移民と自由の国 アメリカはどこへ

アメリカのトランプ大統領が就任してからまもなく100日。就任8日目に署名した特定の国からの人の入国を一時的に禁止した大統領令によって、アメリカ各地では抗議デモが起き、中東各国は反発し、各地で混乱を招きました。裁判所は、2度にわたって大統領令の執行停止を決定し、トランプ政権にとっては、大きな打撃となりました。厳しい入国審査を進めようとしているトランプ政権。アメリカの入国審査をめぐる政策はどこへ向かっているのでしょうか?(国際部 小宮理沙記者)

厳しい入国審査 日本人にも影響?

トランプ大統領が力を入れているアメリカへの入国制限。特定の国の人の入国を禁止した大統領令は、世界中に波紋を広げました。さらに、一部のアメリカメディアは、旅行でアメリカを訪れる場合でも、入国の際、携帯電話に保存されている電話番号やSNSのパスワードなどの個人情報の開示を求めることが検討されていると伝えていて、日本人にも適用される可能性があるとしています。また、トランプ大統領は、専門的な技能を持つ外国人を対象にした就労ビザの発給規則の見直しを命じる大統領令に署名し、入国を厳格化する姿勢を貫いています。

「イスラム教徒を全面的に入国禁止」

トランプ大統領は、選挙期間中、「アメリカへのイスラム教徒の入国を全面的に禁止すべきだ」と述べ、批判を受けました。そして就任後、テロ対策強化の一環として、中東やアフリカの7つの国の人たちの入国を一時的に停止する大統領令に署名。その際、トランプ大統領は「アメリカ国内にイスラム過激派のテロリストはいらない。われわれは、アメリカを支持する人たちだけを受け入れたい」と述べています。この大統領令を受けて、世界各地の空港では、アメリカ行きの便への搭乗を拒否される乗客が相次ぎました。そして、アメリカ各地では、抗議デモが起きるなど、大きな混乱を招きました。

「テロ対策」に疑問の声も

大統領令で対象になった国は、シリア・イラク・イラン・スーダン・リビア・ソマリア・イエメンの7か国。トランプ大統領は、テロ対策強化の一環であることを強調していますが、なぜこれらの7か国が対象となったのか、具体的な根拠は示していません。ただ、いずれの国もイスラム教徒が多いことから、宗教差別ではないかとの批判の声も少なくありません。

新たな大統領令 またもや執行停止

アメリカ各地では、大統領令の執行停止を訴えて次々と訴訟が起こされ、2月には、西部ワシントン州の連邦地方裁判所が全米で大統領令の即時停止を命じる仮処分を決定しました。そして、連邦控訴裁判所も、「この7か国の人が、アメリカ国内でテロを起こしたという証拠を示していない」などとして、連邦地裁の判断を支持しています。「入国禁止」にこだわるトランプ大統領。今度は3月に、最初の大統領令に替わる新たな大統領令に署名しました。対象国は、ビザ審査が強化されているとの理由から除外されたイラク以外の6か国で、すでにビザや永住権を持っている人は免除することにしました。対象を絞ることで、大統領令の正当性を強調しようとしたと見られています。しかし、またもや、ハワイ州や東部メリーランド州の連邦地裁が、全米で執行停止を命じる仮処分の決定を下しました。

「イスラム教徒の入国禁止が目的」

何が問題だったのでしょうかーー。最大の指摘は、大統領令が、イスラム教徒が入国できなくすることを念頭においている可能性があるのではないかということです。アメリカでは、憲法で信教の自由を保証しているため、特定の宗教を信仰する人々を差別する政策は、これに反することになります。メリーランド州の連邦地裁は、決定の中で、「過去のトランプ大統領の発言などから、イスラム教徒の入国禁止を目的としている可能性が高い」と指摘しています。トランプ大統領は、こうした裁判所の判断について、「司法が介入しすぎだ」と批判して、徹底的に争う姿勢を示しています。5月には、ハワイ州とメリーランド州の連邦地裁をそれぞれ管轄する連邦控訴裁判所で審理が行われる予定です。

「移民の国 アメリカ」はどこへ?

専門家は、一連の大統領令と裁判の動きをどう見ているのでしょうか?連邦最高裁判所の元書記官で、アメリカの司法制度に詳しい慶應義塾大学法科大学院のデイビッド・リット教授に聞きました。

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国を制限する大統領令によって、トランプ政権は、「移民の国であったアメリカが変わったことを世界に示した」と、リット教授は指摘しています。その結果、トランプ政権になってから、外国人のアメリカへの留学申請は大幅に減り、企業も海外からの優秀な人材の獲得に苦しんでいるといいます。

リット教授は、「入国制限のような政策は、アメリカの見方に大きく影響を与える。政権が、特定の人々に対してつらくあたることで、アメリカの威信は傷つき、仕事や教育、外交関係にも打撃となる。国際社会におけるアメリカの名を傷つけることになる」として、トランプ政権が入国制限を推し進めることに対して、懸念を示しています。

「大統領令は『テロ対策』か否か」

どのようにしたら、トランプ大統領の主張が認められると思うか尋ねました。「焦点は、大統領令をトランプ政権の主張どおりテロ対策とみるのか、それとも、『テロ対策』という名のイスラム教徒の排除の動きとみなすかだ」と指摘します。そのうえで、リット教授は、「トランプ政権は、選挙戦での発言を訂正し、アメリカ国内のイスラム教徒の多くは法律にしたがっていて、イスラム教徒を歓迎すると表明するべきだ。また、対象国となっているシリアやソマリアなどでは、ビザ審査を厳しくすることがいかに困難なことかも明らかにすべきだ」として、政権側が、差別の意図がないことをはっきりと示し、テロ対策が目的であることを証明できるかどうかだと言います。

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上告の可能性が高まる?

では、裁判の見通しはどうなのでしょうか。ポイントは、最高裁判所の判事の構成にあります。これまで1年以上にわたって欠員となっていた最高裁判所の判事に、トランプ大統領が指名した保守派のニール・ゴーサッチ氏が就任し、最高裁判事の過半数を保守派が占めることになりました。これによって、リット教授は、仮に連邦控訴裁で、執行停止の仮処分が再び支持された場合、「トランプ政権が最高裁で勝つ可能性を高めることになり、最高裁に上告する可能性が高まる」と見ています。これまでの一連の裁判で、大統領令の差し止めに支持を表明した保守派の判事もいるものの、最高裁では、安全保障や入国管理に関しては行政機関の裁量が認められることが重視される可能性があるため、リット教授は「最高裁で政権側の主張が認められる可能性は5割以上ある」と分析しています。

裁判の行方は政権にも影響

入国管理の厳格化は、トランプ政権の重要政策の1つです。それだけに、大統領令の執行が司法で認められるかどうかは、今後の政権運営に影響を与えると、リット教授は指摘します。リット教授は、最終的に司法が大統領令の執行を認めれば、トランプ大統領は、「アメリカ第一主義」のもと、移民や難民の受け入れ制限を進めやすくなるのではないかと見ています。一方で、政権側の主張が退けられることになれば、トランプ大統領にとっては大きな痛手となり、入国管理などの政策を進める代わりに、それ以外の政策を精力的に進めるだろうと見ています。すでに、オバマ前政権が進めた医療保険制度改革、いわゆるオバマケアの見直しは、身内である与党・共和党をまとめきれずに失敗しているだけに、これ以上のしくじりは、トランプ政権に対する国民の信頼が揺らぎかねないからだと言います。波紋を広げている大統領令は、入国制限だけにとどまらず、トランプ大統領の今後を占うものとしても注目されています。また、同時に、「自由」や「移民の国」といったアメリカの価値観も揺るがしかねないだけに、今後、司法がどのような判断を下すのか、注視していきたいと思います。

小宮理沙

国際部

小宮理沙 記者