オリンピアンが受けた“衝撃”
シドニー、アテネ、北京とオリンピック3大会連続出場の元陸上選手の為末大さんも「アーバンスポーツ」に刺激を受けた1人だ。
中でも、為末さんが「『なんだこれは』という衝撃」と表現したのが、スケートボードの女子パーク決勝。金メダル候補だった岡本碧優選手が難度の高い大技に挑むも失敗し、4位でメダルを逃した場面だ。
大技に果敢に挑戦した岡本選手を他の選手たちが抱え上げ称賛する姿は、今大会を象徴するシーンとして、数多く取り上げられている。
為末大さん
「オリンピックは、基準を決めて公平性の元にランキングを作るという世界。私自身も順位が絶対で、基本的には銅メダルよりよい4位というのはなかったですね。スケートボードにはそれ以上に『あなたらしいプレーができたことがすごい』とか『チャレンジした方がすごい』という価値観がおそらく強くある。ランキングが重要だった(陸上の)世界からみると、私にとっては新鮮に映りました」
“順位よりも自分のベストな滑り”
果敢にチャレンジする選手をたたえあうスケートボードの文化。このシーンについて、男子ストリートで金メダルを獲得した堀米雄斗選手に聞いた。
堀米雄斗選手
「碧優ちゃんは金メダル取れるだろうっていう期待やプレッシャーがあったと思うけど、その中で“自分のやりたいこと”を貫いていた。アスリートどうしが支え合っていると感じる、すごくいいシーンだった」
堀米選手自身も「僕は順位にこだわるってよりは、自分のベストな滑りをしようと考えている」と語る。
そうした考えの背景にはスケートボード独自の、ある文化がある。
スケートボード界では、大会で結果を出すことだけでなく、「ストリートパート」と呼ばれる街なかなどで滑る映像作品が重要視される。
特にアメリカでプロスケートボーダーとして認められるためには、“かっこいい”映像作品を残すことは欠かせない。
SNSが広まった今、多くの選手がネット上で技を披露することも可能になり、映像での表現はさらに価値を高めている。
堀米雄斗選手
「大会も大事だけど、それに勝っただけではアメリカで認めてもらえづらい。僕も最初は大会だけ出ていたが、“コンテストスケーター”と言われて悔しい思いをした。いい作品を残せば自分の価値が上がるし、スキルもよりアップする」
こうした文化が、順位がすべてではなく、よりかっこよく、より難しい技にチャレンジし、それをたたえあうというスケートボードの精神の根本につながっている。
堀米雄斗選手
「スケートボードは本当に自由だし、技を決めたら素直にみんなで褒めあい負けてもハグしに行く。みんながリスペクトし合っているのが魅力的なところ。それがオリンピックで伝わったと思う」
互いをリスペクトする
同じく新競技のスポーツクライミングでも、“互いをリスペクトする”という姿をかいま見ることができた。
オリンピックで実施された複合の種目のうち、複数の課題(コース)をいくつ登ったかを争う「ボルダリング」と、壁を登った高さを争う「リード」は、競技前に「オブザベーション」と呼ばれる、コースやルートの下見の時間が与えられる。
このオブザベーションでは、なんと、ライバルたちが国や地域を越えて攻略方法を話し合っていたのだ。
「なぜ、これから戦う選手どうしで話し合うのか」
銀メダルを獲得した野中生萌選手に素朴な疑問をぶつけると笑顔で答えてくれた。
野中生萌選手
「ライバルの選手と一緒に答え合わせをすることは、私たちは日常のようにしている。答え合わせをしたからといって、壁の前で体現できるかどうかは本人次第。駆け引きは全くなく、純粋にどうやって登るかを話し合っている」
答え合わせをした末に、自分が登れず他の選手が登れたら、悔しくないのだろうか。
野中生萌選手
「誰かが登れた時は『あれを登れたんだ、すごいな』という気持ちになる。あまりライバル意識がなくて、一人一人のクライミングのスタイルをリスペクトしている。競いあうというより、目の前の課題を登れたか登れないかが大事で、結果的にそれが分かりやすいように順位が出る、という感覚だ。私は、勝ちを取りに行くよりも、自分のスタイルで勝ちたい」
新競技が問いかけたこと
2人のメダリストが異口同音に語る、順位よりも自分たちのパフォーマンスに焦点を当てるという価値観。
為末さんは、スポーツ以外に生きる私たちにも響くものがあると指摘する。
為末大さん
「誰かが作ったランキングのもとで頑張るのが本当に正しいんでしょうか、ということだと思う。自分が、社会のどの役割において、何番目くらいにいるんだろう、と自然と考えていた頭に、自分らしく表現することを重視している人たちが出てきたことは、社会に問いかける価値観として大きいものがあると思う」
自分らしく表現すること。それは、ほかの競技でも、社会においても、決して存在していなかった価値観ではない。
ただ、明確に順位付けされるオリンピックという世界に熱中するうちに、あるいは、学校や仕事で何か成果を残したいと懸命になるうちに、私たちは忘れがちだったのではないか。
新競技で躍動したアスリートたちのことばは、その原点を思い出させてくれた気がする。
(スポーツニュース部 松山翔平・今井美佐子/おはよう日本 山野弘明)