や中国の台頭を止められない。同盟国に強要すれば各国との関係を悪化させ、アメリカみずからが孤立しかねない」と指摘し、トランプ政権の対中政策を厳しく批判した。

100人以上の書簡の賛同者には、オバマ前政権で外交・安保政策を率いたアントニー・ブリンケン前国務副長官や、ジェフリー・ベイダー元アジア上級部長も名を連ねている。

アントニー・ブリンケン氏

ブリンケン氏は現在、民主党の大統領候補を決める指名争いで最有力候補と目されているバイデン前副大統領の外交顧問を務めている。 来年の大統領選挙で民主党政権が誕生すれば、米中関係は対立から一転して再び協調主義に戻る可能性も指摘される。

ピーター・ナバロ大統領補佐官

これに対して、ホワイトハウスのナバロ大統領補佐官ら対中強硬派は「この20年間進めてきた対中協調主義は失敗に終わった」と強調する。 ブリンケン氏らの主張には「相互依存関係が軍事衝突を防ぐという説には根拠はない。むしろ軍事力の増強に自信を深める中国が強硬な手段に出る可能性が高い」と反論している。

この意見も、また広がりを見せ始めている。

アメリカ太平洋艦隊の情報部門を率いたジェームス・ファネル大佐ら元軍人や保守的な外交・安保の専門家たちは、先の公開書簡に反論する書簡を公表し、トランプ政権の対中政策とデカップリングを支持する立場を鮮明にしている。

国連事務総長の警告

トランプ大統領自身が、どこまでデカップリングを進めたいと考えているのかは不透明だ。

ただ、トランプ政権は現在、東西冷戦時代に西側が共産圏との貿易を制限したCOCOM=対共産圏輸出統制委員会を彷彿とさせる対中国輸出規制も検討している。

アメリカで開発したAI=人工知能やバイオテクノロジーといった14の先端技術の分野が対象で、どこまで強い規制になるかが焦点になっている。

アメリカ企業だけでなく、日本など外国の企業も影響を受ける可能性が高く、アメリカの技術を取り込んだものであればどのような製品であっても中国に輸出出来なくなるおそれがある。

いくつかの日本企業はすでにトランプ政権に書簡を送り、懸念を表明している。規制の内容次第ではアメリカに置いている開発拠点を他の国に移さなければならない事態になると頭を抱える。

「チャイメリカ」に亀裂を生じさせる「デカップリング(分離)」。

この問題は米中2国間にとどまらず、将来、世界各国にまるで「踏み絵」を踏ませるかのようにどちらの陣営につくのか旗幟を鮮明にするよう迫るものになる可能性は否定できない。


この事態に国連のグテーレス事務総長は9月の国連総会で警鐘を鳴らした。

国連 グテーレス事務総長

「私は大きな分断が生じる可能性を恐れている。世界が2つに割れ、それぞれに大きな経済圏をつくり、独自の貿易や金融ルール、インターネット網などを持って競合するという大きな分断を、われわれは何としても避けなければならない」

デカップリングの潮流に飲み込まれるのか、それともそのうねりを乗り越えていくのか。アメリカと中国、2つの大国のせめぎ合いに世界が選択を迫られている。

油井秀樹

ワシントン支局長

油井秀樹