アメリカはなぜイランを嫌うのか

緊張高まるアメリカとイラン。今週、大阪で行われるG20サミットでも主要議題となる見通しです。イランを「世界最大のテロ国家」と呼んで敵視し、軍事、経済、政治のあらゆる面で圧力を強め続けるトランプ政権。アメリカは、そもそも、なぜそこまでイランを敵視するのでしょうか。(ワシントン支局記者 西河篤俊)

アメリカとの戦争に最も近い国

中東に派遣された米海軍の空母から飛び立つ戦闘機

「ここ2、3年の間に、アメリカとイランは戦争になると思いますか?」 アメリカで、5月に行われたある世論調査の質問です。「戦争になりそう」と答えた人の割合は、実に51%。半数を超えるアメリカ人が、イランとの戦争が現実味を帯びていると感じているのです。

これは、対北朝鮮、対ロシア、対中国を上回っています。また、別の調査では、アメリカ人の8割以上が、イランに対して否定的な見方を持っていることもわかりました。

40年前のある事件

イランの学生によって占拠されたテヘランのアメリカ大使館

その背景に何があるのか。アメリカの人たちと話していると、よく話題になる事件があります。40年前の1979年に起きた、在イラン、アメリカ大使館人質事件です。

目隠しをされ人質となったアメリカ大使館員ら

イランではアメリカ資本を導入し、親米路線をとっていた国王の体制に国民が反発し、イスラム革命を起こして、王政を打倒します。そして、ホメイニ師を最高指導者とするイラン・イスラム共和国が樹立されました。その年の11月、ホメイニ師を熱狂的に支持する学生たちが、首都テヘランのアメリカ大使館を占拠し、亡命した国王の身柄の引き渡しを求めて大使館の職員などを444日にわたって拘束したのです。これがきっかけとなり、翌年、両国は国交を断絶。いまも続いています。

444日間、人質となった男性の思い

ケビン・ヘルメニングさん

人質となり、拘束されたケビン・ヘルメニングさん(59)。当時20歳だったヘルメニングさんは、大使館で警備を担当していました。50人余りの大使館員と共に拘束され、自由のない生活を余儀なくされました。夜、寝る際には、逃亡を図らないよう手錠をかけられ、他の人質とも、足をひもで結ばれていたと言います。また、深夜に突然、起こされるたびに、処刑されるのではという不安にかられ、命を落とすかもしれないと、恐怖におびえ続けた日々だったと振り返ります。

イランに対する怒りと不信感は40年たった今もぬぐえないと言います。大使館を占拠したイラン人学生らの中には、のちにイランの大統領となり反米路線を鮮明にしたアフマディネジャド氏もいたそうです。

「大使館人質事件に関わった学生の中には、その後、イランの支配体制の中で要職についた人も少なくありません。人質事件が、まさにイランを象徴しています。イランからは今でも謝罪も補償もありません。そんな国を信用できるわけがありません」(ケビン・ヘルメニングさん)

この事件は、カラーテレビが普及していたアメリカで連日、大きく報じられ、衝撃を持って受け止められました。アカデミー賞を受賞し、日本でも話題になった映画「アルゴ」は、この事件を題材にしたものです。イランに対する嫌悪感を植え付けた出来事だったと多くの専門家が指摘しています。

イランへの圧力強めるアメリカ

その後、2002年に、イランの核開発問題が発覚。アメリカのイランへの不信感は一層、募ることになります。

イラン核合意からの離脱を発表するトランプ大統領

そして、2017年に就任したトランプ大統領は、国民の間に残るイランへの不信感を意識してか、イランとの距離を縮めたオバマ前政権の政策を翻し、敵視する立場を鮮明にします。

オバマ前大統領が主導して結んだイラン核合意を「アメリカの恥」と呼び、去年5月、国際社会の反対を押し切る形で一方的に離脱。その後も、イラン経済の生命線とも言える原油の輸出を断ち切る制裁を発表し、イランの精鋭部隊「革命防衛隊」をテロ組織に指定するなど、圧力を強め続けています。

情報戦略も…

トランプ政権の「イランを世界の悪者に」という戦略は至るところで見られます。

公開されたイラン製の武器

所狭しと並べられた弾道ミサイルや無人機の残骸。その数、30点。去年12月、国防総省は、ふだんは公開していない軍の施設に外国メディアを招き、公開しました。いずれもイラン製の武器だといいます。

「イランが中東に武器を拡散させ、地域を不安定化させているという明白な証拠を見せるために、展示している」(国防総省報道担当 レベッカ・リバーリッチ氏)

一方、国務省は、イラン国民へのメッセージの発信に力を入れています。国務省が主導するツイッターに掲載されたイラストです。こんなことばがつづられています。

「イランの現政権が再び市民に拷問や自白を強要する。なぜ基本的な権利を求めている国民をそれほど恐れるのか」

ペルシャ語で、イランの指導部を非難する投稿を毎日のように行い、イラン国内の人々に訴えています。

トランプ政権のねらいは…

トランプ政権のねらいはいったいどこにあるのか。

その戦略のカギを握る人物、国務省でイラン政策を統括するブライアン・フック特別代表です。インタビューで、ずっと疑問に感じていた質問を投げかけました。

記者:トランプ政権が考えているのは、イスラム体制を転換させることなのでは?

フック氏:われわれが求めているのは、イランの体制が、態度を改めることだ。イランという国家の将来を決めるのは、長年苦しめられてきたイランの国民だ。われわれはイランの国民を支持する。

体制転換が目的ではない、あくまでイラン国民に寄り添っているだけだと主張しました。

しかし、対イラン強硬派として知られるボルトン大統領補佐官は、トランプ政権に入る前、イランの体制転換が必要だと公言していました。ブッシュ政権時には、イラク戦争の必要性を訴えて、戦争に導いたと言われているボルトン氏。今月20日に、トランプ大統領がイランへの軍事攻撃を一時承認した際も、ボルトン氏が、攻撃の必要性を唱えたと言われています。

ボルトン氏は、イラン革命から40年を迎えたことし2月、イランの最高指導者ハメネイ氏にあてたビデオメッセージを、ツイッターに投稿していました。

「ハメネイ師よ、あなたがこの記念日を祝う機会はもうそんなに多くはないだろう」(ボルトン大統領補佐官)

専門家からは批判も

しかし、中東の専門家からは批判も相次いでいます。

「イスラム体制は政治的にも経済的にも構造がしっかりしていて、近い将来、体制転換が起きるとは思えない。イランの態度にも大きな変化をもたらさないことは明らかで、トランプ政権に果たして戦略というものがあるのかすら疑問だ」(ジョージメイソン大学 エレン・ライプソン教授)

取材を通して

私は以前、中東にも駐在していましたが、イランでは、「アメリカが嫌われている」と感じる場面が多くありました。国交断絶から40年という時の流れが、お互いの不信感やそれぞれの偏った物の見方を増幅させたように感じます。そして、それを政治的に利用しようとする、双方の指導者たちの思惑も透けて見えます。

かつてイラン大使館として使われていた建物

ワシントンに、各国の大使館が集まる地区があり、それぞれの大使館前には大きな国旗が掲げられています。そのなかに、国旗の掲げられていない建物が1つあります。正面玄関の入り口は塗装がすすけ、窓はシャッターで閉じられ、人の気配もありません。かつてイラン大使館として使われていた建物です。この建物が再び、イラン大使館として使われる日は来るのか。残念ながら、今はその見通しは全く立っていません。

ワシントン支局記者
西河篤俊