トランプ再選に黄信号~勝利と異変、そして予兆

49%。

2018年のアメリカ最大の政治イベント、中間選挙の投票率だ。
この40年、中間選挙の投票率は40%前後で推移し、前回4年前は戦後最低の36%だった。
今回の水準は1914年以来、100年ぶりの高さだ。

その要因はトランプ大統領の存在そのもにつきる。トランプ大統領への賛否が投票率を一気に押し上げた。まさに「トランプの選挙」だったといっても過言ではない。

『アメリカの投票率を再び偉大にした』
メディアもトランプ大統領の決まり文句をもじってこう伝えた。

11月6日の投開票。結果は、おおむね事前の世論調査に基づく専門家の予想通りだった。議会上院ではトランプ大統領の与党・共和党が多数派を維持し、議会下院では野党・民主党が8年ぶりに多数派を奪還した。

「1勝1敗」ともいえる結果はトランプ大統領のもとで深まったアメリカの分断そのものを現していると私は考えている。

トランプ大統領への支持率は共和党の支持者の間ではおよそ90%。これに対し民主党では5ー9%という低さだ。選挙結果はこの党派色を色濃く反映しており、両者の間の分断をそのまま投影している。その内容を分析すると2020年の大統領選挙を占うアメリカ社会の変化の兆しが見えてくる。

底堅い人気

今回の選挙を大統領への信任投票という側面からみれば、上院の結果からは“トランプ人気”の底堅さが、下院の結果からは“反トランプ”の高まりが読み取れる。

『議会上院での共和党の勝利は歴史的な快挙だった』

トランプ大統領は選挙翌日の11月7日、ホワイトハウスで記者会見を開き、こう主張した。みずから各地を遊説して回り、候補を支援したことが勝利を導いたと自賛した。
この主張には一理ある。
中間選挙は大統領選挙の揺り戻しから与党が敗れるのが通例だが、今回、共和党は上院で多数派を維持しただけでなく議席を上積みした。2002年以来、16年ぶりのことだ。
この時のブッシュ大統領の支持率が65%だったのに対し、トランプ大統領は40%前半。通常は議席を失う水準の低い支持率での勝利はまれだ。なぜ議席を上積みできたのか。トランプ大統領の選挙戦術が効を奏したといえるだろう。

今回、上院の改選議席は35。このうち26は野党・民主党の議席だった。民主党からすれば守勢にたたされるこれらの州のうち、トランプ大統領は2年前の大統領選挙でみずからが勝利した10州に注目した。
なかでも接戦となっている州に繰り返し応援に入り、特に白人労働者が多い地方部をこまめにまわった。着実に岩盤支持者を投票に行かせ、勝利につなげる戦術をたてたのだ。

無党派層や民主党支持者には目もくれず、自分の支持者だけを相手にするトランプ大統領らしい戦い方ともいえる。さらにトランプ大統領は徹底して移民問題を取り上げ、争点に仕立てた。
白人を中心とする共和党の支持層の不安や怒りをあおるこの手法は今回も有効で、出口調査で共和党の支持者の多くが移民問題を最大の争点と答えていた。

その結果、トランプ大統領が狙った10州のうち、インディアナ、ノースダコタ、ミズーリ、フロリダの4州で共和党の新人が民主党の現職を破り議席を獲得した。
歴史的に中間選挙は再選率が高く現職有利と言われる。
そのなかでの4州の勝利は“トランプ人気”の底堅さを示したと言えるだろう。

異変と予兆

ではトランプ大統領にとって、すべてに満足のゆく選挙結果だったかと言えば、そうではない。

実のところ、共和党内では2020年のトランプ大統領の再選に黄信号がともったという受け止めも出ている。その理由が今回、共和党の牙城で起きた異変だ。

共和党は上院で議席を上積みする一方、実は手痛い1敗も喫していた。西部アリゾナ州。共和党が20年以上、上院の2議席を独占し、大統領選挙でもトランプ大統領が勝利した。この強固な地盤で今回、共和党の候補が民主党の新人女性候補に敗れ、議席を奪われた。

アリゾナ州上院は民主キルステン・シネマ氏が勝利

最大の要因はヒスパニック系の人たちの動向だ。アリゾナ州では人口のおよそ30%をヒスパニック系が占め、今回の選挙の出口調査でも有権者の23%がヒスパニック系だった。そして実にその7割近くが民主党の候補に投票していた。

異変はこれだけではない。共和党は下院の選挙でも地盤といえる選挙区で相次いで議席を失っていた。下院での異変にはある共通点がある。共和党は下院で40議席近くを民主党に奪われたが、これらの選挙区の多くが都市周辺の「郊外型」だった。
アメリカの選挙では、都市は民主党、地方は共和党という構図が固まりつつある。その中間に位置する郊外は双方にとっての激しい草刈り場だ。ここを今回、民主党が制した。これには民主党の戦略もあった。「郊外型」の選挙区の多くに新人の女性候補を擁立していたのだ。
狙いはこうした地域に暮らす白人の母親たち。経済的に豊かで学歴があり、子どもの教育にも熱心。SUVに乗って子どもをサッカー場に送る姿から「サッカーママ」、「SUVママ」とも呼ばれている。この母親たちを中心とする学歴のある白人女性の投票行動が今回、大きく変化していた。

出口調査によれば2年前の大統領選挙ではトランプ氏に投票した人が44%だったのに対し、今回、共和党に投票したのは5ポイント少ない39%。逆に民主党に投票した人は8ポイント増えて59%で、差し引き20ポイントの差がついた。トランプ大統領に反発する女性たちのうねり、「ピンク・ウエーブ」が確かに起きていたのだ。

「ヒスパニック」、「郊外」、「女性」。この3つの要因が共和党の牙城で起きた異変の背景にある。そしてこれは2020年の大統領選挙での“反トランプ”の高まりの予兆とも言えるだろう。

1勝2敗

その動きはどこまで広がっているのか。注目されるのが東部から中西部に広がるかつての一大工業地帯、「ラストベルト」に位置する3つの州、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの選挙結果だ。

これらの州はもともとは民主党の支持母体でもあった労働組合が強い地域だが、2年前にはこの労働者の票がトランプ氏に流れ、劇的な逆転勝利、世紀の番狂わせへとつながった。

ところが今回の上院の選挙では共和党はいずれも勝利できず、民主党の現職が議席を維持した。
何より痛手となったのが、上下両院の選挙と同時に実施された知事選挙の結果だ。共和党は上院で議席を取ることができなかった3州のうち、ミシガンとウィスコンシンでは2011年以来、手にしてきた知事のポストも失った。
とりわけウィスコンシンは一時、大統領候補にも名前があがった有力知事だっただけに衝撃は大きい。
知事選挙は全米36の州で実施されたが、今回、民主党が7つの州で色を塗り替えて躍進、共和党は敗北した。

トランプ大統領と共和党は「1勝2敗」だったのではないか、そうした指摘も聞こえてくる。

ラストベルト 交錯する声

ラストベルトでの予兆は私たちの取材でも感じられた。

ペンシルベニアやオハイオで2年前にはトランプ氏に投票したという白人の労働者のなかで今回は民主党に投票すると答えた人が少なくなかったのだ。

こうした人たちは本来は民主党支持の組合員だが、トランプ氏の石炭産業や製造業を復活させるという訴えに期待して票を投じていた。今、こうした人たちの間では好調な経済の恩恵を受けられていないという不満の声と、トランプ大統領を信じて待つという声が交錯している。

これからの経済の行方が大統領選挙でのこの地域の動向を左右することは間違いない。

保護主義の行方

『ラストベルトの票は再選に欠かせない』

スティーブン・イェーツ氏

そう断言するのはかつてトランプ氏を支えた外交チームのメンバーで、チェイニー元副大統領の副補佐官を務めたスティーブン・イェーツ氏だ。

『そのためにトランプ大統領はアメリカ第1主義とこれまでの貿易政策をさらに推し進める。その最優先課題は中国だ』アメリカにとって最大の貿易赤字国、中国。関税の引き上げと報復措置の応酬となった米中の“貿易戦争”の行方は世界に大きな影響を与える。

中間選挙から1か月近くたった12月1日、トランプ大統領は中国の習近平国家主席に向き合った。
G20サミットが開かれたアルゼンチンで、およそ1年ぶりに夕食を共にしながら2時間半、会談した。その結果、アメリカによるさらなる関税の引き上げを一時的に停止する“休戦”で合意。
しかしその期間は90日だ。

この間にアメリカが特に重視する中国によるサイバー攻撃や知的財産権の侵害の問題で解決につながる合意をまとめられなければ、トランプ政権は関税の引き上げを再開する構えを崩していない。

イェーツ氏は背景に米中の覇権争いがあると指摘する。

『中国は、もはや経済だけではない。安全保障面でもアメリカに挑戦しようとしている。米中の対立は数年続くだろう』

米中の“貿易戦争”は今後、より深刻になるだろうと予測するのがワシントンの保守系シンクタンクのデレク・シザーズ氏だ。

デレク・シザーズ氏

『トランプ政権発足後、中国との貿易赤字はむしろ拡大している。野党・民主党はトランプ大統領の対中政策に効果がないと今後、批判を強めるのは間違いない。トランプ大統領は批判をかわすためにも来年後半には再び対中国で一段と強硬な姿勢にかじを切るだろう』

みずからの再選がかかった2020年の大統領選挙に向け、トランプ大統領はより強硬になる可能性がある。

そして、これは日本にとってもひと事ではないと両識者は口をそろえる。トランプ政権は来年1月にも日本との貿易協定に向けて交渉を始める予定だ。
大統領再選への黄信号がささやかれ始めるなか、労働者に成果を見せつけたいトランプ大統領が日本への圧力を強めてくる可能性は十分にある。

両極の台頭

中間選挙前の2018年9月、私はコラムで「共和党のトランプ化」を取り上げた。

共和党では中間選挙を機にトランプ大統領に批判的だった議員が政界を去る一方、ミニ・トランプと呼ばれるトランプ大統領に忠誠を誓う新人議員が次々に誕生した。
この議員たちは、2019年1月からここワシントンの議事堂に姿をみせる。

これに対し、民主党ではプログレッシブ=進歩派と呼ばれる左派勢力が躍進した。国民皆保険の実現や教育の無償化など、より急進的な主張を掲げる議員たちだ。
民主党が多数派を奪還した下院では、この会派に属する議員が改選前の77人から20人以上増え100人を超える可能性が高い。これは下院の民主党議員のおよそ4割を占め、プログレッシブ派が大きな影響力を持つ一大勢力になるのは確実だ。

みずからをナショナリストと呼ぶトランプ大統領のもと、右傾化を強める共和党。プログレッシブ派の勢力拡大で左傾化を強める民主党。2018年の中間選挙で浮き彫りになったのは、アメリカ政治の両極に位置する勢力の台頭とその間で広がる溝、分断そのものであった。

大統領選挙に向けて両極の対立は激しさを増し、溝は一段と広がる危険性がある。そうなればアメリカの政治は右へ左へと振り子のように振れ、その揺り戻しも大きくなる。
そして、この動きは同盟国・日本を含む国際社会にも大きな影響を与える。

『アメリカを偉大にし続ける』

2020年の大統領選挙に向けたトランプ大統領のスローガンだ。次の選挙に向けた動きはすでに始まっている。深刻化する分断の行方にこれからも目が離せない。

山田裕規

ワシントン支局長

油井秀樹