オリンピックのマラソンコースを記者が走ってみた!

「5月とは別物だ」ーーー8月4日、朝7時の札幌。東京オリンピックの男子・女子のマラソンと同じ時刻にコースの試走を始めた。テスト大会が行われた5月5日の早朝に同じコースを走ったときは、あんなに気持ちよく走れたのに…。マラソン担当の記者が足で稼いで見えたものとは。そして、今回のレースで引退する大迫傑選手の準備の舞台裏も公開する。

目次

    走ったのは陸上歴26年の記者

    41歳、走ります

    私はマラソン担当の記者、41歳。高校から陸上を始め、社会人になってからはハーフやフルなどの市民マラソン大会に参加してきた。

    千葉の母校、長生高校は、有森裕子さんや高橋尚子さんを育てた故・小出義雄監督が指導者としてのスタートを切った場所。小出監督には生前に取材をさせていただいた縁もあり、「小出監督の孫弟子」を名乗っている。

    3年前にマラソン担当を志願し、IOC=国際オリンピック委員会の提案による突然の札幌への会場移転に右往左往させられた1人だ。

    猛暑の対策として、選ばれたコースとはどんなものなのか。これは走らなければならないと、テスト大会が行われた5月と、本番直前の8月の計2回、現地を走ってみた。

    (※札幌市は8月2日から、まん延防止等重点措置が適用されているが、市は不要不急の外出を呼びかけているものの、屋外での運動など健康維持のため必要なものを除くとしている。マスク着用やソーシャルディスタンスの確保など対応しながら走った。PCR検査を定期的に実施しこれまで陰性)

    これが札幌のコースだ

    まず札幌のコースがこちら。1周目は20キロの大きいループ、2周目と3周目は10キロの小さいループを回る、変則的な周回コースだ。

    マラソンのコース

    コースを知るために走ったのは、スタートからフィニッシュ地点までの大きいループで、本番と同様に札幌大通公園を2周してからスタートしたので、トータルで22キロとなる。

    5月はテスト大会が行われる当日の朝5時前にスタートしたが、8月の試走はその暑さを体感するため、本番と同じ朝7時に走り出した。

    勝負のポイントに行く前に、おおむね5キロごとにコースの特徴を説明したい。

    まずは5キロ地点まで。スタート地点にはオリンピックのコースを記念して、銘板が埋め込まれている。この銘板は5キロごとのほか、中間地点などにも設置されている。

    コースのあちこちに埋め込まれています

    選手たちはここを起点に、まずは札幌大通公園を2周(1周およそ2キロ)回ったあと、歓楽街・すすきの地区を通り抜けて南下していく。

    10キロ地点まではアップダウンがいくつかある。最初が6キロ地点の幌平橋。橋の架かる豊平川の上は風が通り抜けて気持ちいい。

    風が心地よかった

    また8キロ地点は、コースで一番の約10メートルの高低差がある白石・藻岩通の坂にさしかかる。私の息はかなり上がったが、まだまだ序盤なので、日本代表が遅れることはなさそうだ。

    写真の奥が坂になっています

    そして、10キロ地点を通る平岸通は、直線でなだらかな下り坂となっている。日ざしは気になるが、ここで息を整えることができる。

    暑い…

    南七条大橋を渡り、再び豊平川を越えていくと、16キロ地点までは、4キロほど創成川通を北上していく。カーブはなく、直線が続く。

    直線が続きます

    ちなみに13キロすぎの歩道橋には「若者よ心にブレーキを」の交通安全の標語が。まだスパートを仕掛けるのは早いということを暗示しているのだろうか。

    ランナーもブレーキか…

    そして22キロ地点までの道のりで通過するのが北海道大学の構内。平時は出入り自由のため、ジョギングする市民ランナーの姿も多く、直線でおよそ1キロのいちょう並木には木陰が広がり、走りやすい。

    最後は北海道庁赤れんが庁舎を通り抜ければ、発着地点の札幌大通公園まであとわずかだ。

    赤れんが庁舎が見えてきました

    ポイント(1)創成川通=暑さ対策

    創成川通付近

    では、勝負のポイントはどこか。目を向けたいのが同じ場所を3回通る10キロの小さいループ。長い直線の創成川通がポイントの1つになる。

    5月に私が走ったときは、ぐんぐん足が進み、1キロ6分ほどで走ろうと思っていたが、5分20秒ぐらいへと勝手にペースアップしていた。

    実はこのペースアップ、男子の服部勇馬選手も経験している。5月のテスト大会(ハーフマラソンで実施)の前日会見で、服部選手は「1キロ3分5秒ぐらいの、夏のマラソンで想定されるペースを刻む」と宣言していたものの、1キロ3分を切るペースでフィニッシュした。

    5月のテスト大会でスタートする服部勇馬選手(中央)ら

    レース後、服部選手は「オリンピックでも1キロ3分5秒よりもう少し早くなるのではないか」と話すなど、イメージを作り直す必要性を感じていた。札幌のコースは平たんと表現されるが、やはり高速レースになるのか。

    しかし、8月に走って私の考え方が一変した。5月に走った際は、日の出直後の時間帯で空も曇り涼しく感じられたが、8月に走った際は日が出ていて、こちらの写真はフィニッシュが想定される午前9時すぎのものだが、すでにかなり日が高く暑く感じた。

    午前9時すぎでもこの日差し…

    コースの中でもこの創成川通は、道路の左側も右側も日ざしを遮るものがなく、晴れた場合は選手たちの右後方から容赦なく日ざしが照りつける。

    さらに、さっぽろテレビ塔から先は目立った目標物もないため、じりじりとした神経戦となり、高速レースとまではならないかもしれない。

    ポイント(2)北海道大学構内=密集対策

    北大の構内はクランクのよう

    そして、もう1つのポイントは、やはり北海道大学の構内の細かいクランクだろう。

    構内に入ってから、ほぼ直角のコーナーが立て続けに7つあり、前の選手が見えにくくなることから、後半のスパートの仕掛けどころとみられている。

    3回通ることから最短距離を走りたいところだが、特に1周目は大集団が予想され、密集の中で転倒が心配される。

    テスト大会でも服部選手が曲がる方向に手信号を出して、後ろの選手に合図する場面があったが、こうした接触しない工夫も求められる。

    そして、密集に気をつけるといえば給水エリア。暑くなると予想されることから、みな必死に取りに来る。日本のマラソンを振り返ると、バルセロナ大会の谷口浩美さん、シドニー大会の山口衛里さんが給水所で転倒している。なんとか転倒せずにクリアしてもらいたい。

    名伯楽の教え

    さて、さかのぼって5月の試走の際、北海道大学のクラーク博士の像の前で、ある人と出会った。見覚えのあるオールバックの髪型。駒澤大学陸上競技部の大八木弘明監督だ。代表の中村匠吾選手を長年指導していて、テスト大会を前にコースを走りながら下見している様子だった。

    面識はないものの話しかけてみる。

    「(記者)すみません、NHKの記者ですが」

    「(大八木監督)おおー、走ってるな」

    「(記者)やはりポイントは北大のクランクですか」

    「(大八木監督)いやあ、違うな」

    「(記者)では、どのあたりが」

    「(大八木監督)35キロ地点じゃないか」

    消火栓の手前に銘板が見えます

    35キロ地点。創成川通のやや北側に当たるところだ。大八木監督が指導している中村選手の持ち味は、2年前の代表選考レース・MGCでも見せたスパート。ここで勝負をかければ、中村選手がMGCで優勝したレースの再現になるのか、注目だ。

    飲料を5本飲んだ

    暑かった!(筆者)

    ここで1つ、あるデータをお示ししたい。それは、私が22キロを走って飲んだペットボトル飲料の本数だ。1本あたり500から600ミリリットル。5月はわずか2本で完走したが、日ざしのあった8月の試走で飲んだペットボトルの本数は、5本。

    これだけ飲んでも、脱水による頭痛、右足のふくらはぎがつりそうになるなど、体に変調をきたした。

    日本選手もそれぞれ暑熱対策を行っているが、結果を左右する最大のポイントになりそうだ。

    ラストランの大迫選手 ぶれない信念で走る

    大迫傑選手

    最後に、今回のオリンピックを最後に現役引退の意向を表明している大迫傑選手のこれまでの準備についてお伝えしたい。

    取材に応じてくれたのは、去年の福岡国際マラソンで優勝した吉田祐也選手。ことし4月から6月まで、大迫選手がアメリカで行っていた合宿に参加していた、まさに準備の舞台裏を知る人物だ。どういう練習をしていたのか。

    「練習自体はオーソドックスなんですけど、やっている練習の質の高さと量の多さ、そして1人でずっと継続していることのすごさを感じました。標高2000メートルを超える高地で、負荷の高いワークアウトを、僕の1.5倍から2倍ぐらいはやっている感じですね。ジョッグはどちからかというと僕の方がやっている感じなんですけど」

    吉田祐也選手

    吉田選手もマラソンで2時間7分5秒のタイムを持つ日本トップレベルの選手だが、肌で感じた大迫選手の走りはどうだったのか。

    「走りとか動きに関しては、ウエイト系の練習を取り入れているということもあって、推進力が全然違う。一緒に走っていて、同じテンポで走るとどんどん離されちゃうという状態でしたね。継続しているから、長い時間をかけてああいう走りになっているんだろうなって印象を受けました。信念をぶらさずにやっているからこそ、できているのかなと」

    吉田選手への取材中、何度も出てきた「信念」という言葉。私もこれまで行ってきた大迫選手へのインタビューで特に感じるものだ。

    「終始一貫してぶれない感じですね。やり始めた時から、この大会でこういう結果を出すために、こういうトレーニングをと、大会を決めた日から逆算して組んで。信念を持って、とにかく地道に継続する以外は強くなる手段はないんだよって教えていただきました」

    その大迫選手、東京オリンピックでどんな走りを見せてくれそうか、最後に聞いてみた。

    「僕が見ている限りで、あれだけ強い日本選手は見たことがないので、このまま行けば普通にメダルを取れるんじゃないか。そこまで大迫さんもメダル、メダルと躍起になっているわけではなくて、出た結果が自分の結果だからというスタンスですけど。陸上界を変えたいという話をずっとしていて、行動を起こしてそれを変えようとしているので、存在としてすごいなと思います」

    マラソンのフィニッシュ地点にて

    2017年に大迫選手がマラソンに参戦して以来、日本選手全体のタイムが向上するなど明らかに変わった日本のマラソン界。大きな節目となるこの東京オリンピックという舞台で、選手たちがどういう走りを見せてくれるのか。最後まで見届けたい。

    (スポーツニュース部 記者 本間由紀則)

      最新ニュース

      もっと見る