オリンピック 体操 内村航平“あの瞬間”と向き合い続けて

金メダルを狙った東京オリンピック。内村航平は鉄棒の予選で落下した。「人生最大の目標」だった大舞台で経験した挫折。
あれから、およそ1か月。あの瞬間と向き合い続ける苦しみを経て、たどりついた“答え”があった。

目次

    人生最大の目標の舞台で

    内村の口から何度その言葉を聞いただろうか。
    「東京オリンピックは人生最大の目標」
    「どうしても出たい大会」
    出場の可能性を高めるため悩み、考え抜いた末にこだわり続けた個人総合を諦めて鉄棒だけに絞ることを決断した。国内の代表選考会では高得点を連発し、金メダル候補として東京オリンピック本番を迎えた。

    開幕2日目の7月24日、鉄棒の予選。内村は滑り止めで白くなった手でバーを握ると、いつもよりやや早いスピードの車輪で演技を始めた。
    演技序盤に続いた難度の高い手放し技を無事にクリアした。
    「もう大丈夫」内村自身がそう思った瞬間だった。

    手がバーから離れ、体は地面にたたきつけられていた。

    積み上げてきたものが一気に崩れ落ちた

    鉄棒の予選からおよそ1か月たった8月後半。
    内村がNHKのインタビューに応じ、あの瞬間を振り返った。

    「何が起きたのかわからなかった。気付いたらバーが手になくて、落ちたんだと気付いた」

    落下したのは鉄棒の演技に組み込んだ10個の中でも自信を持っていた技。ふだんは失敗したことのない技だった。念入りに確認した難度の高い他の技に比べて調整はわずかにおろそかになっていた。

    「ここまでものすごい練習を積んできたので、あとはやるだけ、と過信しすぎていたところはあったのかもしれない。柔道の大野将平選手が“自分を最後まで疑いたい”と言っていたが、僕にはその気持ちが足りなかったのかもしれない」

    「今まで積み上げてきたものが、一気に崩れ落ちた、あの1日でそんな感覚があった。“今までの功績は変わらない”と言ってくれる人もたくさんいたが、僕はもうどうでもよかった。“今できなかったら意味がない”僕には、そうしか思えなかった」

    現実と向き合いたどりついた“答え”

    栄光の道を歩んできた希代のアスリートにとって受け入れがたい現実。悲しみや落胆だけでなく、戸惑いがあったという。

    「東京オリンピックのあと、金メダリストの凱旋(がいせん)のニュースを見るけれど、“自分はもう違うんだな”と感じた。練習してきたことを試合で出せなかったことがこれまでなかったから、どうしていいかわからない」

    「努力をしても、結果にはつながらない。結果の出ない努力は、努力ではないのか。そんなことは無いと思う。だとしたら、努力とは一体、何なのだろう」

    自分のしてきた努力が間違っていたのか、何が悪かったのか、考えても答えの出ない問いに、頭の中が支配された。そして、たどりついた答えがある。自問自答を繰り返して探った道が、体操につながる道と交差した。

    「“努力は報われる”。それを証明するために、僕は体操を続ける」

    10月に控える世界選手権。そこで結果を残すことが自分の努力を正当化すると考えた。

    「努力したのに報われないことが受け入れられない。だから、それを証明する」

    もう1つ、4回目のオリンピックで初めてメダルを逃し、思いがけず気付いたことがあったという。

    「“オリンピックは、出ることに意味や意義がある”まさにそういうことなんじゃないかな。僕は最初あまりわからなかった。出るだけでは意味ないと思うけどな、と。だけど実際に自分がこうなってみて意味はあるのだと感じた。失敗したとしても人生の教訓をたくさんもらえるから」

    金メダルを獲得していれば、オリンピックの後、これほど苦しみ考え続けることはなかっただろう。だが、それによってたどりついた答え、そして、新たに気付いたこともある。
    人生最大の目標だった舞台を終えても、なお、内村の模索は続く。

    (スポーツニュース部 記者 田谷亮平)

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