トランプ大統領 再選への戦略~際立つ型破りの流儀

「異例」「非伝統的」「予測不可能」と言われるアメリカ トランプ大統領が、2期目に向けて正式に立候補を表明しました。そのトランプ大統領が、この2年半とことんこだわってきた“ディール=取引”のひとつひとつに注目すると、再選に向けた戦略が見えてきます。(ワシントン支局記者 栗原岳史)

型破りな祝日

7月4日、アメリカの独立記念日。
首都ワシントンでは、戦車が展示され、上空には戦闘機が飛びました。
「建国を祝うアメリカ最大の祝日を政治的に利用している」との批判をよそに、トランプ大統領は、軍事的なイベントを開き、異例の演説もしました。

米軍の最高指揮官としての指導力を誇示するために、型破りな行動に出たのではないかとも言われています。

「MAGA」から「KAG」へ

Make America Great Again. ~アメリカを再び偉大に~

トランプ大統領が2016年の大統領選挙の時から一貫して使っている標語です。
頭文字を取って「MAGA(マガ)」
トランプ大統領の支持者がかぶる赤い帽子は「マガ・ハット」。
大統領が支持者向けに行う演説会は「マガ・ラリー」。
トランプ大統領の代名詞にもなっています。

しかし、6月下旬。フロリダ州で行われた再選に向けた演説会で、トランプ大統領は、突然、聴衆に、来年の選挙に向けた標語を選ぶよう呼びかけます。
候補は2つ。
ひとつは、おなじみ、
Make America Great Again. ~アメリカを再び偉大に~

そして、もうひとつは、
Keep America Great. ~アメリカをこれからも偉大に~

大統領のたくみな話術に誘導された形で、新しい標語が圧倒的な歓声で支持を得ました。
そして、トランプ大統領は、2年半のみずからの成果を強調し、
Keep America Great.
「アメリカをこれからも偉大にする」と約束したのです。

標語の意味するもの

トランプ大統領は、自分の代名詞にまで浸透した標語をなぜ、変えたのか。

その理由を、選挙アドバイザーを務めるジェイソン・マイスター氏に聞くと、変えたのではなく、成果を訴える標語に切り替えたのだと言います。

ジェイソン・マイスター氏

「メキシコ国境への壁建設、TPPからの離脱やNAFTAの見直しなど、3年前の大統領選挙で打ち出した、型破りの政策がもたらした衝撃は相当なものだ。再選をかけた選挙では新たな公約を打ち出すよりも、これまでの成果を訴えるほうが、選挙戦略として格段に効果的だ」

ビジネスマン出身で、かつて自身の“ディールの極意”を記した本を出版したこともあるトランプ大統領ですが、その徹底した“ディール”へのこだわりを、ひとつひとつ成果として訴えていく戦略です。

「ディール」を解剖

トランプ大統領が次々と打ち出す異例ともいえる政策。
それを再選に向けた戦略的な”ディール”という視点から見ると、その型破りな言動がわかりやすく見えてくるのかもしれません。
「外交」「財政」「宗教」にかかわる3つの“ディール”を見ていきましょう。

ディール1 天王山をにらんだ協定見直し

トランプ大統領は、去年11月、アメリカ、メキシコ、カナダとの間で新しい協定に署名しました。

NAFTA=北米自由貿易協定を限定的に見直した形ですが、トランプ大統領は、この協定に「USMCA=アメリカ・メキシコ・カナダ協定」という新しい名前をつけ、自分が新たにまとめたディールだと繰り返し強調しています。

自動車を無関税で取り引きするルールを厳しくする新協定は、インディアナ州やテキサス州など、主に共和党地盤の地域に工場を置く国内の自動車産業には有利な内容です。

さらに、協定で注目すべきなのは、カナダの乳製品市場が、アメリカの農家向けに開放されたことです。

トランプ大統領が今、ホワイトハウスにいるのは、大統領選挙で、ウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルベニア州の3州で勝利したからだと言っても過言ではありません。この3州は、全米でも有数の乳製品を生産している州で、5大湖を挟んでカナダとも国境を接しています。

協定の見直しで、こうした州の畜産農家はカナダへの輸出も見込めるようになるため、NAFTA見直しの合意は、天下分け目の天王山となる州へのメッセージとも言えるのです。

ディール2 大盤振る舞い

トランプ大統領は、ことし5月、全米の農家に145億ドルの補助金を支給することなどを打ち出しました。

一見、農家への「バラマキ」とも取れるこの補助金政策。
国の防衛や警察など以外に政府が極力介入しない「小さな政府」を目指してきた共和党の伝統とは明らかに相反するもので、物議をかもしました。

この異例の政策の背景にあるのは、長期化が懸念される米中の激しい貿易摩擦です。
中国の報復関税で打撃を受け始めているのは、アメリカの農家です。
特に、対中輸出が大幅に減少した大豆の農家は深刻です。

全米の大豆の生産地は、中西部の共和党地盤と重なります。

【州別大豆作付面積(2018年 単位:エーカー)】

【2016年 米大統領選挙の結果】

大豆の輸出が落ち込み、取引価格が急落した影響で、農家の多くは痛手を受けています。

トランプ大統領への失望感も広がっていて、このままでは選挙戦は不利に働きかねないとの懸念から、「ディール」に踏み切った可能性があります。

ディール3 禁断の聖地へ

大統領選挙を考えるときに欠かせないのは、アメリカ人の4分の1を占める「キリスト教福音派」の存在です。

前回の選挙で、トランプ氏が大統領に就任すれば、連邦最高裁判所などで保守派の判事が任命され、同性婚や人工妊娠中絶を認めるアメリカ社会の流れを変えられるのではないかという期待があり、福音派の8割がトランプ大統領に投票したとみられています。

【グラフ:アメリカの宗教の信仰の割合】

トランプ大統領は、就任以降、保守派の判事を次々と指名し、人工妊娠中絶に資金援助をする団体への補助金を廃止するなど、福音派の期待に応えていきます。さらには去年5月、パレスチナやアラブ諸国が反発する中、イスラエルにあるアメリカ大使館を、エルサレムに移転しました。

福音派の希望を叶えるために、国際秩序の常識を覆すようなディールまで、トランプ大統領は実行に移したのです。

“ディール”だけで再選できるのか?

しかし、支持者向けのわかりやすいディールを次々と打ち出し、成果として訴える大統領の作戦には、大きな落とし穴もあるとの指摘もあります。

前回の大統領選挙で、トランプ氏の勝利を予測したアメリカ政治史の専門家、アメリカン大学のアラン・リクトマン教授もそのひとりです。

アラン・リクトマン教授

「非常に考え抜かれた、戦略的な選挙戦術だが、問題は、“ベース”と呼ばれる彼の強固な支持者が40%しかおらず、こうした特定の支持層に訴える政策を打ち出すだけでは、再選は果たせない」(リクトマン教授)

トランプ大統領が、自らの支持者を意識した規格外れのディールを打ち出せば打ち出すほど、反発も強まっています。

「型破り」の功罪

世界経済や、安全保障にも大きくかかわるトランプ大統領の“ディール”は、日本にとっても、対岸の火事でないことは明らかです。

再選のために、常識を破っていくトランプ大統領の作戦が功を奏するのか、まだわかりません。

しかし、選挙に向けた標語が変わったところで、「アメリカ第一主義」ならぬ「当選第一主義」という、トランプ大統領の根底にある哲学は変わりそうにはありません。

むしろ選挙が近づくにつれ、より大胆になっていく可能性もあり、大統領選挙に向けて「型破りなディール」はいっそう注目を集めることになりそうです。