オリンピック バドミントン 日本 “惨敗”の原因は

史上最強といわれたバドミントン日本代表は、混合ダブルスの銅メダル1つという結果に終わった。エースの桃田賢斗選手のまさかの予選敗退からはじまり、メダル候補の選手たちが次々に敗退した。競技日程を3日残して全員がコートから姿を消す、予想していなかった展開だった。

私は4年間、代表選手を追って取材を続けてきた。日本代表はオリンピックに向けて大会のたびに成果を出し続けてきた。しかし、最大の目標だったはずのオリンピックで厳しい結果に直面。メダルラッシュを狙っていた日本に何が起きたのか、その原因を検証する。
(スポーツニュース部 記者 酒井紀之)

目次

    地の利を生かし環境や調整は万全

    東京オリンピックを前に記者会見する日本代表(7月18日)

    自国開催のオリンピックには開催国ならではのメリットがたくさんあった。食べ慣れた食事が手に入り、国をまたぐ移動の負荷もかからない。時差に苦しめられることもなく、選手はコンディションを維持しやすかった。

    さらに日本代表は競技会場からおよそ1時間離れた選手村ではなく、会場近くのホテルを拠点とする念の入れようだった。大会を迎える環境整備はほぼ完璧で、まさに“地の利”を生かした万全の準備だった。選手のコンディション維持にも細心の注意を払っていた。

    そうした中、女子ダブルスの優勝候補、「フクヒロ」ペアの廣田彩花選手が強化合宿で右ひざのじん帯を断裂する大けがを負ったことは痛恨だったが、ほかの選手は順調な調整を行ってきた。それにもかかわらず、なぜ結果が振るわなかったのか。解説者のひとりが指摘したのが、“自国開催のプレッシャー”だった。

    自国開催のプレッシャー

    女子ダブルス準々決勝の「フクヒロ」ペア(7月29日)

    元日本代表で北京大会とロンドン大会に出場した経験のある池田信太郎さんは、東京大会の結果について、まず次のように分析した。

    「選手たちは結局、自国開催の重圧にのまれてしまった」

    これは選手たちの試合後のインタビューでもたびたび聞かれたことだった。

    予選で敗退した桃田選手は今大会、得意なネット際のヘアピンショットをネットに引っかける場面がたびたびあった。試合後「緊張していつもどおりのことができない。これがオリンピックの緊張感かと思った」と話したのは印象的だった。

    また、女子ダブルスで優勝候補だった世界2位の「ナガマツ」ペアの松本麻佑選手は、いつもは気持ちでペアを引っ張る役回りだが、今大会ではさえない表情を浮かべている場面が多かった。調子を上げられない原因について「オリンピックのマークが試合中でも頭をよぎりいつもと感覚が違う」と不安定な心情を語っていた。

    松本選手は開幕前に「無観客開催だから緊張する場面は減るかもしれない」と話していたが、オリンピックの重みが変わることはなかった。また、女子シングルスの一番手、世界3位の奥原希望選手は敗退直後に「オリンピックは難しく厳しい舞台だった」とその印象を語っている。

    奥原選手は大会初戦の出だしに連続失点した場面について、コロナ禍で開催されたオリンピックに対する複雑な心境が影響したことを明かしていた。普通ではない環境でのオリンピック。選手たちの心理への影響は少なくなかった。

    “追う立場”から“追われる立場”に

    直面していたのは自国開催のプレッシャーだけではなかった。

    2019年に行われた世界選手権。オリンピックに次ぐ大会で日本は全種目でメダルを獲得していた。しかも、男子シングルスと女子ダブルスでは金メダルと世界のトップにいることは誰の目にも明らかだった。

    前回のリオデジャネイロ大会までは“追う立場”にあった日本が、この5年で“追われる立場”になった。

    この立場の違いが知らず知らずのうちに日本選手たちに見えないプレッシャーとしてのしかかった。単純にいえば「追いかけるほうは失うものがない。逆に追われるほうは失うことを恐れてしまう」ということだろう。

    この心理面の変化を感じさせる場面があった。女子ダブルスの永原和可那選手と松本麻佑選手の「ナガマツ」ペアが韓国のペアに敗れた準々決勝。

    韓国ペアに敗れた「ナガマツ」ペア(7月29日)

    先にマッチポイントを握ったのは「ナガマツ」ペアだった。それも20対18と2回マッチポイントが続く状況だった。そこで相手とのプレーに差が出てしまった。あとがなくなった韓国ペアはとにかく攻撃的な姿勢で「ナガマツ」ペアに向かい続けた。逆に、「ナガマツ」ペアは消極的なプレーが続き、あっというまに20対20に追いつかれ、敗れた。

    永原選手は「あそこで最後の1点を取るために苦労してやってきたのに、最後に自分たちの強さを出せなかった」と悔やんだ。

    男子シングルスの第1シードでありながら予選で敗退した桃田選手も同じだった。けがによるブランクがあったとはいえ、コート上で王者としてのオーラは陰を潜めた。世界王者にがむしゃらに向かってきた韓国の38位の選手に最後まで押され続けコートを去った。

    桃田賢斗選手

    この状況に、私は3年前のアジア大会でのパクヘッドコーチのことばを思い出した。まさに世界のトップに立って迎えた大会で、日本はアジアを相手にオリンピック種目で1つも金メダルを取れない事態に陥っていた。

    「相手のペアより勝ちに行く気持ちが足りなかった。金メダルに届かなかったのは勝負どころで勝ちきる『ファイティングスピリット』が足りないからだ」 (2018年8月アジア大会にて)

    厳しいヘッドコーチのことばは、東京オリンピックに向かう選手たちを鼓舞するものだったのだが、皮肉にもそれが現実となってしまった。

    大会の延期で埋められた差

    山口茜選手

    プレーの面でも日本選手を上回るパフォーマンスを発揮した海外選手が多かった。

    女子シングルスの二枚看板、世界3位の奥原選手と世界5位の山口茜選手はみずからの持ち味を発揮して準々決勝を戦った。しかし、対戦した世界9位の中国選手や世界7位のインド選手が発揮したパフォーマンスは2人のそれを上回っていた。力強いスマッシュで日本の2人が誇ってきたはずの守備を突き破った。さらに、スタミナも以前より上がっており、終盤までその勢いは衰えなかった。

    どちらの相手も以前であれば日本の勝ちパターンの粘り勝ちが通じていた。しかし、今大会では力やテンポで圧倒されて競り合いに持ち込むこともできずにストレート負けを喫した。

    女子シングルス準々決勝で中国選手に敗れた奥原希望選手(右)

    コロナ禍で大会や実戦の経験を積む機会が少なかったのは日本も海外も同じだ。だからこそ、練習の中身やありようが今大会の勝敗の分かれ目だったのかもしれない。

    延期された1年をどう過ごしたか。日本代表は去年9月から本格的に強化合宿を再始動した。オリンピックが迫ることしに入ってからは、毎月のように10日前後の合宿をあわせて6回開催した。日本協会は「ツアー大会に追われる例年よりも、練習に集中して取り組めている」と誇っていた。

    しかし、選手たちにとっては常に固定された同じメンバーを相手に練習を繰り返す日々だ。互いのくせやプレーを熟知した仲間内の練習に「マンネリ化が起きている」と取材で話す代表選手もいた。日数や時間などの数値だけでは可視化できない課題がここにあった。

    さらに代表チームは本番のトーナメント戦の中で日本勢どうしが互いにぶつかる可能性があったため、選手たちに配慮して試合形式の真剣勝負を繰り返す形での練習に積極的ではなかった。

    直前までノック形式でショットの細かい精度を確認したり、連続スマッシュを防ぐレシーブ練習など場面を想定した練習に重きをおいた。実戦形式の練習は短い時間に限定していた。

    対する海外勢にとっては、この延期で生まれた1年を“打倒日本”のための研究を重ねる時間にあてたことは想像に難くない。実際、試合の中で日本選手の得意のコンビネーションを読んでいたかのように、的確に対応されポイントを許した場面が何度もあった。

    どう立て直すか

    奥原希望選手

    バドミントンがオリンピックに正式に採用された1992年のバルセロナ大会以降、日本は2008年の北京大会で4位入賞、2012年のロンドン大会で初の銀メダルを獲得した。そして前回2016年のリオデジャネイロ大会でようやく悲願の金メダルを手にした。大会ごとに一歩ずつ着実に階段を上がってきた。だからこそ、これだけのトップ選手を集めながら銅メダル1つに終わったことは日本バドミントン界にとって大きなショックだった。

    ただここで下を向いてしまえば日本バドミントンの進化は止まってしまう。混合ダブルスで日本初の銅メダルを獲得した渡辺勇大選手はメダルを決めた試合のあとのインタビューで「先輩たちが敷いたレールをさらに伸ばすことができた。さらに伸ばしていきたい」と熱く語った。

    混合ダブルス銅メダルの渡辺勇大選手と東野有紗選手

    日本バドミントンがオリンピックの舞台で30年かけてつないできたレールを、さらに伸ばすための糧にできるか。今後、しっかりとした敗因の分析と3年後に来るパリ大会への強化の見直しが迫られている。

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