東京オリンピック=“アーバンスポーツ元年”

「ファイブフォーティー」「バースピン」「フリップインディ」「テイルウィップ」
これらすべて、東京オリンピックの新競技、スケートボードや自転車のBMXを中継するテレビから聞こえてきた技(=トリック)の名前です。そんな競技から13歳の金メダリストも12歳の銀メダリストも誕生しました。東京大会からオリンピックに加わった新競技“アーバンスポーツ”の魅力に迫ります。

目次

    こんにちは“アーバンスポーツ”

    観客のいない真新しい競技会場にゴーッという車輪が回る音が響き渡る中、スケートボードに乗った若きアスリートたちが見たこともないような回転技を決めていきます。大会序盤に行われたスケートボードストリートの風景です。

    そこから誕生したのが、日本史上最年少の金メダリスト13歳の西矢椛選手。あどけない中学生が表彰台の真ん中に立ち、両脇にも同年代の選手が並びました。

    メダリストの平均年齢はなんと14歳、ツイッターでは「スケボー」や「スケートボード」という言葉がトレンドの上位に入り、若い選手たちの活躍はSNSを中心に日本中の若者に拡散されました。

    隣の会場で別の日に行われたのがBMXフリースタイル。小型の自転車でアクロバティックな技を披露する競技です。

    音楽が大音量で鳴り響く中、会場には選手のプレーを実況するMCの声が響き渡ります。選手たちは、一人一人のプレーが終わるごとに拍手を送り互いをたたえあう、いい意味で“ゆるい”雰囲気が魅力です。

    5位に入った19歳の中村輪夢選手を3歳のころに競技の道に進ませた元BMX選手で父親の辰司さんは笑顔でこう語りました。

    「僕がずっと若いころからやっていたBMXとはもう世界が変わっちゃった感じです。輪夢もオリンピックという舞台に立てていろいろなひとにBMXをアピールできたし、この大会を見て輪夢くんみたいになりたいっていう子どもたちがいてくれたら、それが僕たちの夢ですね」

    “遊び”が“スポーツ”に変わる

    スケートボード、自転車BMXフリースタイル、バスケットボールの3×3、スポーツクライミング。

    全部オリンピックでは東京大会から採用された新競技です。大会前に、こうした競技名を聞いて競技の具体的なイメージがわく人はどれくらいいたでしょうか。

    公園や路地裏などで楽しむ遊びとして始まったこうしたスポーツを「都市型のスポーツ」、英語で“アーバンスポーツ”と呼ぶんです。

    “アーバンスポーツ”は、海外ではすでにメジャースポーツになっています。フランス南西部の街モンペリエでは、スケートボードやBMXフリースタイル、スポーツクライミングなど25種目のワールドカップが同時に行われる大会が毎年開かれます。

    フランス モンペリエで開かれたBMXのW杯(2019年)

    その光景はまるでスポーツ版の「野外音楽フェスティバル」。街の真ん中を流れる川沿いに仮設の競技会場ができあがり、DJによる大音量の音楽が鳴り響くなか同時進行でいくつもの競技が行われます。参加者は自分が好きな競技を間近で楽しみ、ビールを飲んだり、踊ったり、なかには競技を体験するコーナーもあります。

    人口25万人のモンペリエに5日間で60万人が訪れる大イベントに成長しました。この魅力に引き寄せられるのは10代を中心にした若者たちで、さながら若者のスポーツの祭典といったところです。

    これまで「遊び」というカテゴリーで見られていたものが、人々に「スポーツ」として認められる。東京オリンピックを通して、私たち日本人も、世界の多くの人たちも、その瞬間をいま目の当たりにしているのかもしれません。

    新競技の背景にIOCの危機感

    なぜ“アーバンスポーツ”がオリンピックに加わったのか。

    そこには「伝統的なスポーツだけではオリンピックは生き残れない」と、大会の斬新な改革に取り組もうとするIOC=国際オリンピック委員会のねらいが見え隠れします。

    あるIOC委員はこう指摘しました。
    「伝統的なスポーツだけではオリンピックはこれ以上、生き残れない。厳しい上下関係やヒエラルキーが根強いスポーツばかりでは若い世代はついていけない。アーバンスポーツは上下関係がフラット。『かっこいい』『楽しそう』そう思えるところに価値がある」

    そのことばどおりスケートボードではミスをした選手には周りの選手が声をかけ、大技が決まれば自分のことのように喜びます。

    BMXでは30代の選手も10代の選手も誰もやったことがない新しい技を決めようと競い合いました。

    そういう姿はSNSで拡散され、多くの若い世代が憧れを覚えるようになっています。

    「オリンピックはBMXやスケートボード、サーフィンを取り入れたことでフレッシュになったと思う」
    「世界中の人たちがオリンピックを見る中でリアルなスポーツだと認められたと思う」

    いずれもBMXで初代のメダリストとなった世界的なスター選手のことばです。

    若い世代を取り込んだ持続可能なオリンピックを目指しているIOCと、競技を普及したいアーバンスポーツ界の思惑が一致したのが、この東京オリンピックだったといえるかもしれません。

    “オリンピックの新たな価値”

    IOCのバッハ会長は東京大会の成功を高らかに宣言した総括会見の中で、その要因の1つにオリンピックにデビューしたアーバンスポーツをあげました。

    「新たな世代をこの大会で魅了することができている。彼らの活躍はSNSなどデジタルプラットフォームで特に若い世代とつながっている。私たちはオリンピックの新たな価値を見いだすという点で目標を達成したと思う」(NHKのインタビューに対して)

    2024年のパリオリンピックでは、これらのスポーツに加えてブレイクダンスも採用されます。

    無観客で行われた今大会では残念ながら観客の高揚感や賑わいはありませんでした。それでも選手たちの活躍で2021年がオリンピックにとって“アーバンスポーツ元年”になったという声が聞かれます。

    若い世代に圧倒的に支持されているアーバンスポーツに、次のパリ大会からは観客という重要なパーツが加わってオリンピックの話題の中心になる日が来るかもしれません。

    そう思わせる心の高ぶりが残った大会だったことは間違いありません。
    (スポーツニュース部 国武希美記者)

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