オリンピック ボクシング女子 歴史の扉を開いた2人

ボクシング女子で、オリンピックに初めて出場した日本。出場した2人の選手がいずれもメダルを獲得する快挙を成し遂げた。フェザー級の入江聖奈選手が金メダル。フライ級の並木月海選手が銅メダル。日本ボクシング界の歴史的快挙の背景と、2人の素顔に迫る。

目次

    日本女子初のメダルは金

    入江選手(右)

    フェザー級の決勝で、20歳の入江選手はフィリピンのネスティー・ペテシオ選手と対戦した。

    この選手は2019年、世界選手権のチャンピオン。入江選手は、この大会で対戦し、敗れている。その相手に、5対0の判定勝ちを収め、日本女子初めてのメダルを獲得。その色は「金」だ。

    入江選手

    「夢みたいで何回もほっぺたをつねりました。今も夢の中のような気がします。実感がわかない」

    金メダリストの素顔

    入江選手は日本体育大学の3年生。鳥取県出身で、県出身者として初めてのオリンピック金メダリストに輝いた。素早いステップワークを生かして、左ジャブや右ストレートを打ち込んでいくのが持ち味だ。その素顔は魅力にあふれている。

    「ボヨヨンとしたシルエットと、つぶらな瞳が本当にかわいい」と、「カエル好き」を公言。ペットのカエルをプリントしたTシャツや、カエルが描かれたマスクを愛用し、マウスピース入れにもカエルのシールが貼られている。大学では心理学のゼミに所属して「浮気の境界線」を研究テーマにしているそうだ。

    入江選手のペット ジャイコ

    逆上がりとマットが苦手

    入江選手の名前の聖奈は父親が好きだったというモーター・スポーツのF1ドライバー、アイルトン・セナ選手が由来。ボクシング漫画の「がんばれ元気」の主人公に憧れ、小学2年生で競技を始めた。運動神経は決していいほうではなく、鉄棒の逆上がりや、マット運動を苦手にしていた。

    入江選手が育ったジムの会長で、小学生の頃から指導してきた伊田武志氏(日本ボクシング連盟女子強化委員長)が語る。

    伊田武志氏

    「センスや天才的な何かを持ってたかというと、全くない。普通の女の子。しかし、並々ならぬ努力をしてきている。たとえつまらない練習であっても、コツコツと積み上げて、やり続けられる強い精神力を持っている」

    足りないところはある。そこを人一倍の努力で乗り越える。努力ができるという才能が、入江選手を表彰台の最も高いところに押し上げたのかもしれない。

    入江選手

    「本当に運動音痴。運動が苦手な子でも、努力を諦めなかったら、何かつかむことができるということを、教えてあげられたと思う」

    フライ級の頂点をめざし

    女子フライ級では、並木選手が1回戦、2回戦、準々決勝と勝ち上がった。4日の準決勝では、ブルガリアの選手に判定で敗れたが、銅メダルを獲得した。

    並木選手

    「目指していたのは金メダルだった。残念で悔しい気持ちが強い。初めての舞台でここまで来られたことは、自分を褒めてあげたい」

    金メダルだけを目標にしてきた並木選手。準決勝での敗退に涙をぬぐいながらも周囲への感謝は忘れなかった。

    「本当にいろんな方々に応援してもらって、力になった。感謝の気持ちを金メダルで表したかったが、それができなかった。次は1番いい色のメダルを取れるように頑張りたい」

    吹奏楽部と思われていた

    並木選手は自衛隊体育学校所属の22歳。身長1メートル53センチの小柄な体から、ステップワークで攻めどころを見つけ、左右の連打や強烈なパンチを打ち込むスタイルだ。2018年の世界選手権で銅メダルを獲得し、東京大会でもメダル獲得が期待されてきた。

    幼いころから空手やキックボクシングに取り組んだ。中学に進むといったんは、「普通の女の子として生きたい」と、格闘技から離れた。しかし次第にもの足りなさを感じたといい、中学2年生の時、ボクシングを始めた。

    元世界チャンピオンの内山高志さんをはじめ多くのプロボクサーを育てた埼玉県の花咲徳栄高校に進んだ。千葉県成田市の自宅から片道およそ2時間半かけて通学し、競技に励んだ。同学年の生徒たちはボクシングをしていることに気付かなかった。

    並木選手

    「1年生の時は吹奏楽部と思われていた。もともと人見知りで、基本的にあまりしゃべらないタイプだったし、顔も白い。ただ、試合で勝っていくうちに『本当にやってたんだ』と思われるようになった」

    入江選手がカエルを愛しているのに対し、並木選手は、犬を愛している。実家で飼っている犬と戯れるのが自分にとっての一番の癒やしになるという。

    並木選手

    「ゴールデンレトリバー2匹とトイプードル2匹がいる。めちゃくちゃかわいい。犬を触って、一緒に寝ていると落ち着く」

    強い戦闘マインド

    日本代表合宿での並木選手(2021年6月)

    楽器を弾けないのに吹奏楽部員と思われる。実家の4匹の犬に癒やされる。そんな並木選手がひとたびグローブをはめると別人に変わる。

    自衛隊体育学校で並木選手を指導してきた矢田圭一氏(日本ボクシング連盟女子強化委員)は証言する。

    矢田圭一氏

    「ボクシングをやっていない時はおとなしい。しかし、いつ、どんなタイミングでもスイッチを入れることができる。勝利に対する気持ちを持って、殴り合いができる。戦闘マインドが強いと感じる」

    並木選手

    「足を使いつつ、自分から仕掛けてしっかりとしたパンチを打つ。女子選手ならではのガッツを見てもらいたい」

    メダル獲得がもたらすもの

    2人はそれぞれの持ち味を存分に発揮した。日本のボクシング女子で初出場・初メダルを成し遂げた2人。その歴史的快挙がもたらすものは何か。大会前に2人が誓っていたことばに、そのヒントがあった。

    入江選手

    「女子のボクシングがまだマイナーだというのは、自分自身すごく分かっている。人気が出る起爆剤になりたい」

    並木選手

    「女子のボクシングを、日本の皆さんにもう少し知ってもらいたい。印象に残る試合をして結果を出したい」

    女子のアマチュアボクシングは広く普及しているとは言い難い。日本ボクシング連盟の資料によれば、2020年度(ことし3月末時点)の小学生以上の女子の選手登録者数は432人。3005人が登録している男子の7分の1ほどだ。

    さらに連盟によれば、新型コロナウイルスの影響で国内の大会が開けなくなったこともあり、女子は前の年度の同じ時期と比べて104人減っている。

    日本ボクシング連盟の内田貞信会長に、女子のボクシングの普及が進んでいない事情と今回2人がメダルを獲得した意義について取材した。

    内田会長

    「競技の安全には万全を尽くしている。どうしてもパンチを打たれるというイメージが先行している。大学で女子のリーグ戦が盛んではないことなども伸び悩んでいる要因になっていると思う。選手たちはまだ普及途中の競技であることをよく理解している。オリンピックの期間中、女の子を持つ親から『どこに行けばボクシングを始められるのか』と連盟に問い合わせがあった。2人の活躍が与える影響は大きい」

    歴史の扉を開く

    入江選手

    金メダルを取って、取り上げてもらえるチャンスが増えたと思う。そこを入り口にして、女子のボクシングが盛り上がっていったら本当にうれしい。

    「歴史の扉を全開にした」入江選手が話すように歴史の扉を開き、新しい時代の幕開けにつながるか。若い2人の活躍を今後につなげることができるのか、日本ボクシング連盟の手腕や現場の努力が必要になる。

    (スポーツニュース部 記者 小野慎吾)

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