レスリング 文田健一郎は“投げて勝つ”にこだわり続ける

「金メダル最有力」と言われた文田健一郎は決勝で敗れ、人目をはばかることなく号泣した。
「すごく悔しい。もっともっと、魅力的なレスリングがしたかったです」
文田にはどうしても金メダルにこだわる理由があった。
「投げて勝つレスリングは強いと証明したい。そしてグレコローマンスタイルの魅力を伝えたい」

目次

    日本では主流とは言えなかった“グレコ”

    グレコローマンスタイルは、「ギリシャ・ローマのスタイル」という意味で、起源は古代ギリシャ・ローマ時代にさかのぼる。下半身へのタックルが中心となるフリースタイルと違って上半身しか使えないため主な攻撃手段は「投げ」だ。

    日本のレスリングは、長くフリースタイルが主流だった。小中学生に“グレコ”の大会はなく、高校生もフリースタイルがメイン。オリンピックでの金メダル獲得数は、男子フリースタイルの17個に対してグレコローマンスタイルはわずかに4個しかない。

    「そんな現状を自分の“投げ”で変えたい」ーー文田は以前から強く意識していた。

    文田選手

    グレコの一番の魅力は“投げ”だと思います。それが伝わるようなレスリングができれば、もっともっと注目されて、取り組む人が増えると思うんですよね。

    父が伝えた“グレコ”の魅力

    文田選手(右)と父・敏郎さん(2012年ロンドン五輪会場で)

    “グレコ”の魅力を文田に伝えたのは指導者である父・敏郎さんだった。小学4年生でレスリングを始めたものの、フリースタイルの基本であるタックルが苦手だった息子をこう振り返る。

    父・敏郎さん

    試合でも勝てず、しぶしぶやっていた感じでしたね。だったら、タックルの代わりに投げを練習させてみようと思ったんです。

    自身も“グレコ”の選手だった敏郎さん。投げ技に興味を持ってもらおうと、中学に入ったころから息子に毎日のようにグレコローマンスタイルの海外選手の映像を見せた。父の思惑は、はまった。

    「霊長類最強」と言われたロシアのアレクサンドル・カレリン選手をはじめ、屈強な男たちによる豪快で華麗な投げ技の数々。それまでのレスリングのイメージは一変した。

    文田選手

    衝撃でした。レスリングはフリースタイルだけじゃないんだというか、全然違う魅力があるということに気付いて、自分もこの投げで勝ちたいと思いましたね。

    それ以来、文田は父に教わって一心不乱に投げ技を練習するようになった。どんなにつらい練習も手を抜かず楽しそうにやり続けた。練習にのめり込みすぎて熱中症になることも何度かあったという。

    レスリングアジア選手権 準決勝の文田選手(2020年)

    そして「必殺技」にまで技術を磨いたのが、相手と胸を合わせて後方に投げる「そり投げ」だ。天性の柔軟性と体のバネ、それに非常に強い引きつける力が相まって、少々不十分な態勢からでも大きな弧を描いて投げ落としビッグポイントを奪うことができる。父にたたき込まれたこの技に特別なこだわりが生まれていった。

    文田選手

    練習でも試合でも一番投げてきた、一番大事にしている技ですね。この技で攻めるレスリング、投げにこだわるレスリングは強いんだぞって証明したい。

    警戒 対策 すべて乗り越えて

    「そり投げ」をひっさげ、国内外で実績を重ねていった文田。2017年には世界選手権を制しグレコローマンスタイルの日本選手で34年ぶりに世界チャンピオンとなった。しかし、このころからそり投げの威力は世界に知れ渡り、対策を取る選手も増えていく。

    そり投げに入るために文田は右腕を相手の左脇に差し込み、胸と胸を合わせなくてはならない。それを封じようと脇を固めたり、腰を大きく引いたりしてそり投げの体勢に入らせないようにするのが常とう手段となっていった。

    文田は、そり投げ以外の攻め方を模索し始めた。守りを固める相手を押していく、「前に出る」レスリング。そのまま場外に出すか、対抗して押し返してくれば、その隙をついてそり投げでしとめようという戦い方だ。

    立ち技が警戒されるならばと、寝技にも力を入れた。相手を回転させる「ローリング」は、引きつける力の強い文田だけに非常に強烈だった。

    世界選手権男子グレコローマン60キロ級で優勝(2019年)

    その成果は表れる。2019年の世界選手権、文田はローリングを得点源にして勝ち進み、2回目の優勝を果たした。しかし、このときも口にしたのは反省のことばだった。

    文田選手

    投げがあまり出せなかったのは少し悔しいなと思います。もっともっとそり投げを磨いていかないといけない。

    あくまで理想の勝ち方は「投げて勝つ」こと。新たな技は、そのための布石にすぎない。どれだけ対策をされても投げへの強烈なこだわりを捨てることはなかった。

    “投げ”にこだわったがゆえに…

    東京オリンピック、レスリング男子グレコローマンスタイル60キロ級。 案の定、すべての相手が文田の投げを警戒し、守りを固めてきた。思うように投げられないのはこれまでと同じ。ただ、違っていたのは寝技も思うようにかからないことだった。

    2回戦、準決勝とローリングをしかけにいくも決まらず、ロースコアの試合が続く。投げだけでなく、寝技も研究されている様子がうかがえた。それでも決勝に進み、文田はいつものことばを口にした。

    文田選手

    向こうも対策を徹底してますけど、決勝ではしっかり投げを見せたいですね。

    決勝で対戦したのはキューバの選手。文田は右手首をがっちりとつかまれ、そり投げを徹底的に封じられた。寝技でポイントを奪われ0対4とリードされる。

    文田も寝技をしかけるが相手の堅い守りを崩せない。リードを許したまま残り2分を切ったとき、初めて文田に焦りが見えた。不十分な体勢のまま、強引に投げにいこうと抱え込む。

    しかし、それは相手を呼び込むことにつながり、押し出されてしまう。ポイント差は広がり、逆転することはできなかった。

    文田選手

    相手が対策をしてくるのはずっとわかっていた。投げられなくて歯がゆいのはずっと感じていた。その中でもう1つ我慢して自分の形を徹底するというところが足りなかった。

    投げにこだわったがゆえの焦り。それが文田のレスリングを土壇場で崩してしまった。

    オリンピックの借りはオリンピックで

    「優勝して父のレスリングのすごさ、強さを証明したかった」

    涙は止まらなかった。オリンピックの舞台で父が教えてくれた投げを一度も出せなかった。父が教えてくれたグレコローマンの魅力を見せられなかった。そんな悔しさ、グレコローマンへの愛があふれていた。

    文田選手

    オリンピックの借りはオリンピックでしか返せない。そのことばをしっかり胸に刻んで 次は笑ってマットを降りれるようにしたいです。

    投げて勝つレスリングは強い。それを証明するまで、文田健一郎という男は投げにこだわり、頂を目指し続けるに違いない。

    (スポーツニュース部 記者 清水瑶平)

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