オリンピック 稲葉監督はいかにしてチームを金メダルに導いたのか

日本野球界の期待を一身に背負い続けてきた。

「絶対に金メダルを取りたい。歴史に名を残す」と誓って東京オリンピックに挑んだ日本代表監督・稲葉篤紀、49歳。

就任から1469日。「結果はすべて監督の責任」と重圧をあえて引き受け、選手のことを第一に考えてきた。
監督の経験なく代表を率いることになった若き指揮官は、いかにしてチームを金メダルに導いたのか。

目次

    “チームのために”が浸透

    表彰式のあと、インタビューや会見をひととおり終えてほっとした表情を見せた稲葉監督。「おめでとうございます」と声をかけたときの反応がその人柄を表していた。

    稲葉篤紀監督

    「いえいえ、僕は何もやっていません!コーチと選手が本当に頑張ってくれた。支えてくれたいろんな人たちのおかげでここまで来られた」

    菊池涼介選手にかけてもらった金メダルを胸に笑顔の稲葉監督

    東京オリンピックで野球は3大会ぶりに復活し、正式競技では初めて金メダルを獲得した日本。初戦から緻密な野球を粘り強く続け、しぶとく勝利を収めてきた。球界の一流選手たちが実績にかかわらず、チームプレーに徹しバントや進塁打でつないで得点につなげた。

    この“自己犠牲”の大切さは稲葉監督が就任以来、繰り返し選手に伝えてきた。
    象徴する場面が決勝の1点リードの8回にあった。

    ノーアウト一塁で打席がまわってきた坂本勇人選手は、みずから「(バントで)送りますか?」と稲葉監督に聞いた。
    「送るよ」と答えると、坂本選手は迷いなく打席に向かい1球でバントを決めた。それが貴重な追加点につながった。

    稲葉監督

    「何が最善策かを選手がすごく理解してくれていた。選手は『何でもやります』という思いで大会に臨んでくれた。いいチームを作れたと思う」

    悔しさと使命感

    2017年7月。
    緊張した表情を見せた就任会見の時から稲葉監督は「金メダルだけを目指して全力でプレーする熱い選手を集めたい」と語っていた。

    これまでプロ選手で臨んだオリンピックでは、アテネ大会の長嶋茂雄さん、北京大会の星野仙一さんというプロ野球で多くの実績を積んだ指揮官が代表を率いてきた。それに比べて、稲葉監督は監督の経験は一切ない。

    就任当初は「稲葉で大丈夫なのか」とその起用を疑問視する声も少なくなかった。

    稲葉監督

    「『監督経験ないから稲葉だめだよね』って言われるのは悔しい。その中で絶対やってやると。いろんな候補の中で私を選んでくれたというのは一種の賭けだと思う。『稲葉を選んで良かった』と言ってもらえるように恩返ししないといけない。野球界を背負って人生をかけて戦うというのは誰もができるわけじゃない」

    悔しさと使命感がこの4年間、稲葉監督を突き動かしてきた。

    責任の重さを一身に

    稲葉監督は「野球をどんどん取り上げてほしい」との思いから、この4年間、数多くの取材に快く応じ、前向きな言葉を常に発してきた。

    それでも一度だけ心の内をかいま見たことがある。
    2019年8月、当初予定されていたオリンピック開幕から1年を切った頃。国際大会のプレミア12に向けた視察で台湾にいた稲葉監督が滞在先のホテルの部屋に招いてくれた。

    机の上には対戦する海外の選手の成績表。そこに球速やけん制球のクセ、選手の特徴などが細かくメモしてあった。

    ソファーに座る稲葉監督。
    話の途中、ふと本音が漏れた。

    稲葉監督

    「監督が不安になっていたらみんなに伝わるから、当然、表には出せないよ。でも正直、オリンピックのいろんなことを想像すると弱気になってしまう時、どうなるのかなって不安になる時もたまにある。金メダルを取れなかったらいろんなことを言われるだろうし。でもやっぱり誰にも話せない。一番責任を取るのはコーチでも選手でもなく、もちろん監督だから」

    次の2024年パリ大会で野球はまた競技から消える。自国開催でめぐってきた3大会ぶりの復活で至上命令の金メダル。その責任の重さを1人、抱えていた。

    代表監督の難しさ

    日本代表の活動期間は短く、主にプロ野球のシーズン開始前の3月と終了後の11月に限られる。稲葉監督はこの4年間、その難しさを感じ続けてきた。

    稲葉監督

    「選手はみんなチームでシーズンを勝つためにやっている。ふだんから日本代表で世界一になるのを目標にはやっていない。それはメンバーを選ぶ上ですごく難しい。日本代表に対しての思いが強い選手じゃなければ国際試合は戦ってはいけない。日本代表で勝ちたいという思いが強い集合体でありたい」

    オリンピック直前の強化合宿で写真を撮る日本代表の選手たち

    メンバーを選ぶうえで「いい選手を集めるより、いいチームにしたい」と繰り返してきた。短期決戦の国際大会ではチームの結束なくして勝利はない。
    これまでオリンピックやWBC=ワールド・ベースボール・クラシックを経験してきた稲葉監督が導き出した答えだった。

    稲葉監督

    「自分が結果を出せばチームのためになるという考え方の選手もいる。でも一番大事なのは、自分を犠牲にしてでも本当にチームのためにどうすればいいかを考えているか。選手が自分の役割を果たしてくれるチームにしたい」

    心で対話

    稲葉監督は限られた代表チームの活動期間中に選手1人1人との対話を大切にしてきた。
    初代表で緊張しがちな若手には歩み寄って気さくに声をかけた。
    練習ではバッティングピッチャーをみずから務め、ボール拾いもやった。

    いつもと違うポジションを守ってもらう選手には起用法を自分の口で説明して気遣った。

    稲葉監督

    「わりと僕は選手に年齢が近くて一緒にプレーしたことのある選手もいる。選手とコミュニケーションをとりながら選手と一体となってやっていけるのではないか」

    オリンピック決勝を前に打撃指導する稲葉監督(8月5日)

    代表の活動がない間は、野球に限らずさまざまな競技の指導者が選手たちにどんな言葉を使っているかを調べ、参考にした。
    部下との接し方について解説するビジネスマン向けの動画を見て勉強したこともあったという。
    今の選手たちとどう向き合えばいいか、新しい時代のリーダー像を模索していた。

    稲葉監督

    「その時代にあった指導のしかた、接し方はわれわれも日々勉強しなきゃいけない。現役のときは背中で引っ張るというのができた。でも監督になると自分がプレーできないから、背中という訳にいかない。何で語るかといったら言葉しかない。だから1人1人とのコミュニケーションしかない。ハートでしゃべる。ハートでぶつかっていく」

    選手との向き合い方

    稲葉監督はコーチ陣とも とことんひざをつき合わせた議論をしてきた。

    日本ハム時代にチームメートだった建山義紀投手コーチとは自宅も近いことから、ことあるごとに意見を交わした。

    取材をしたこの日は選手へのアドバイスのしかたが話題になった。

    稲葉監督

    「選手ってこのコーチが何を言ってくれるんだろうってすごく敏感だよね。聞かれたときにぱっと答えられないとこの人大したことないなって選手はすごく感じる。でもタテ(建山)はちゃんと答えをしっかり返してるから選手は近寄ってくるよね」

    建山コーチ

    「選手がうまくいってないときに『俺はこう思うけど、どう思う?』みたいに言って意見をすり合わせるのが一番いいんじゃないかなって」

    稲葉監督

    「俺もそれが一番いいと思う。自分の考えを言って、『俺はこうやってきた、でもこれはあくまで参考だよ』って。それをやるかやらないかは本人だし」

    選手に考えを押しつけるのではなくヒントを与える。あとは選手の判断や自主性に委ねる。そして、責任を取るのは自分。
    稲葉監督の選手との向き合い方は一貫していた。

    4年かけて築いたチームの成熟

    迎えたオリンピック。

    仙台で行われた直前合宿はわずか1週間。
    短期間でチームを作り上げなければいけなかったが、4年かけて選手に伝えてきた稲葉監督の考えは骨格となる選手にはすでに浸透していた。

    代表常連となった坂本選手や菊池涼介選手などが若手との橋渡し役となり、率先してチームをまとめていた。

    坂本勇人選手

    「全員が同じ気持ちを持ってやってもらいたいし、短い期間でコミュニケーションを取らないといけないので、率先して間に入ったりして、こちらからどんどん声をかけていきたい」

    オリンピック直前の強化合宿で談笑する菊池涼介選手(右端)ら

    菊池涼介選手

    「緊張している選手や気を遣う選手もたくさんいると思うので、みんなをいじりながらコミュニケーションを取れればいい」

    合宿中、4番の鈴木誠也選手からは「優勝して稲葉監督を喜ばせてあげたい」という言葉も聞かれた。

    指揮官が就任以来、地道に種をまき、育てたチームは自然と監督と選手が同じ方向を向いて走り出していた。

    稲葉監督

    「勝った負けた、打つ打てなかったは全部私の責任。選手は悔いを残さないよう思い切ってやってもらえばいい」

    稲葉監督はそう言って選手たちをグラウンドに送り出した。
    そして選手たちはプレーで応え、日本の野球の強さを世界に示してみせた。

    4年間の積み重ねが結実した瞬間、稲葉監督の目は涙であふれた。

    野球界の未来のために

    稲葉監督の契約期間は今大会まで。早ければ2023年に開催されるとされる次のWBCは新たな指揮官がさい配を振ることになる。
    稲葉監督は東京オリンピックでの金メダルが野球界の新時代を開く転換点になることを願っている。

    稲葉監督

    「やっぱりこの野球界をもう一度盛り上げていきたい。野球をやる子どもたちは減る一方なので、オリンピックは野球をもう一度知ってもらえるチャンス。ラグビーだってゴルフだって日本の選手が世界で活躍したら興味持って始める子どもたちが増えるわけだから。だから、金メダリストになった選手たちがどんどん野球の面白さを発信して、語り継いでいってほしい」

    (スポーツニュース部 記者 杉井浩太)

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