オリンピック 空手の喜友名諒 “完全無欠”を追い求めて

東京オリンピックの新競技、空手の男子形で圧倒的な強さで日本に初めて金メダルをもたらした喜友名諒選手。ただ満足はしていなかった。
「満点ではなかったのでまだまだ修正点がある」
オリンピックという夢の舞台で、前人未到の満点での優勝を目指した喜友名選手が追い求めたものとは。

目次

    満点を現実にねらえる男

    男子形において、喜友名選手の実力はぬきんでていた。

    日本一を決める全日本選手権は史上初の9連覇。アジア選手権は4連覇、そして世界選手権は3連覇中だ。そのほかの大会でも優勝を積み重ね、国際大会で96連勝した経験もある。

    しかも、ほとんどの大会で2位以下を寄せつけない大差で優勝しているのだ。

    だからこそ、東京オリンピックでは、すべての競技を通じて最も金メダルに近いと言われ、中には「会場に来さえすれば金メダルだ」という声すらあがるほどだった。

    しかし、喜友名選手が掲げたオリンピックでの目標は私の予想をはるかに超えるものだった。

    「満点で優勝します」

    スポーツにおいて、“絶対王者”という存在は時に見る側の楽しみを奪いかねないが、喜友名選手の場合違った。空前絶後の偉業を成し遂げる瞬間を見せようとしてくれていた。

    形の採点 満点はあり得るのか?

    「形」は7人の審判が、立ち方や流れるような動きなどの『技術点』と、スピードや力強さなどの『競技点』をそれぞれ採点する。

    審判の持ち点は10.0が最高。技術点・競技点とも上位2人と下位2人を除いて、残った3人の点を合計したうえで、技術点は70%、競技点は30%に配分。さらにそれらを足したものが選手の点数となる。つまり30.0が満点だ。

    過去に満点をたたき出した選手はいない。だが、喜友名選手が最も近い選手であることに違いない。

    去年1月には、国際大会の決勝で、審判の1人から技術点・競技点ともに満点の10.0を採点されたことがある。

    喜友名選手

    「自分の思うような演武ができれば、満点は絶対出ると思っている。オリンピックで新しい歴史を作りたい」

    荒々しさと柔らかさ

    前人未到の満点優勝へ。
    喜友名選手は2つのことをみずからに課した。
    まず『荒々しさを極める』ことだった。

    喜友名選手の流派「劉衛流」の最大の特長で相手を倒すという形の本質につながる部分だ。

    喜友名選手

    「攻めるときは相手に一呼吸もあたえず前に前に攻撃をしかける意識を持っている」

    荒々しさを表現するため最も重要になるのが技の力強さ。喜友名選手の最大の持ち味だ。その力強さの源となっているのが日々の稽古。これまで15年以上、1日も休んだことがないという。

    その稽古が報道陣に公開されたときのことだ。掲げているテーマに驚いた。

    倒すのではなく「砕く」。
    しかも見えない相手を…。

    稽古場には、師匠から「砕け!」という声がさかんに飛んでいた。喜友名選手が砕く感覚を養おうと取り組んだのがまきを突く稽古。

    「突いていたら楽しくなって、つい」と話す喜友名選手の拳は皮が何か所もむけていた。

    ウエイトトレーニングにも力を入れた。自身のSNSにはトレーニングの様子がよく公開されるが、朝6時に公園の鉄棒で、ひたすら懸垂を繰り返す動画が投稿されていた。

    荒々しさを表現するための力強さを求める姿勢は群を抜いていた。

    次に『柔らかさ』。

    荒々しさに相対するもののように聞こえるが、攻撃の「動」から、相手をけん制する「静」の姿勢に移る時などに柔らかさがないと、緩急のある動きは表現できない。力強さが持ち味の喜友名選手にとって、柔らかさは長きに渡って取り組んできた課題でもあった。

    動きの参考にしたのが地元沖縄の「琉球舞踊」だった。国の重要無形文化財に指定されている伝統芸能。足の運びや手の動きなどで感情を表現する琉球舞踊の独特のしなやかな動きから、ひざの動きを中心に学んだ。

    喜友名選手

    「まだまだ自分はひざがかたいので、柔らかく動くことができていない。琉球舞踊は足の運び方が1つ1つ難しいが、学んだことを空手に生かしたい」

    オリンピックの金メダルは通過点

    満を持して迎えたオリンピック。

    大会前、「ほかの選手を圧倒する。負ける気がしない」と意気込んでいたとおり、予選から2位以降の選手に大差をつけてレベルの違いを見せつけた。
    「ほどよい緊張感がよかった」と独特の緊張感や金メダルへのプレッシャーすらも力に変えて、得点も徐々に上げていった。

    そして決勝。
    手数が多い形なだけに力強さが際立ったが、バランスが大事になる繊細な動きも抜群だった。
    得点は、満点には届かなかったものの28.72。銀メダルの2位に1点以上の大差をつける圧勝だった。

    喜友名選手

    「気持ちをいれて勝負することはできた。空手に関しては終わりはなく、まだまだ技術を磨いていけると思う。満点を取れるように一生鍛錬していきたいと思う」

    最後に聞いた。
    「金メダルを取った翌日も稽古はするんですか?」

    喜友名選手

    「まだほかの選手の試合が残っているんで応援しますが、そのあと部屋でトレーニングします」

    妥協を知らない絶対王者には、愚問だったと反省した。

    きょうも荒々しく、そして柔らかく。
    理想の形で満点を目指す喜友名選手の挑戦は終わらない。

    (スポーツニュース部 記者 猿渡連太郎)

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